第1話

文字数 5,082文字



雨は嫌いだ。
私の大事なものを壊していく。
茜は窓に弾かれた雨粒を見つめた。
雨粒をなぞり、今から7年前のことを思い出していた。
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「「いってきまーす」」
「優莉、茜!傘は?雨降るんだからね?」
母親の貴子が呆れたように笑う。
「忘れてた!ママ、ありがとう!!
優莉は笑って母に感謝した。
「あ、パパ!!
茜は引率帰りの父親に駆け寄ってぎゅーーーという効果音がつくぐらいに抱きしめる。
「おかえり、パパ!」
と優莉も続けて言う。
「おかえり、誠志さん!」と微笑みながら言う。
「ふたりとも、時間は大丈夫なのかな?」
「「あっ!」」と声を揃える茜と優莉。
「いってきます!!パパ!ママ!」
と我先に走り出す姉。
「お姉ちゃん待ってよ〜」
と姉の背中を追いかける妹。
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どんよりと灰色の雲が空を覆っていた。
雨が降り出したのは、お昼休みだった。
毎日、クラスの友達と外で遊ぶことが大好きな茜にとって雨は敵でしかなかった。
窓の外をぼーっと眺めていると、幼馴染の俊が茜の傍によってきた。
「茜、先生が呼んでる。」
相変わらずの無愛想ぶりを発揮しながらそう言った。
茜は面倒がりながら職員室へと足を動かした。
「あっ山本。」担任の高瀬歩。
少し顔があおい。
「どうしました?」
「あっ、えっとな」
(歯切れが悪い。)
痺れを切らした茜が高瀬を睨む。
「落ち着いて、聞いてくれ。」
頷く茜。
「山本、お前のお姉さんが車に跳ねられて、救急車で運ばれた。」
「えっ」
ぽつりと零れた声。
全てがまっしろい霧に覆われたようだった。
そのあとは何があったか覚えてない、覚えているのは、ママの泣き叫ぶ声、パパの押し殺した声。そして、誰かが叫んでいる声。
次の日、朝起きたら異常な程にのどが痛かった。いつもと変わらない朝。のはずだった。
ひとつだけ違うことがあった。
姉、優莉の姿がない。優莉がいつも座ってるテーブルには花瓶が置いてあった。優莉が好きな花。「ママ、お姉ちゃんは?」
貴子は一瞬苦しい顔をし、深呼吸をした。
「優莉は、もう居ないのよっ。」
と涙混じりにそう言った。
「え?そんなわけないじゃん!だって、昨日だって一緒にっ!」
茜は分かっていた、でも信じたくなかった。
「茜がお姉ちゃんのこと起こしてくる!」
茜は階段を駆け上がった。
「お姉ちゃん〜」といつも茜を起こすゆうりのようにドアをコン、コン、コンとノックした。そして、ドアノブをひねり、ドアを開けた。
もう一度「お姉ちゃん〜」と姉を呼んだ。
布団を剥がしても姉は居ない。
「なんで?!お姉ちゃんはどこ?!ねえ!!お姉ちゃん!!!!ねえってば!!」
姉が使っていた枕を叩き、半狂乱になりながら叫んだ。
そんな茜を後から誠志がぎゅっと抱きしめた。
「茜、もうやめなさいっ、優莉はもう居ないんだ!」
茜は誠志にもう一度現実を突きつけられた。
うわぁぁぁぁぁぁぁぁ
優莉の部屋に痛いほど響く声。
(喉が熱い、)
茜は気づいた。あの叫びは、昨日の叫び声は((私だったんだ。))
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あの日から、茜は笑わなくなった。
貴子は日に日にやつれ、誠志はやめたはずのお酒を毎晩のように呑んでいる。
「茜、行くぞ。」
毎日のように俊が朝迎えに来てくれる。
休日、両親はカウンセリングを俊の父親の助言でも受けるようになった。
その間は茜を俊の家が預かってくれてる。
だんだん両親は"前"と同じカオをするようになった。
その一方で茜はどんどん表情を、会話を忘れていく。
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「……かね、茜!」
窓に触れ黄昏ている茜。
何度呼んでも、返事をしない。
「っ!き、今日はお姉ちゃんの命日だから、お墓に行こう。」
貴子の戸惑った顔、
それはそうだ。
茜は成長するにつれて、茜ではなくなっているのだから。茜は"優莉"になった。
顔はもちろんのこと、仕草や、身長も。
優莉そのものだった。
茜自身はそれに気づいていない。
茜は支度を終え、姿見を見つめ、目を見開いた。
「……ちゃん。」「っ!お姉ちゃん!!
自分が自分ではないように思えた。
目の前に映っているのは自分ではない、優莉だった。
誠志や貴子の言うように、ほんとに姉に似ている。いや、優莉だ。
茜の大きな声に驚いた父親が扉に寄り掛かり口を抑えながら泣いていた。
「パパ、お姉ちゃんがいるよ、ほら見て」
と嬉しそうに話す姿は"あの頃"と変わらなかった。
「っ!あ、ああそうだな、会いに来てくれたんだな。」と涙混じりに微笑みそして、茜の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「うん!なんで泣いてるの?〜」と無邪気に笑う茜を見て、誠志はまた泣いた。
「お姉ちゃんに会いに行くのに、泣いちゃダメだよー」とくすくす笑う姿は優莉と被って見えた。
「そうよ。ねえ?茜?」といつの間にか来ていた貴子が茜の顔を覗き込むようにしてみると、「そうだよ〜、お姉ちゃん悲しむよ?」と"あの頃"とは違う大人びた表情で笑うのだった。
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3人は、山梨に向かった。
彼女が好きだった、ひまわりが一面に咲く公園に足を運んだ。
「ねえー見て!すごい大きいひまわりがあるよ!」どんどん前へ前へ進んでいく茜。
優莉もまた、ひまわり園を前にすると、どんどん進んでいってしまいよく迷子になっていた。
そんなあたたかい思い出が蘇り、両親は笑みが溢れた。
「写真撮ろうか。」
急に誠志が言った。
「撮ろうよ!」と茜も笑う。
貴子だけぼーっとしていると茜が「ママ〜」
と手招きをしている。誠志も微笑み「貴子」と貴子の手を引っ張り茜の隣に並ばせた。
「撮りますよー」撮影者の声。
「ねえ?パパ、ママ」
「「ん?」」2人が茜の方を向く。
「連れてきてくれてありがとう。」とカメラを、見ながら微笑んだ。2人は目を見開き、「「もちろん。」」と2人も微笑みカメラを向いた。
カシャッ無音の中にひとつカメラの無機質な音。
「どうですかねー」
スマホの画面に写った画像は茜をとてもあたたかい気持ちにさせた。
「自然な表情でいいですねー」と撮影者はガハハと笑った。
「これ、すごいい。」
ぽつりと茜がこぼした声に貴子が「これから毎年撮ろうか」と提案した。
「そうだな。」
と誠志は目の尻に皺を寄せて笑った。
そんな両親の顔を茜はじっと見つめた。
「2人とも、老けた?」
茜は突拍子もないことを言った。
両親は顔を見合わせている。
ふはははっと2人は堪えきれずに笑った。
「え?私何か変な事言った?」
当事者の茜は何故か分からないといったような顔をしていた。
「変わらないなー茜は」
とお腹を抱えて笑っている誠志
「もう7年なのよね。」としんみり言ったあとに「ほんとにそりゃあ老けるわねー」と声の調子を変え、えくぼを作り笑った。
そんな両親を見て茜も笑った。
「お姉ちゃんにひまわり、ひまわり持っていこ!」という茜の提案に両親は笑顔で賛成した。
3人の目の前には「山本家」と書かれた墓石。少し汚れてるね、と苦笑いして茜が墓石に触れ、そして俯いた。その手は少し震えていた。その手をあたたかい手が包んだ。
「…ママっ」貴子は返事はせずにうんうんとうなづくだけだった。
誠志は墓石の前で手を合わせてひとつ笑うと
「茜」と優しい声色で呼んだ。
「お姉ちゃんにプレゼント持ってきたんだろ?」と茜の肩を抱いて墓石の前に来させた。茜はひとつ頷くと1歩前に足を踏み出した。
「お姉ちゃん、はいどーぞ!」
目の前に優莉がいるかのように愛しそうに、手渡すかのようにそっと置いた。
「お姉ちゃんの大好きなひまわりだよ。」
と優莉が人生最後の日に見せたようににこっと茜のトレードマークのえくぼを作り笑った。
「優莉、もう20歳ね。」
と貴子も墓石の前にしゃがみ優莉に話しかけた。「茜は今年で高校卒業よ。パパは45歳、アラフィフよ。」と笑い両隣にいる2人の顔を見ながらそう続けた。
「長いものだな」としんみり誠志は呟いた。
「お前がいなくなって、茜は自分を封じ込めるようになって。パパとママはお前がいなくなったショックで精神を病んだ。でも、こうやって今笑っている。パパはな、それでいいと思うんだ。パパは優莉が生きれなかった今を精一杯生きる。」生きるよ。ともう一度呟き笑いながら彼女へのプレゼントを置いた。
「今を生きる」父の言葉をかみ締め茜はいつにもなく真剣な顔をした。
「あのね。笑わないで聞いてね。私がフリースクールでボランティアやってるの知ってるよね?」
茜は高校に入ってからフリースクールのボランティアをやっている。
「でね、私社会福祉士目指そうかなって」
と照れくさそうに笑い「私たちみたいに、大切な人を無くしたり、心を閉ざした人の生活を助けたり、その人たちがまた前みたいに笑えるようにお手伝いをしたいなって。」
2人は反応しない。
やっぱりか。「やっぱりなんでもないや」
茜は涙が出そうになるのを我慢し言った。
誠志と貴子は嬉しそうに微笑み茜を両方から抱きしめて「人に優しくなれる人は今を生きている人だよ。」と誠志は茜の頭を撫でた。
「茜がそんなこと考えてるなんて知らなかったけど、茜なら大丈夫」と。
ぴとん 墓石に水滴が。
ぽつり、ぽつりと雨が降り始めた。
太陽は照っているままだ。
「お姉ちゃんも、喜んでいるのかもね。」
傘をさしながら貴子が言った。
雨は嫌いだ。
でもこんなあたたかい気持ちになる雨は初めてだ。
茜は降り続ける雨のてっぺんをじっと見つめ、「お姉ちゃんありがとう」
と心の中で呟き、ふっと笑った。
濡れるのなんて構わず茜は手を広げて雫を体いっぱいにうけた。
次第に雨は止み、雨の滴が太陽に照らされキラキラと光り輝いている。
雨が暗い気持ちも、悩みを洗い流してくれる。太陽は全てを未来を照らしてくれる。
「やってみるよ。」雲ひとつない青空を見つめ、右手に拳を握ると、高く突き上げた。
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「結、今日フリースクールだからね?」
茜は大学卒業後、個人経営の社会福祉士法人に就職した。
だんだんと仕事に慣れてきた頃、同僚の天野結と2人でフリースクールの案件を任された。
茜が高校生の時に自分で道を切り開いたきっかけとなる大事な場所。
茜はやる気で満ちていた。
「山本、書類整理の時とは大違いだなー」
ぽんと肩を叩いたのは茜の直属の上司、有川陽向。上司もとい天敵を睨んでいると、
「有川、茜をいじめないでよね。」と社長の青木 紗良が茜を擁護した。
「有川、茜にとってこれは重要な案件よ。」
と真面目な顔をしたかと思えばねえ?茜♡と頬をスリスリする紗良。茜をと結を溺愛しているためこうやっていつもスキンシップを取ってくる。
「茜行くよ!」支度を終えた結が、紗良から茜を救出し入口まで背中をグイグイ押した。
「行ってきます!」と元気のいい声が室内に響いた。
「あっ!茜雨降るから傘もってきな」
と紗良。
「雨が降っても、太陽が照らしてくれるんで!」意味のわからない茜の言葉に皆きょとんとした。
じゃっ!とお辞儀をし結の背中を追いかけた。
外に出てみると雲ひとつない青空。
んーっ!と大きく伸びをする茜。
青空を数秒見つめ、あの日と同じように拳を高く上げた。
「よしっ!」太陽に負けないくらいの笑顔で茜は結を見た。
「茜!」結は大きく頷き、右手の拳を前に出した。それに答えるように、茜は結の拳に自分の拳をぶつけた「結!」
「「いっちょやるか!」」2人は顔を見合わせ微笑み、走り出した。
_太陽は2人の背中を照らすように輝いている。 おわり









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