第1話

文字数 2,015文字

「もう、いい加減、たばこ吸おうか。
 そしてもう二度と禁煙しないで一生吸い続けてくれる? 迷惑だから」

夫が禁煙を始めて半年ほど経った頃、様子を見て我慢出来なくなった私が言った。


この記事は、たばこを吸うことをおすすめしたり、体に害がないなどと言うつもりのものではありません。

ただ、私の夫という一個人が禁煙して、彼の身体や精神状態に起こったこと。
そして、喫煙を再開した後の様子。
たばこが彼にもたらした事実と、それを見て私が感じた事を書いています。

禁煙中の方、いつかは禁煙しようと考えている方、またはそういう家族や親しい人がいる方へ。ごく一部の例として知っていただければ。


夫は毎年、人間ドックの結果が届く度に禁煙だ、ダイエットだと騒ぎ始める。
血液検査でも、たばこの影響と思われる良くない数値が出ていると医者からも言われている。

私から禁煙を勧めたことなど一度もない。
たばこを吸った直後の口で話しかけられるのは臭くて腹が立つが、正直、彼の健康や寿命に興味がないのでどちらでもよい。

今回で禁煙を試みるのは何回目になるだろう。
おそらく、5回目。

禁煙方法も何種類かやってきた。
病院での“禁煙外来”
皮膚からニコチンを摂取するニコチンパッチ
フィルター部分に取り付け、徐々にニコチン摂取を減らしていく器具など。
禁煙に費やしたお金は万単位。
何度も失敗しているので禁煙という言葉が彼の口から発せられる度に
「またお金かけてやめようとするんだ。無料でやめようよ」
とうんざりする。

どれも、一度は禁煙に成功するが、数ヶ月から一年で再開してしまう。
だいたい吸い始めるきっかけは、仕事が忙しくなった時のストレス解消のためだったりするらしい。
他には、喫煙者から今だけなら、一本だけなら、などと勧められる。だいたいたばこを勧める喫煙者は、禁煙中だという人が横にいると、たばこを吸いにくいから、ただそれだけ。
一時的に自分が吸いやすい雰囲気になれば、その一本で禁煙中の相手がどうなるかなんて気にしていない。

ただ、今回の禁煙はいつもと様子が違った。

禁断症状がいつまで経っても消えない。
過去にやったどの禁煙よりも苦しんでいた。
激しい頭痛を訴え、脳外科で精密検査を受けるも異常なし。
食べ物の味がしないと醤油やソースを多量にかける。(通常、たばこをやめると味覚が敏感になり食べ物が美味しくなると聞く)
23度くらいある室内で「寒い、寒い」とガタガタ震えて暖房をつけ、28度を超えてもまだ言い続ける。同居人としては堪らない。
仕事がない日は一日中「何もする気が起きない」とパジャマのままスマホ片手に布団で過ごす。

「たばこをやめたら具合が悪い」
と医者に言ったが相手にされなかった。
「あなたは間違った事をしていない。是非禁煙を続けてください」
と言われたらしい。当たり前だ。

「気晴らしに釣りにでも行ったら?」
とすすめるも、
「釣りは魚がかかるまでの間、海を眺めながらたばこを吸うのが楽しいんだ。たばこを吸えない釣りは苦痛でしかない。周りでたばこを吸う釣り人達も気になる」
と言う。唯一の趣味も出来なくなってしまっている。

一番厄介なのが、意味不明なキレを起こされることだった。
もともと短気な男ではあったが、一切悪い事をしていない子どもにまで怒りをぶつけ始めた時には、このままこの状態が続くならもう無理だなと思った。
これ以上嫌いになったら一緒にいられない。


そして、今回は冒頭の私の一言で約半年の禁煙期間を終了し、喫煙を再開した。

するとどうだろう。
あんなに苦しんでいた体調不良や心の不調が、わずか一週間ほどで全て消え去ったのです。
突然笑顔が戻り、食べ物が美味しいと言い始めた。

人の身体や心をここまで変化させるたばこ。

ー合法麻薬だ

「次はどこの海岸に行こうかな、今の時期はあの魚がよく釣れるんだ」
「どんな料理にしたら美味いと思う?」

とても楽しそうに、嬉しそうに話している。

過去に「たばこを(または酒を)やめるくらいなら死んだ方がマシだ」と言う人に何人か会ったことがある。
その時は「まさか、極端だろう」と思った。
でも、実際に依存物を断つ時に苦しむ人を目の当たりにして、あの人達が言ったことがわかった気がした。

将来の体調不良よりも、目先の体調不良を片付けたいなら吸ったらいい。
禁煙によるストレスで、仕事や身近な人間関係に支障をきたすくらいなら吸ったらいい。
体に良くないということを理解した上で「吸い続ける」という選択肢もあるのではないだろうか。

非喫煙者にとって、たばこはわざわざ吸い始める必要はない。

それこそまさに「百害あって一利なし」

しかし、既に心または体が依存してしまっている喫煙者にとって、必ずしも禁煙することのみが正解の選択ではないのかもしれません。

「こんな草に頼らないと生きていけないなんて、あなたって本当に弱い男だよね、心が」

「俺もそう思う」

少なくとも夫は、たばこを再開して妻子を失わずに済んだ。

一利あり
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