ほんとうの旅立ち。 

文字数 2,432文字

 第十四章 ほんとうの旅立ち。

 次の日の放課後。宅也と芹奈は、木馬のお店へと急ぎました。もちろん木馬の存在を確かめるためでした。しかし、陳列棚の上に木馬の姿はありませんでした。そして、店全体に張りつめていた、きれいな気も感じられなくなっていました。宅也はレジの人にたずねてみました。
「あそこの棚の上にあった。木馬はどうしたのですか」
 宅也のこの問いに、レジの人は不思議そうに答えます。
「木馬ですか。そんなもの置いてましたか。わたしは気づきませんでしたが・・・」
----タロスが行く時に、みんなの記憶を消したんだ。
「あーあ。木馬のお店も、普通のスーパーになっちゃたわね。わたし、さびしいわ」
 店を出ると、芹奈がため息まじりにいいました。
「ほんとだね」
 二人は、沈黙したまま別れました。

 それから一カ月が過ぎました。タロスと別れた後、宅也と芹奈は、放課後、毎日藤棚の下で会っていました。
「おじいさんの調子はどう?」
「もう、元気いっぱいで、散歩はかかさずだし、趣味に盆栽なんか始めちゃったりして」「よかったね。ほんとに」
 宅也がそう言うと、芹奈は立ち上がり、宅也の前を行ったり来たりしながら、話しにくそうにポツリポツリと話しだしました。
「今日はね。宅也に話さなければならないことがあるの。わたし、転校するの。もともとわたしは、お母さんが入院している間、おじいちゃんとおばあちゃんに預けられていただけだし、お母さんがもうすっかり回復して、退院も決まったから。わたしとしては、もとの家に帰るだけなんだから、喜ぶべきなんだけど、ただ宅也に会えなくなると思うと、さびしくて」
 宅也は転校と聞いて驚きましたが、気を取り直して言いました。
「芹奈。お母さんがすっかりよくなって、おめでとう。よかったね」
 しかし、その後が続きません。宅也のショックは大きかったのです。二人は黙り込んでしまいました。
 しばらくして、芹奈が話しだしました。
「だいじょうぶよ。おじいちゃんの家には、お盆と正月には、必ず来るから、その時、会えるから」
 宅也はまだ心の整理がつきません。
「いや、そのこととは別に・・・。ぼく自信がないんだ。こうやって芹奈と会っていると、タロスとの旅が現実として、感じたことまではっきりとしている。でも、芹奈がいなくなると、あの感動がだんだん薄れていってしまわないかと思って・・・」
 芹奈はうなずいて聞いていました。
「それは、わたしも同じだわ。昨夜電話で、お父さんから転校のことを聞かされてから、ずっとそのことを考えていたわ」
 芹奈は宅也の目をまっすぐに見つめていいました。
「そんなことで薄れるような体験だったのかって。何度も自分に問いかけたの。でも、いくら考えても答えはノーよ。あの体験はそんな中途半端なものじゃないわ。そうでしょ、宅也」
 宅也もそれにはしたがいました。芹奈は話を続けます。
「わたし、昨夜、眠らずに考えたの。そして、思いついたの。今、わたしと宅也があの体験から学んだことを手紙に書いて、それを未来の自分に渡すのよ」
 宅也は意味がわかりません。
「未来の自分に渡すって、どうやって?」
芹奈はまた宅也の前を歩きながら答えます。「その手紙を缶の中に入れて、土の中に埋めるのよ。そして、埋めた日の十年後に二人で掘り出すの。そうすれば、もし未来の自分があの感動を忘れかけていても、しっかりと思い出すじゃない。これはどうかしら」
 宅也は黙って聞いていました。ひたいに手を当てて、しばらく考えていましたが、初めはポツリポツリと、だんだん力強く言いました。
「それはいいかもしれない。人間は、ほんとうに忘れることはできない。でも、薄れることはある。芹奈の言うとおり、その手紙を読めば、また感動がよみがえる可能性は多いにある。よし、そうしよう」
 二人は、両手をたたき合って、喜びました。
そして、芹奈が転校する一週間後までに、手紙を書くことを約束して別れました。

 一週間がすぎました。宅也と芹奈は、校舎の裏に来ていました。宅也の手にはスコップが、芹奈の手にはお菓子の空き缶がありました。
 どこに埋めようかと迷ったあげく、一本の大きなクスノキの下に埋めることにしました。これだけ大きなクスノキなら、移植されたりで、土を掘られることもないと思ったからです。
 宅也は芹奈に手紙を渡すと、芹奈はそれを大事そうに、自分の手紙と一緒に缶にいれました。封筒のあて名のところには、
「十年後の斉藤宅也へ」
「十年後の琴吹芹奈へ」
 とあります。
宅也がスコップで、土を掘り出しました。二十分ほどかけて、五、六十センチほどの深さの穴が掘れました。芹奈がていねいに穴に缶を入れます。そして、宅也が土をかぶせます。「よし、できた。十年後にまたここで」
 宅也は汗をぬぐいながら言いました。
「約束よ。宅也。でも、この手紙たちが必要なければ一番いいのだからね。わかってる」 芹奈にそう言われ、宅也は頭をかきました。「わかってるって」
「それより、列車の時間は?駅まで送るよ」 宅也がそう言うと、芹奈は答えます。
「時間はまだあるの。送ってくれなくていいわ。泣いちゃうかも。ここで別れましょう」 二人は藤棚のベンチに座りました。
「宅也。これからの人生、どこにいても、なにをしても、タロスとの体験を頭において ね」
 芹奈の心配性に宅也は笑って答えます。
「わかってるって。『感じること』そして、『今に生きる』ほんとうの深い意味は、もっと大人になってわかることだと思うけど、今の自分のわかる範囲で、そう生き続ければいいと思ってるんだ」
 芹奈はうなずきながら聞いています。
「さあ、今日からほんとうの人生の旅立ち よ」
「そう、ほんとうの旅立ちだ」
 二人は校門を出て、しっかりと握手して別れました。
 それぞれの人生の旅へ向かって。
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