愛犬ジンジャーが見つけた手紙

文字数 4,262文字

日曜の朝、ジンジャーを連れて、日課の散歩をしていた。
ハッ、ハッ
嬉しそうにジンジャーは私の前を走っていて、私は軽く走ってついていく。
ジンジャー、

散歩大好きだね。

そう言うと、ジンジャーはスピードを緩め、嬉しそうにこっちを見ながら私の横を走る。
ハッハ
……

世間的にジンジャーはペットなのだろう。

拾われたから血統書とかはないけど、高そうに見えなくもない小型犬。


でも、私にとっては大切な家族。

ジンジャーがいない生活なんて、考えられない。

今日は海まで行こっか。
日曜だし天気もいいし、なんとなく言ってみた。
ワン
ジンジャーは小さく返事をすると前を向き、勢いよく海に向かって走る。
速いよ、ジンジャー。

もう少しゆっくり。

慌てて言うと、
ワン
と、言って、少しだけゆっくりになる。

(ジンジャーって、私の言葉、わかってるんじゃないかな?)

以前からそう思っていた。
ワン、ワン
『早く行こう』という感じでジンジャーが吠える。
海、行きたいんだね。
ワンっ
嬉しそうに返事をした。
……

そして、いつもの散歩道を外れ、少し遠出をして海まで来た。

(やっぱり、海はいいな……)

海の東側から太陽が昇っていた。

目の前の砂浜には他にも犬の散歩をしている人もいる。サーフィンをしている人やジョギングをしている人もいて、まったく人がいないわけでもなかったけど、朝はほどよく空いていた。

ハッハッハッハッ
ジンジャーは私の足元で、思いきりシッポを振っていた。
海に来てよかったね。
ワンっ
絶妙のタイミングで返事をする。
(ホントに私の言うことが解ってるみたい)
ハッハ
海を見ているジンジャーにつられて海を見ていた。
(広いな……)
清々しい朝の空気。

寒さも気にならないくらい。

(いろんなこと、どうでもよくなるかも……)
そんな気持ちで海を見ていると、
ワンっ
と、ジンジャーが吠え、何かを目指すかのように走り出した。

それをボーっと見てしまった。

あっ……
リードが手からすり抜ける。
ジンジャー、待って!
慌てて追いかけた。
ハッハッ
ジンジャーがわき目もふらずに走って行く。

(速すぎて追いつけない……)
小さな足をコマコマと動かし、砂を蹴散らし、あっという間に走って行くジンジャー。
あ……
えっ?
理都(りと)?)
ジャージを着た幼なじみの理都が海岸を走っていた。
ワン!
うわっ!
ジンジャーは理都に向かって猛ダッシュで飛びついた。

理都は砂浜に押し倒される。

ジンジャー
急いで追いつき、ジンジャーのリードを握る。

ひとまずほっとした。

こら、やめろよ

ジンジャー

ちゃっちゃっ
ジンジャーはこれでもかと理都の顔をなめていた。
……
なんとなく、それを見ていた。
ジンジャー
ワンっ
……
ジンジャーはそれなりに人懐こい。

私がいい人っぽいと思う人には特に懐く。

ワハハ

ちょっと、ジンジャー

ちゃっ、ちゃっ
ただ、理都(こいつ)は例外。

理都はジンジャーを拾った。だから、ジンジャーは理都に懐いている。

奈々美!
なに?
理都が私の名前を呼んだのは、久しぶりな気がした。
見てないで

止めろよ!

ああ、ごめん。
理都はジンジャーに顔をなめられまくっていた。
ちゃっちゃっ
ジンジャー、やめなさい。
声だけかけた。
もっと積極的にやめさせろ!
ジンジャーは理都の顔をなめ続けていた。
ジンジャーなら

それでわかってくれるかなって

わかってねーじゃん!
(おかしいな。ジンジャーは言葉が通じると思ったのに)
しかたがなく、ジンジャーを抱き上げる。
ハッハ
シッポを思い切り振って理都を見つめ、ジンジャーは嬉しそうだった。
何してんの?
ジンジャーを抱き直して理都に聞く。
走ってたんだよ。
起き上がり、砂を払いながら理都は答えた。
なんで?
大会も近いし、体力づくりしようと……
サッカー部だっけ?
そうだよ
大会直前とかじゃなくて、

もっと前から走ってないとダメじゃないの?

同い年で中学1年の理都はレギュラーではなかったと思う。
今日から続けるんだよ。
あそ
どんなことでもはじめの一歩っていうのは小さいんだよ。でも、それを続けることによって振り返って見たら「けっこう来た」という結果が得られるのであって……
文句なんて言ってないわよ。

やりたければやればいい。

……かわいげねーな。
そんなのいらない。
こいつくらい愛想よくすればいいのに。
そう言って、私が抱いていたジンジャーを見る。
ワンっ
『遊んで』という顔で理都を見ていたジンジャーは、返事をするように吠えた。
おいで、ジンジャー
理都は私からジンジャーを取り上げ、だっこする。
ハッハ
ジンジャーはまた理都の顔をなめようとした。
顔はなめるな。

手ならいいぞ。

そう言って、ジンジャーの顔の前に手を出した。
ちゃっちゃ
ジンジャーはシッポを振りながら、理都の手をべろべろなめる。
(よく懐いてる……)
拾ってもらった恩を忘れていないような感じ。

最近は会ってもいないのに、ジンジャーは嬉しそうにじゃれつく。

ホントは俺んちの子だったのにな

ジンジャーはウチの子。

ウチで飼えたらウチの子だったんだよ。
飼えないからって

泣きついてきたの理都でしょ。

他に飼えるってヤツ、

いなかったんだよ。

小学5年の時、理都はジンジャーを拾い、泣きながら飼えないと言ってきた。
ワン
嬉しそうにジンジャーはシッポを振っていた。
(世話してるの私なのに)
おもしろくない。

面倒くさい手続きも予防接種もだいたい私がした。

くぅ~ん
ジンジャーが顔を上げてこっちを見る。
行くのか?
理都がジンジャーを砂浜に下ろした。
(何かを察知してこっちに愛嬌(あいきょう)を振りまきに来た?)
ハッハッ
でも、ジンジャーは私のところではなく、流れついたゴミの塊のところに行った。
ジンジャー?
できれば、ばっちい物に触らないでほしい。

間接的に私も触ることになってしまう。

ハッハッハッ
ジンジャーは嬉しそうに穴を掘った。
砂、こっちにかけるなよ。
(地味に私の恨みを晴らしてくれてる?)
ジンジャーが巻き上げる砂が理都にかかっていた。

理都はそれをよけて、私の隣に来た。

ハッハ
ジンジャー、やめなさい。
ジンジャーが汚れるのが心配になって、理都から離れてジンジャーの方へ行く。
ワン!
すぐに掘るのをやめ、ジンジャーは私の顔をじっと見た。
ハッハッハッハ
息を切らせ、私に「褒めて褒めて」と言っているかのようだ。
あれ?
ジンジャーが掘っていた場所。

それほど深くはない。上に乗っていた干からびた海藻のような物を退けた程度のところに、キラリと輝く物がある。

ワン!
ここ掘れワン!
私と一緒に見ていた理都は、目をキラキラさせて『光る物』を手にする。
ここ掘れワン?

穴を掘って、ワンと鳴いたから?

理都が拾ったのは、透明なガラスの瓶だった。
(ジャムの瓶かな?)
手紙が入ってる。
中には二つに折られた手紙のような紙が入っていて、理都はそのビンを開けようとする。
やめなよ。

変な物だったらどうするの?

殺人予告とか、

自殺する人が書いた手紙とか?

目がキラキラしてる。

何言っても聞かないヤツかも?

呪いとか

かかってるかも。

呪い……?
さすがにそれで、手を止める。

そこに厄災をつめて、拾った人がその災いを受けてしまうみたいな?

そういうマンガを読んだ。
もう触っちゃってるから、

読んで呪いを解くしかねーな!

理都はイキイキと言う。
(何言っても、開けるヤツだよね)
開かない!

フタがさび付いてる。

悔しそうに理都は言った。
サッカー部、なめんなよ!
サッカー部、関係ないじゃん。
うりゃああああ!
(聞いてないし)
いっそのこと清々しい。
開いた!
(開けちゃったよ)
理都はビンの中から手紙を出し、それを読みだした。
(読んでるし……)
ワンっ
ジンジャーは自分のお手柄のようにシッポを振り、理都を見ていた。

理都は険しい顔をして、手紙をじっと読んでいる。

急に顔を上げ、私の方を見る。
どうしたの?
読んでみ。
ヤダよ。
いいから。
なんでよ。
んっ!
もう……
理都が手紙を押し付けてくるから、しかたがなく読んだ。
……
どう思う?
読み終わると、理都が聞いてきた。
そう言われても……

海水が入ったのか、所々がにじんで読めなくなっていた。

これ、ホントに手紙?
手紙だろ?

死ぬ直前に必死に書いたダイイングメッセージだろ?

ダイイングメッセージ、海に流したわけ?
死ぬ場所に置いといたら、犯人に証拠隠滅されちゃうだろ。
犯人?
そう、犯人。
何の?
殺人犯に決まってるだろ!
殺される人が犯人の前でこれを書いて、ビンに入れて犯人の前で海に流したわけ?
か……川かもしれない。
ああそう、川ね。
……
でもこれ、

殺された人が書く内容じゃないかも。

なんて書いてあるか

わかったのか?!

読めなかったのね……
そういうわけじゃないけどな。
理都は偉そうに言う。
よく読むと、「好」とか「大切」って書いてあるし……
女子(じょし)」、「(おお)きく()られた」じゃないのか?
マジで言ってんの?
「女子に大きく切られて殺された」って内容だろ?

縦書きで「好」が「女子」になるわけないでしょ。崩して書いてるから読めないんでしょ?

ぱっと見、ミミズが這っているような感じだった。
くっ
宛名も差出人も書いてないから、誰に宛てたかわからないし、誰が書いたかもわからない。
手紙じゃないんじゃない?
それは違うぞ。

これは手紙だ。

どうして?
ビンに入ってて

字が書いてある。

……
まあ、いいか。

理都だし……

手紙だとしたら、言えなかった気持ちを書いて、伝える相手がいないから海に流したって感じがするけど……
え?
理都は不満そうだった。
字が(にじ)んで飛び飛びにしか読めないし、達筆(たっぴつ)で言い回しもよくわからないけど、そんな感じがする。
……
ずっと気持ちを抑えていたおじいちゃんが、最期にその気持ちを届かない相手に向けて書いて海に流した?
なんでおじいちゃん?
達筆だしカクカクしてるから。
女性的な丸みがなかった。
なんで最期?
字は綺麗な感じだけど曲がってるから、万全な調子ではなさそう。
ミミズが這ってるのも美的というよりも、そう書くのが限界という感じがした。
伝えられなかったラブレターって気がする。
ラブレターは、奈々美の願望だろ?
そうだね。
でも、なんとなくだけど、読めるところを読んだ感じ、そんな気がした。
「だったらいいな」って、

私が思ってるだけかもね。

ワンっ
ジンジャーがシッポを振って、私のところに寄ってきた。

「ボクもそう思う」って、言ってるみたいに。

おいで、ジンジャー
ジンジャーをだっこする。
俺は

そんな手紙、書かない。

え?
俺は絶対に、相手に届くラブレターを書く。
何かを閃いたような、キラキラした目で言っていた。
ワンっ
……
理都は……、私の旦那さんは、昔、そう言っていた。
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登場人物紹介

奈々美(ななみ)

主人公

理都(りと)

奈々美の幼なじみ

ジンジャー

奈々美の飼い犬

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