父の誕生日

文字数 2,669文字

  朝のダイニングキッチン。


  父、母、息子(小4)の3人で、朝食をとっている


今日はパパの誕生日だから、夕ご飯はお寿司だよ。
わーい!
商店街の「ドドメ寿司」から、出前を取るんだ。
奮発して、最上級の超超特上「(つた)」よ。
なんで最上級が蔦なのかね。 

普通、松とか竹とか……。

蔦は、木の中で一番強いからじゃない?
一番強いの?
ほかの木に巻き付いて、絞め殺しちゃうの。
怖い木だな。
この部屋で、東海道新幹線N700Sを走らすんだね?
  父母、不思議そうに顔を見合わせる。
お寿司は、新幹線に載ってくるもんでしょ?
それは、回転寿司の話だろ。
昇太(しょうた)は、回転寿司しか行ったことないから。

お寿司屋のお兄さんが、新幹線に乗って運んでくるんだよ。


  昇太、怪訝(けげん)そうな顔をする。
あのな、昇太。

今晩の事は、同級生に話すなよ。

え?
特に、里奈(りな)ちゃんには、絶対に話すな。
どうして?
ママの誕生日に、ピザ屋から「超豪華スペシャルコーンピザ」を取ったろ?
うん。
その時、里奈ちゃんや里奈ちゃんの友達が来ただろ?
うん。

僕が話したからね。

それで、どうなった?
みんな、美味しいって言ってたよ。
パパの口には、コーンは一粒も入ってこなかったぞ。
パパの言うとおりにしてあげなさい。今日はパパの誕生日なんだから。
分かった。

(傍白)前向きに検討するよ。

里奈ちゃんのお父さんは、大金持ちなんだろ?
そうらしいわね。

大企業の社長だって(うわさ)よ。

なのに、その娘はなんであんなにがっついて(・・・・・)るんだ?
昇太のいる前で、同級生の悪口は止めてよ。
食い物の恨みは(おそ)ろしいんだ。

じゃあ、行ってきます。

  暗転。
  ダイニングキッチン。夜。


  母、昇太、同級生6人が、ダイニングテーブルを囲んでいる。


  下手(しもて)から、スーツ姿の父が登場。

ただいまー。
(他の全員)

お帰りなさーい。

(同級生たち、声をそろえて)

お邪魔してまーす。

  父、昇太を(にら)みつける。


  昇太、身を縮める。

パパ。

着替えて、早く来てね。

  父、憮然(ぶぜん)たる表情で、上手(かみて)に去る。
(里奈たち同級生に向かって)

ドドメ寿司で一番高級なお寿司が来るから、遠慮しないで食べてね。

(同級生たち)

うん!

   普段着に着替えた父が、上手から登場。テーブルに着く。


  「ピンポーン」とチャイムの音。

来たわね。

私が受け取ってくる。

  母、下手に去る。


  母、すぐに大きな寿司(おけ)を持って戻ってくる。


  寿司桶をテーブルの真ん中において、自分も席に着く。

じゃぁ、始めましょう。

パパ、誕生日おめでとう!

(昇太、同級生たち)おめでとうございまーす!
これ、私たちからのプレゼントです。
  里奈、おしゃれなデザインの紙袋を、昇太の父に渡す。


ありがとう。
開けてみて下さい。
  父、袋を開けて、カラフルで扁平な紙箱を取り出す。
「メルシー」の、「こってり練乳(れんにゅう)掛けアンコ味」だよ。
キャンディーだね?
うん。

メルシーは、もうすぐ発売停止になっちゃうんだ。

新聞に出てたね。
お誕生日のお祝いに、みんなでメルシーの歌を歌います。
  父母、拍手。


  里奈、昇太、同級生たち、歌い出す。

(里奈、昇太、同級生たち)


〽忘れもしーなーい、この味ー、


 あんたにーはー、分からないでしょー。


 ほーら、メルシーィー、()めろよー、メルシー。


 「あんたには、メルシー、あげない」
  父母、苦笑しつつ拍手。
それって、ずいぶん古いコマーシャルソングじゃないの?
うん、そうだよ。
よく知ってるね。
お父さんの会社が作ってるお菓子だから。
あら、そうだったの!
あたしが、「これ、時代遅れの味」と言ったら、生産停止が決まったの。
へー。
「こってり練乳掛けアンコ味」だけは好きだから、残してって言ったんだけど……。
残るの?
メルシーの中で、それが一番売れてないからダメだって。
それは残念ね。

さあ、お寿司食べましょ。

(昇太、同級生たち)わーい!
  父、寿司に(はし)を伸ばそうとする。
パパ、待って!

せっかく来てくれたんだから、子供たちが先、大人は後よ。

  父、(うら)めしそうに手を引っ込める。
じゃぁ、里奈ちゃんから、席の順番で取ってね。

そのアトは僕。

子どもには、ワサビがきついんじゃないか?

僕がドドメ寿司に電話して、全部サビ抜きにしてもらったから大丈夫。


  父、昇太を睨みつける。


  昇太、身を縮める。

遠慮なくいただきまーす。

あたしは、やっぱり大トロ!

あたしは、数の子!

プチプチ感がたまらない。

僕は、渋くノドグロにする。
あたしはやっぱり、ウニの軍艦大和(やまと)巻きだな。

大きくて、口に入らないくらいよ!

狙ってたネタ、取られちゃった。

アワビでいいや。
僕は……、うーん、クルマエビでいいか。
僕は、イクラ。
パパの番よ。
ママ、先に取れよ。

俺は最後でいい。

そう。

じゃあ、私はブリ。

パパ、どうぞ。

ああ。
  父、のり巻きを摘まみ上げる。
あれ? 

カッパ巻きでいいの?

俺は、これが一番好きなんだ。
初めて聞いた。
おじさん、()ねてるの? 
え? 

子どもじゃあるまいし。

「食い物の恨みは怖い」っていう(ことわざ)があるんでしょ?
よく知ってるね。
昇太君から教えてもらったの。
  父、昇太を睨みつける。


  昇太、身を縮める。

ところで、里奈ちゃんたちは、家に帰ったら夕ご飯食べるんでしょ? 

ここでたくさん食べちゃうと、家で食べられなくなるよ。

大丈夫。

ウチ、今日の夕ご飯は外食なんです。

外食? 

じゃあ、そろそろ家に帰る?

このお寿司が、外食です。
お父さんお母さんは?
駅前の「ファウル軒」で、ラーメン食べるって。
夕食にラーメン!
本当の金持ちは、意外に質素なの。
  暗転。



  ダイニングテーブルに、父母、昇太。

やっと帰ったな。
育ちざかりね。

よく食べたわ。

昇太! 

「話すな」と言ったはずだが。

うん。

でも、夫婦の間に秘密があるのは、良くないんでしょ?

それは、そうだが……。

話を逸らすな。

僕、大きくなったら、里奈ちゃんと結婚するんだ。
えー?
里奈ちゃん、僕をお婿(むこ)さんにしてくれるって。
そうなの⁈ 

逆「玉の輿(こし)」ってやつね。

でかしたぞ! 昇太。
パパが、金持ちのくせにがっついて(・・・・・)るって言った事も話したよ。
そんな事まで話したのか! 

お前、馬鹿か。

秘密を作っちゃいけないから。

パパ、今後は言動に気を付けた方がいい。

里奈ちゃん、怒ってたか?
怒ってなんかいないよ。
ほー。

いい子だね。

でも、将来、パパと一緒のお墓には絶対に入らないってさ。
  暗転。
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登場人物紹介

昇太(しょうた):息子。小4。

里奈(りな):昇太の同級生。小4。

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