フェアリーランプ・フェアリーテイル
文字数 2,000文字
「この中から妖精の入ったランプを探してくれるかい」
赤、青、緑。花形、箱形、卵型。ス、と伸びた指の先、大きな棚のガラス扉の奥にはたくさんの手のひら大のガラスや陶器が納められている。「えっと、頼子おばさん」とアキオの言葉が埃っぽい洋室を漂う。相手はその言外の懸念を「ボケたわけじゃない」と一蹴した。
頼子「おばさん」は正確にはアキオの大伯母にあたる。齢、九十と少し。地主の家の長女として婿を取り、土地などの資産を手堅く管理してきた彼女には、一族の誰も頭が上がらない。
役者兼フリーターのアキオもその一人で、親戚の集まりではたびたび苦言を呈されてきた。しかし一方で、過ぎた嫌味を言う親類はピシャリと制し、時に割のいい仕事を紹介してくれるのも頼子だった。今回、探偵仕事を頼みたいと言われたアキオは頼子の屋敷へ馳せ参じ、案内されるまま離れに立ち入った。
アキオはたまに知り合いの零細探偵事務所で調査員として働いており、探し物を請け負ったこともある。しかし、こんなおとぎ話じみた依頼は予想外だった。
「私が国民学校に入る前の話さ」
もう少し具体的な話を、と頼んだらこう切り出された。歴史の教科書レベルだ、とアキオは内心で唸る。
「私の叔父のひとりが道楽者だったというのはアキオも聞いたことがあるね」
アキオは頷く。その人は頭が良く工学に秀でていたが、家の金を使って美術品を買い込んだかと思えば、特許で家に収入をもたらす変わり者だったという。
「叔父さんはこうした蝋燭を入れる小さなランプを集めていてね」
頼子はねじ式の鍵を外して扉を開けた。
「ある時『とっておきだ』と物々しいガラス瓶入りのランプを見せてくれた。なぜそんな容れ物の中にあるのかと訊いたら『この中には見えない妖精がいるんだ』と。……私だってそんなの嘘だと思ったよ。でもね、ランプは光ったんだ」
それは当たり前では、とアキオは思った。
「
棚の中の数十の――ひょっとしたら百を超えるかもしれないランプたち。
「探してくれるかい、探偵さん?」
老獪な微笑みだった。
※
母屋に戻る頼子を見送ったアキオは、妖精が入っている――もとい光源なしに光るランプという点をいったん脇に置き、まず棚から全てのランプを取り出して床に並べた。総数は百四個。アキオの目にはどれも優れた品に見える。終活の一環として売ったら良い値段になるかもしれない。
さて次は光の件だ、とアキオは一旦母屋へ戻り、仏壇から蝋燭を何本か拝借する。私物のライターで火をつけ、それをいくつかの緑色系統のランプの中に置いてそれぞれ写真を撮り、頼子にメールで送った。返信は「どれも違う。火の赤色なしの色だった」だった。「叔父さん」は何らかのトリックで緑色のランプの中の蝋燭を隠したのでは、との推測は外れた。
調査に行き詰ったら別の面から攻めるべし。アキオはスマホで「ランプ」「蝋燭」と検索する。どうやらこれらは「フェアリーランプ」というらしい。一九二〇年代には実用品としての役目を終えている。その後は電気の時代だしな、と思いながらアキオはウェブを巡る。
「これは鮮やかな黄緑色を放ちます」
あるランプ収集家のサイトの一文に目が留まった。これは当たりかもしれない。が、確かめるためには必要なものが――と思案しかけて気づく。
「
※
雨戸の閉まった洋室は薄暗く、ドアを閉めると真っ暗になった。
「で、何をする気だい」
暗闇に響く疑い交じりの声にアキオは苦笑する。「妖精のランプ」を見つけたと聞き、母屋からやって来た頼子は部屋の様子に眉を曇らせた。
「これから妖精を呼ぶんだ」
アキオは握っていたライトの電源を入れた。
闇の中、
このランプの正体は紫外線に反応するウランガラスだ。今ランプを照らしている指紋採取用ブラックライトのような代物は頼子の幼少期にはない。ただ当時、すでに放電による紫外線照射の仕組みは知られていた。ランプを覆うガラス容器はそのための装置だったに違いない。
そう説明すると「タネを知ってもやっぱり綺麗だね」と頼子はしみじみ言う。そうだね、と相槌を打ったアキオは頼子に訊ねる。
「おばさん、これもらってもいい? 盆の集まりでこれをチビ達に見せてやりたいんだ」
「いいよ。仕組みも教えてやんなさい。タメになる」
いいや、とアキオは忍び笑いを漏らす。
「役者だからね、探偵役の次は子供に夢を見せる大人の役をやろうかと」
頼子は深い溜息をつく。ただ「まったくお前も道楽者だねえ」と返す声はいつもより柔らかかった。
赤、青、緑。花形、箱形、卵型。ス、と伸びた指の先、大きな棚のガラス扉の奥にはたくさんの手のひら大のガラスや陶器が納められている。「えっと、頼子おばさん」とアキオの言葉が埃っぽい洋室を漂う。相手はその言外の懸念を「ボケたわけじゃない」と一蹴した。
頼子「おばさん」は正確にはアキオの大伯母にあたる。齢、九十と少し。地主の家の長女として婿を取り、土地などの資産を手堅く管理してきた彼女には、一族の誰も頭が上がらない。
役者兼フリーターのアキオもその一人で、親戚の集まりではたびたび苦言を呈されてきた。しかし一方で、過ぎた嫌味を言う親類はピシャリと制し、時に割のいい仕事を紹介してくれるのも頼子だった。今回、探偵仕事を頼みたいと言われたアキオは頼子の屋敷へ馳せ参じ、案内されるまま離れに立ち入った。
アキオはたまに知り合いの零細探偵事務所で調査員として働いており、探し物を請け負ったこともある。しかし、こんなおとぎ話じみた依頼は予想外だった。
「私が国民学校に入る前の話さ」
もう少し具体的な話を、と頼んだらこう切り出された。歴史の教科書レベルだ、とアキオは内心で唸る。
「私の叔父のひとりが道楽者だったというのはアキオも聞いたことがあるね」
アキオは頷く。その人は頭が良く工学に秀でていたが、家の金を使って美術品を買い込んだかと思えば、特許で家に収入をもたらす変わり者だったという。
「叔父さんはこうした蝋燭を入れる小さなランプを集めていてね」
頼子はねじ式の鍵を外して扉を開けた。
「ある時『とっておきだ』と物々しいガラス瓶入りのランプを見せてくれた。なぜそんな容れ物の中にあるのかと訊いたら『この中には見えない妖精がいるんだ』と。……私だってそんなの嘘だと思ったよ。でもね、ランプは光ったんだ」
それは当たり前では、とアキオは思った。
「
ランプの中に蝋燭は入ってなかった
。でも鮮やかな黄緑色に光った。――終活で物の仕分けをしていて不意にそのことを思い出してね。光ったことが強烈で、ランプの姿形は覚えていないんだが」棚の中の数十の――ひょっとしたら百を超えるかもしれないランプたち。
「探してくれるかい、探偵さん?」
老獪な微笑みだった。
※
母屋に戻る頼子を見送ったアキオは、妖精が入っている――もとい光源なしに光るランプという点をいったん脇に置き、まず棚から全てのランプを取り出して床に並べた。総数は百四個。アキオの目にはどれも優れた品に見える。終活の一環として売ったら良い値段になるかもしれない。
さて次は光の件だ、とアキオは一旦母屋へ戻り、仏壇から蝋燭を何本か拝借する。私物のライターで火をつけ、それをいくつかの緑色系統のランプの中に置いてそれぞれ写真を撮り、頼子にメールで送った。返信は「どれも違う。火の赤色なしの色だった」だった。「叔父さん」は何らかのトリックで緑色のランプの中の蝋燭を隠したのでは、との推測は外れた。
調査に行き詰ったら別の面から攻めるべし。アキオはスマホで「ランプ」「蝋燭」と検索する。どうやらこれらは「フェアリーランプ」というらしい。一九二〇年代には実用品としての役目を終えている。その後は電気の時代だしな、と思いながらアキオはウェブを巡る。
「これは鮮やかな黄緑色を放ちます」
あるランプ収集家のサイトの一文に目が留まった。これは当たりかもしれない。が、確かめるためには必要なものが――と思案しかけて気づく。
「
あれ
なら探偵事務所にある」※
雨戸の閉まった洋室は薄暗く、ドアを閉めると真っ暗になった。
「で、何をする気だい」
暗闇に響く疑い交じりの声にアキオは苦笑する。「妖精のランプ」を見つけたと聞き、母屋からやって来た頼子は部屋の様子に眉を曇らせた。
「これから妖精を呼ぶんだ」
アキオは握っていたライトの電源を入れた。
闇の中、
紫色
の光を受けた床の上の無数のランプのうち、ひとつが鮮烈な黄緑色
に光った。頼子が子供のように声を上げる。このランプの正体は紫外線に反応するウランガラスだ。今ランプを照らしている指紋採取用ブラックライトのような代物は頼子の幼少期にはない。ただ当時、すでに放電による紫外線照射の仕組みは知られていた。ランプを覆うガラス容器はそのための装置だったに違いない。
そう説明すると「タネを知ってもやっぱり綺麗だね」と頼子はしみじみ言う。そうだね、と相槌を打ったアキオは頼子に訊ねる。
「おばさん、これもらってもいい? 盆の集まりでこれをチビ達に見せてやりたいんだ」
「いいよ。仕組みも教えてやんなさい。タメになる」
いいや、とアキオは忍び笑いを漏らす。
「役者だからね、探偵役の次は子供に夢を見せる大人の役をやろうかと」
頼子は深い溜息をつく。ただ「まったくお前も道楽者だねえ」と返す声はいつもより柔らかかった。