加害者の巻

文字数 1,995文字

 雉牟田(きじむた)春乃(はるの)(通称・お春)と籠野(かごの)朱鷺(とき)は気絶した男を抱え、ベッドに寝かせた。と、お春だけが添い寝してやる。しばらくすると、男は目覚めた。
「どうかなさって?」
「──い、いや、夢……?」
 お春が添い寝のまま問いかけると、男はカッと目を見開いて縦横無尽に目玉を転がし始めた。
「しばらく眠っていらしたわね……」
「ああ、やっぱり夢だったのか。よかった」
 目の焦点を合わせ、小さく呟いて男は上体を起こした。と、いきなり頭頂部を押さえる。「アイターッ!」
「とても疲れてらっしゃるみたい……」
 お春は男の頭頂部に優しく触れてみる。「まあ、大きなタンコブ!」
「──いやあ、変な夢だった……」
「どんな夢でしたの?」
「ピンクのモンペを穿()いて、垂れ(ちち)を振り回しやがる皺くちゃババアに襲われた。で、逃走中ベッドから落ちて床で頭を打った。死ぬかと思ったぜ。金歯を剥き出しにして……まるで鬼婆よ。リアルな悪夢だった……」
 男は夢の一部始終を語り尽くすと、ニヤケ顔でお春の肩に腕を回す。
「何か恨まれるようなことでも……?」
「──そう言やあ……俺の潰した老舗和菓子屋の恨みだとか。『羊羹(ようかん)の恨み、晴らさでおくものか~』だとさ」
「どうして融資断ったの? あんな善良な商売やってる人たちよ。私もあそこの羊羹のファンだったのに。残念だわ!」
「まあ、お人好しの自業自得さ」
 男は鼻先で笑った。
「でも、潰しちゃうなんて。支店長さんなら助けてあげられたでしょうに……残酷じゃない?」
「この世は、羊羹ほど甘かねえぜ。肝に銘じておくべきだな。あんな店には興味はねえ、俺は辛党だしな」
「あなた方って、やっぱり評判通りなのね、ナットク!」
「当行の方針でございますから……へへへ」
 腹だけ膨らんだ痩せイモの(つら)には虫唾(むしず)が走る。
外道(げどう)の極みだわ! 融資の餓鬼(がき)ね。羊羹の恨みは怖ろしくてよ。覚悟なさったほうがよさそうね。殺しても足りないわ」
 お春は吐き捨てると、外道の胸に埋めた顔を上げる。目と目が合う。支店長は瞬きを繰り返し、目をこすって極限まで引ん剥いた。
「ババア!」
「酷い、ババアだなんて! 確かに九十歳を越えてるわよ。でも、あなたに言われる筋合いはないわ! 誘ったのはあなたじゃないの」
「今度は、白塗りのババアだ。確かに夢ん中のババアよりも美形だが、ババアはババアだ。これも……夢か?」
 五十男はあんぐりと口を開けたまま呆然とする。
「じゃあ、いっとき目を瞑ってみたら? 次に目を開けた時、何が映るか確かめてみなさいよ。夢だったら完全に目覚めるかもしれないわ」
 ヤツは素直にお春の提案に乗って目を閉じる。お春はすかさず、指を鳴らし合図を送った。
 しばらくしてヤツは目を開けた。と、一瞬で姿勢を正す。目前の観音菩薩と(おごそ)かに対面を果たした。
「おばんでやんす。イーッヒッヒッヒッヒ……」
 朱鷺色の頬紅を塗りたくった鬼婆の金歯が、激しく歯ぎしりを繰り返した。
「オンギャアーッ!」
 身の丈五尺の禿面(はげづら)男は、生まれたての赤子のような悲鳴を残し、逃走した。朱鷺はヤツのバスローブの襟首をつかんだが、中身はすっぽりと抜け、生まれたての姿で入り口から外へと吐き出されてしまった。
「あれま、朱鷺ちゃん。あの餓鬼、素っ裸で出てったよ!」
「そのうち気が付いたら戻って来るんでねえか? ヤツのスーツ、ドアんとこに置いといてやっか?」
「そうだね」
 お春は、朱鷺の言うとおりに従った。
 案の定、数分後、ドアが開いた。五尺男は尻っぺたをこっちに向け、コソコソと着替えの最中だ。
 朱鷺は気付かれぬように近づいた。
 屈んでそっと尻に息を吹きかけると、ヤツは短い腕を尻まで伸ばして尻を掻く。全く気付く様子はない。で、今度は、股座(またぐら)から右腕を伸ばして男の“威厳”の先っちょを中指で弾き飛ばしてやった。と、悲鳴を上げながらクルリと身を反転してこちら向きに尻餅をつき御開帳だ。やはり、

だった。
「ウー……ワンッ!」
 朱鷺が吠えると、五十男の尻は、年甲斐もなく跳ねあがり、慌てふためいて四つ足で逃走を企てたが、手足はもつれ、結局ほふく前進しか叶わなかった。朱鷺はトランクスを拾い上げ頭から被らせてやる。悪党はワイシャツを袖に通し、パンツを被っただけで桃尻を振り振り出て行った。まるでカベチョロ(ニホンヤモリ)の親玉だ。
 お春は残りの服を外へ放り出し、ドアを閉めた。
「朱鷺ちゃん。大成功だったねえ!」
「ああ、上手くいったでねえの。お春さんのおかげさ」
「いやあ、朱鷺ちゃんが体張ってくれたんだもの、下手なことは出来ないさね。でも人殺しは免れたねえ」
「下手したら死ぬかねえ?」
「心臓弱いヤツなら死ぬかもよ」
「そしたら、オラたち殺人罪か?」
「たぶんね」
「ま、爽快な気分でねえの」
「そうだね、悪い奴を懲らしめたんだもの、すっきりしたわよ」 
「お春さん、またやろう?」
「やろう!」
「お春さんとオラで世直しだ!」
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