第1話

文字数 1,995文字

 どうにかして仕事を上手くサボれないか。この時期の課題である。
「クソ暑ーいな。こんな炎天下の中、外回りってホント、頭おかしいよな」
 途中、立ち寄ったカフェで、2年先輩の村橋さんがぼやいている。手で顔周りを仰ぎながら、ネクタイを緩め始めた。
「ちょっと、村橋さん。まだ仕事残ってますからね。仕事終わりの居酒屋じゃないですから。オシャレなカフェですから。おしぼりで、顔拭いたりしないでくださいよ。それやったら、おじさん確定ですよ」
「いちいちうるせーな。そんな歳、変わんねーし。ホント、クソ真面目だな、橘は。休憩の時くらい好きにさせろよ。この案件、お前だけじゃ弱いって俺まで付き添わされてんだぞ」
 感謝しろよと言わんばかりである。こう見えてというか、どう見えているか分からないが、村橋さんは営業成績がいいのだ。きっと、オンとオフの切り替えをしっかりしているからだろう。
「すみません。何度か行ったんですが、相手からいい返事をもらえなくて。たぶん、今度こそ決めてこいって、課長がアシスト役に村橋さん選んだんですよ」
「あの、無能上司が。お前が行けって話だよ。自分は涼しいオフィスでのうのうと過ごしてんだからよ。はあ、ゲームしてえ。イラついた時は課金だな」
 そう言いながら、運ばれたアイスコーヒーにガムシロップを3つ、ミルクを3つも入れている。かなり甘党らしい。そういえば、残業の時によくプリンとかシュークリームを食べていたっけ。
「やっぱり課長は最後の砦じゃないですか。僕と村橋さんでダメだった時のカードですよ。課長、ポワンとしてますけど、結構やり手なんですよ。昔すごかったって、聞きますし」
 そういう僕は、ブラックでアイスコーヒーを飲んでいる。
「あ、すみません。このマスカッツマスカッツパフェも追加で」
「えっ、まだ頼むんですか? 直帰じゃないんですよ」
 そろそろ戻らないといけない時間だ。戻ったら報告書が待っている。
「お前、面白くねーな。適当にサボらないと、息詰まるぞ。やってらんねーぞ。要領よくな。橘ってサボることあんのか?」
「まあ、この時期はたまに。コーヒー1杯だけとか。直帰の時とかはですね。暑過ぎて、僕もサボらないとやっていられないですよ」
「へえ、意外。でも、橘らしいな。サボり方も」
 甘いコーヒーも、もうすぐ飲み終わりそうで、ストローで吸う音が響いている。
「村橋さんこそ、これで営業成績いいのが不思議ですよ」
 僕が言い返すと、睨みながらズッと最後に1つ音を立てた。
 でも、一緒に行って分かった。やっぱり交渉が上手い。今回、持ち越しになってしまったが、あと一歩のところまで来た。以前、課長に同行してもらったこともあったが、その時とやり方が似ている。
「てか、あの会社おかしいよな。普通だったらあそこで決めるだろ。次回、お返事させていただきますって。まあ、橘も粘ったんだな」
「さらに、粘ることを村橋さんから教えてもらいましたよ。でも、今回も持ち越しになりましたねって言っても、見えてきたじゃないですか。この案件まとまったら、村橋さん主任になれるんじゃないですか?」   
 少し浮かない顔をしているように見える。そこへ「お待たせしましたー」とパフェが運ばれてきた。いわゆる「映え」のスイーツだが、スマホで写真を撮るタイプでもない。すぐにスプーンですくい始めた。きれいに盛られたマスカットが、少し崩れる。
「なあ、橘。生きてて楽しい?」
「いきなりどうしたんですか?」
 唐突に聞かれ、少し答えに迷ってしまう。
「いや、お前つまらなそうだから。それに、人生仕事だけが全てじゃないだろ?」
 失礼なとは思ったが、たしかに僕は面白味がある人間ではない。ここで語りたいのだろうか。
「何か趣味の話でもしたいんですか?」
「うーん。というより、仕事ってもちろん生活のためってのもあるけど、俺は課金のためにってのもある」
「課金ってゲームですか?」
「いや、課金って別にゲームだけじゃないだろ? ゲームでも使ったりするけど、音楽や動画のサブスクも立派な課金じゃん」
「僕はそんなことに使うくらいなら、貯金しますね。老後が心配ですし。アリとキリギリスのキリギリスにはなりたくないですから」
 一瞬、スプーンを動かす手の動きが止まった。
「どこまでも、つまんねーヤツだな」
 そう言いながら、またパフェを食べ始めた。
「上司ガチャはずれたからな。課金して上司選べる制度あったら面白いのにな。ああ、これ経費で落ちねーかな」
「落ちませんよ。そのうち、村橋さんも同じこと言われますよ」
 また睨まれる。親ガチャという言葉もあるくらいだから、自分の意志で選べないということを、カプセルトイになぞらえている。それに課長はすごいんですからと、心の中でツッコむ。いつの間にかパフェを平らげた村橋さんが伝票を手に取った。
「このサボりも課金ですね」
 と言ってやった。
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