第1話

文字数 2,601文字

 夏休みの肝だめしの代わりにと、僕は親友のトモヒデとクラスメイトのヤスに連れられある場所に向かっていた。

「なあ、そろそろ教えてくれよ。どこに向かってるんだ?」

  トモヒデが、汗をハンカチで拭いて前をずんずんと歩くヤスに話しかける。

「もうすぐだって!」

 ヤスは自信ありげに言った。来たことはないのと僕が訊ねると、ヤスは「ネットじゃ有名な場所だからな」とケータイを取り出した。

「【摩訶不思議! 入れば金が手に入るトンネル】......どうだ、すごいだろ?」

「お前それでわざわざ呼んだのか?」

 トモヒデが少し声を荒げた。ヤスはトモヒデにお金をいくらか借りていた。汚い金が嫌いなトモヒデはヤスにバイトをして返せと何度か言っていたが、ヤスは一向にそうしようとはしなかった。

「これだって真っ当な収入だろ? 近場とはいえ交通費は千円くらいかかったし、結構な出費だ」

「バイトすれば一週間もかからずに返せたんだよ」

  トモヒデは呆れたように言った。ヤスは「そう言うなって」とトモヒデをやり過ごし、また意気揚々と歩きだした。

 目的のトンネルは舗装された道路の側にでかでかと大穴を開けていた。今は使われていないのか、縁に苔が生えて不気味さは文句の付け所がなかった。

「これ、僕も一緒に行くの?」

  訊ねるとトモヒデが首を振った。

「その必要はない。ヤス、お前一人で行ってこい」

「ええ!? なんでだよ」ヤスがトンネル前で振り返り叫んだ。

 トモヒデが言う。

「俺たちは肝だめしのつもりで来たんだ。なのにそんないわく付きの場所に入れるわけないだろ」

「オレだって怖くないわけじゃねえんだぞ!」

「じゃあもう引き返すか? 俺たちは一向に構わないが」

 うんうん、と僕は強く頷いた。
 ヤスが僕たちを見てけっ、と舌打ちをした。

「わーったよ。行けばいいんだろ行けば......」

 ヤスはふてくされたように僕たちに背を向けトンネルの中に入った。

「悪いな、アキラ。こんなことに巻き込んじまって」

  トモヒデがぽつりと言った。僕は首を振ってトモヒデに尋ねた。
 
「どれくらいヤスに貸してたの?」

「ああ、四万くらいだったかな。アイツが金額覚えてるとは思えないけど」

  そのために、トモヒデは貸した日付と金額をメモに残しているらしい。
  しばらくして、ヤスが戻ってきた。僕はとりあえず無事な様子のヤスを見て息を吐いた。

「あれ? オレ曲がった記憶ねえんだけどな......」

  「真っ暗だし見えなかっただけじゃないのか?」
 
「んー、まあそういうことなのかな」

  ヤスは手には何も持ってはいなかった。
 やっぱりガセだったんじゃないかと安心した僕の側でトモヒデが言った。

「ヤス、ポケットから何か出てるぞ」

「え、マジ?」ヤスはあわててポケットを見た。そしてはみ出ているものを手で掴むとそれをまじまじと見つめる。

「これは......間違いねえ! 万札だ」

「財布からはみ出ただけじゃないのか?」

「財布は尻ポケットだ」ヤスは言った「こいつは間違いなく、入る前にはなかった......噂は本当だったんだ!」

「俺たちはどっちでもいいが......ま、目的が果たせたならさっさと帰るぞ」

「いや、まただ」ヤスは首を振った「あと三万、稼ぐまで帰らねえ」

「おいおい、冗談だろ?」

「オレは本気だ!」

  ヤスはそう叫んで再びトンネルの中に入った。そして走って出てきたヤスは、ポケットに挟まった一万円と手に握った方を重ねてくくくと笑い声を浮かべた。

「もう一回だ!」

「もうやめろ!」トモヒデの制止も振り切ってヤスは再びトンネルの中に入った。そして今度はポケットを確認することなく、トンネルから出た瞬間に再び中に入る。

  僕たちはかれこれ30分近くこの場所に留まっていた。

「.....帰ってきた」

  僕が呟くと、トモヒデはトンネルの前で待ち伏せ、出てきたヤスの胸ぐらを掴んだ。

「もういいだろ。ほら......早く帰るぞ」

「待ってくれよ......もう一回、あと一回だけ」

「ざけんなよ、金はもう集まったんだろ」

「それは借金の分だ。オレの方はまだ未収入なんだ。なあ、頼むよ......」

  きっとこれがあと何回か続くのだろう。ヤスの性格は僕もトモヒデもよく知っていた。無理やりにでも連れ帰るべきだ。

「あと一回だけだ...」

 トモヒデはヤスを離した。ヤスは、「ああ!」と嬉しそうに頷いて再びトンネルの中に入った。

「悪い、アキラ。出てきたら無理やりにでも連れて帰ろう」

「うん」

  そして、しばらく待ってトンネルから出てきたヤスは、手に持った四万をトモヒデの前に差し出した。

「ありがとよ、トモヒデ。約束の金だ」

  すると、トモヒデはハッとしたように小さく首を振った。

「トモヒデ......?」

 僕が顔を覗き込むと、トモヒデは僕の方を見て言った。

「アキラ...こいつ誰だ?」

「え......誰ってヤスのことだよね?」

「ヤスって誰だよ! 知らねえよこんなヤツ!」

「トモヒデ......? おいウソだろ、悪い冗談なんだよな......そうなんだろ?」

  ヤスが手に持った一万を四万に加えて差し出した。

「これで許してくれるか?」

  トモヒデはヤスを化け物でも見るように見つめていた。

「......っだよそれ、オレが稼いだ金がそんなに受けとれねえってのか!?」

「ヤ、ヤス......たぶんそうじゃない。トモヒデは......」

「アキラ、お前の知り合いだったのか。そうならそうと言ってくれよ」

  トモヒデはヤスのことを忘れてしまったのだ。原因はおそらく......このトンネルの呪いだろう。

「とにかく、今はここから離れないと」

「あ、ああ......!」ヤスが頷く。

「なんだよアキラ、俺をのけ者にするのかあ」

  ヤスが走り出した瞬間、ポケットにし舞い込んだ万札がこぼれ落ちた。

「金が......!」

  ひらひらと宙を舞ってトンネルの中に入っていく。
  慌てて中に入ろうとするヤス。

「だめだ......ヤス!」
 
  僕はヤスを押し退けてトンネルのなかに入った。目の前に落ちた万札を掴んで後ろのヤスに見せる。

「ヤス、あったよ!」

「す、すまねえ。アキラ」

  僕は、全然いいよと言いながらトンネルの中から手を差し出してヤスに渡した。

「この恩は一生忘れねえよ......ありがとな」

「............キミ、だれ?」
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