第1話

文字数 2,000文字

「私、幽霊なの」
それが一世一代の告白をした僕に対する花子さんの第一声だった。
花子さんは、視線をティーカップに落としながら続ける。
「だから、あなたとは付き合えない。ごめんなさい」
カフェ店内を静寂が流れる。
一瞬、なにを言われたのかわからなかった。
「ど、どうして?」
「言ったでしょ。私は幽霊なの」
「うん」さっき聞いた。意味がわからずスルーしたけど。
「……だから」と、言って彼女は黙ってしまった。
「いやいやいや! 幽霊なのはわかったよ? いや、全然わかってないけどさ! でも、幽霊だから付き合えないってのは理由になってないよ」 
嘘をつくにしてももっとマシな嘘をついてほしい。振られるならそれでもいいのだ。でも、幽霊だからってのは納得できない。
「私とあなたでは住む世界が違う。一緒にいられないの。わかるでしょ?」彼女は悲しげに目を伏せる。
「同じ令和の日本に生きてるよ?」
「そうじゃなくて……」惚けた顔の花子さんだったが何か考えるような仕草をすると、
「ねえ、私を撮ってくれない?」
唐突にそんなお願いをしてきた。
彼女は今まで写真に映ることを嫌がったのに。
「いいの?」
僕は念願の彼女の写真が手に入ることが嬉しくなって、スマホのカメラ機能で花子さんを遠慮なく連写する。
「撮れた?」彼女が聞いてくる。
「バッチリだよ」僕は自信満々に先ほど撮った写真を確認する。
「あれ?」不思議なことが起こった。
確かに写真を撮ったはずだ。しかし彼女はどこにも写っていなかった。テーブルも椅子も彼女が飲んでいたコーヒーのカップも写ってるのに。
まるで彼女の存在だけが切り抜かれているようだった。
「おかしいな」僕は再び彼女を撮影する。
またしても花子さんは写っていなかった。
「もしかして……」
僕は花子さんを凝視する。花子さんも神妙な面持ちで頷いた。
「これが今流行りの消しゴムマジック!?」
「鈍感にも程があるわ!」怒った花子さんもやっぱり可愛かった。
その後、色々試して鈍い僕でもわからされた。
彼女は紛れもなく幽霊だった。
「すごいや」僕は興奮して、記念写真を撮ろうとする。知り合いに自慢出来ると思った。
が、写真には映らなかった。
「あなたって少しお馬鹿さんよね」
花子さんが呆れたように笑う。その笑顔が写真に収められないのがもどかしい。
と、思ったけど逆だ。
僕しか見れないと思えば特別感満載じゃないか。
「……これでわかったでしょ」花子さんはティーカップに口をつける。
「私が幽霊だってこと」
「まあね」僕は続ける。
「でも、それと付き合えないという理由にはならないよね」
「話聞いてた? 私は幽霊なのよ」
「そうだね。写真に映らないし、触れられない。紛れもなく幽霊だ」
「なら、わかるでしょ。死者である私と生者であるあなた、住む世界が違うのよ。付き合えるはずないじゃない」
「どうして?」
「だから……!」
「僕は幽霊が彼女でも問題ないと思ってる。こうして話はできるわけだし」
「問題おおありよ!」
ダンと彼女は勢いよくテーブルを叩いた。コップの中でコーヒーが揺れる。彼女の顔は怒りに染まっていた。
「どうしたの」僕は彼女が初めて見せる表情に驚き固まる。
「あなたに、好きな人の肌に触れられない辛さがわかる!? 目の前にいるのに、触りたいのに、熱を感じたいのに、触れない! なにも感じない! だって、私は幽霊だから! 好きになって一緒にいたいと思うほど胸が苦しくなる! 相手と心が通じ合うほど辛くなる! もう、こんな思いしたくないの!」
「だから、私に関わらないで……」
最後はか細い声だった。長い髪で顔を隠しているつもりだろうけど、泣いていたのは一目瞭然だった。

花子さんが去った後、僕は一人席に残った。
気がかりだった。
花子さんは、自分が幽霊だから付き合えない、一緒にいられないと言うけれど、じゃあなんで今まで食事に誘ったりデートに誘っても断らなかったのだろう。
そんなに生者と関わるのが嫌なら普通断るはずだ。
しかし彼女は断らず僕と同じ時間を過ごしてくれた。
告白した瞬間、幽霊であることを理由に断るなんて今更すぎるじゃないか。
花子さんは、口ではああ言ってるけど。
本当は______


目が覚めると、そこは見慣れた世界だった。
「へー、死後の世界って思ったよりユートピア感ないな」
生きている頃となんらか変わらない世界が広がっていた。人が歩いていて、車が通っていて、草木が揺らいでいる。いつもの風景。けれど、自分という存在がどこか希薄になった気分だ。これが幽霊ってことだろうか。
「どうして……」声がした。
「これから探そうと思ってたんだ」振り向く。
「会えてよかった、花子さん」
花子さんは、嬉しいような悲しいような複雑な表情をして微動だにしない。
僕は笑って彼女の前に立つ。
「僕と付き合ってくれますか」
幽霊になって初めての告白。
「ほんとあなたってお馬鹿さん」
彼女は満開の花のような笑顔を浮かべたのだった。
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