結婚式の少女たち
文字数 3,369文字
子供がナイフを持って遊ぶように、女は自分の美しさで遊ぶ。
そして、自分を傷つける。
「……ふぅ」
日本とは違う価値観に出会えるから、海外小説は面白いと森町冬海は思う。
ティーンズ向けの小説でさえそうだ。
主人公の女子高生が、キスが下手という理由で振られてるなんて、日本の創作物じゃ絶対にあり得ない。
というか、そんな理由で振られるなんて想像しただけで辛すぎる。
「自分の美しさで遊ぶ、か」
昨今のニュース。また、奔放なクラスメイトを思い浮かべて納得する。
オシャレはあくまで自分が楽しむ為。男を誘うのは二の次どころか、副次的な効果でしかないのだ。
「そして、傷つける……か」
でも、可愛くなりたくて頑張った成果を認められたら、誰だって嬉しいに決まっている。舞い上がって、頭が多少お留守になるのも致し方ない。
「わっ、それ洋書ってやつ?」
従妹の林都秋海が小説の背表紙を覗き込み、嫌そうな声をあげた。
「翻訳されてるから洋書じゃないよ」
冬海は否定するも、
「えー、でも海外の人が書いた本っしょ?」
秋海にとっては同じようなモノらしい。
「ていうか、なんで本なんて読んでんの?」
自分のスマホを操作しながら、秋海は訊いた。
「充電がヤバいの」
「充電器借りたら?」
「誰に?」
「……ホテルの人に?」
「それっていいのかな? 常識的に大丈夫?」
「……さぁ?」
女子高生の二人が揃って常識を気にするのは、親戚の披露宴に招かれている状況だからである。
ここは衣装室前のロビー。
新郎側の女性陣も使用しているので、あまり非常識な行為はしたくなかった。加え、母親たちはやたらと髪型や服装に拘っていて、声をかけられる様子でもない。
一方、高校生の二人は制服なので頑張りようがなかった。というより、学校のように頑張ってはいけないと常識的に考えていた。
そう、生徒たちはいつだって理解しているのだ。何が良くて悪いかを。ただ、ルールの隙を衝くのが楽しいから校則を違反する。
「制服じゃ、アクセサリーもつけられないもんね」
いつもは着飾ることをしない母親や叔母の姿を見て、秋海がぼやく。
「ねー。そういや、和兄さんもなんか胸元辺りに宝石付けてた」
「あぁ、ラペルピンね。いいでしょ、あれ。わたしが作ったんだ」
「えっ? そなの?」
冬海は素直に驚いた。
「といっても、ピアスとペンダントトップを合わせただけ。大学生なのに、兄ちゃんオヤジ臭かったから」
秋美はそう言って、兄をくさす。
「それでも凄いよ」
「冬海のほうが凄いって。わたしは字ばっかの本、読めないもん」
「いや、そんなんと比べられても……」
二人して謙遜しあっていると、
「秋海。行くわよ」
「冬海、なにしてるの急ぎなさい」
母親に急かされる。
「ちんたら着替えて、時間食ってたのは誰なんだか」
秋海がぼやき、
「ほんとだよ」
冬海も続く。
そうして、二人は本日の主役である従姉の春海の元へ。
「まぁ、春海ちゃん。奇麗ね」
「ほんと、よく似あっている」
母親たちはいつものように接しているも、
「……」
「……」
二人はそうはいかなかった。
仲良しの従姉はとても奇麗で、本当に奇麗で――ついつい気圧されてしまった。
「冬海ちゃんも秋海ちゃんも、今日は来てくれてありがとう」
髪型か、化粧か、服装か。
花嫁の従姉は見知った顔でありながらも、ぜんぜん安心感を抱かせてくれない。
むしろ、攻撃されている錯覚に陥る。
冬海と秋海は、自分たちがどうしようもない子供であることを思い知らされていた。
「……春海ちゃん奇麗です」
「……うん。凄く奇麗」
女のコにとっては無敵の制服のはずなのに、何故だが急に恥ずかしくなる。
「ありがとう。でもどうしたの? 今日は大人しいじゃん」
「だって……ねぇ」
「うん……ねぇ」
二人は顔を見合わせて、言い訳になってない言葉を漏らす。
それでも思い出したかのように声を揃えて、
「今日はおめでとうございます」
定型文を口にした。
ご結婚と付けなかったのは、婚約を聞かされた時に言っていたからである。
「ありがとう」
花嫁に自由時間はあまりないようで、二人は満足に会話もできないまま、その場を後にした。
「奇麗だったね、春海ちゃん」
式が始まるまでの時間、待合室で冬海が漏らす。
「うん、奇麗だった」
秋海も続いて、溜息一つ。
「というか、ロビーにいた人たちも皆奇麗だよね」
大人の女性はたちはみんなドレスアップしていた。その所為か、無敵なはずの制服もここではみすぼらしい格好に思えてならない。
「あんだけ奇麗だったら、遊びたくなるのかなぁ」
つい冬海はぼやいてしまい、
「なにそれ?」
秋海が食いついた。
「さっき読んでた本に書いてあったの。子供がナイフで遊ぶように、女は自分の美しさで遊ぶって。それで自分を傷つけるんだって」
「あー、なる」
納得がいったのか、秋海は深く頷いた。
「遊べるほど奇麗だったらね」
「えー、秋海は充分遊べるでしょ?」
「は? だったら冬海だっていけるっしょ?」
二人はしばらく不毛な言い争いを続け、
「ほら、行くわよ」
またしても母親たちに急かされる。
「はーい」
声を揃えて、今度は挙式。
新郎新婦の家族に加え、親しい友人が沢山参列していた。
「ねぇ、あの人パンツスタイルだ」
冬海が参列客の一人を指さし、
「ほんとだ。格好いいね。一眼レフとか超似合っている」
秋海がそんな感想を口にした。
常識的に正しいかどうかはわからないけど、二人にとってその女性はとても格好良く見えた。 華やかなドレスに宝石。奇麗な髪をなびかせている女性はもちろん可愛い。
けど、短い黒髪にパンツスタイル。そしてカメラを構えて、快活な笑顔を浮かべているあの女性もまた、少女たちには好ましく映った。
「あんな風になら、なれるかな?」
「その言い方はよくないよ」
「……だね」
失言に気づいて冬海は言い直す。
「あんな風に格好良くなりたいな」
「うん。もちろん、今日の春海ちゃんみたいに奇麗にもなりたい」
「あそこにいる人みたいに、可愛くもなりたい」
二人はこそこそと参列する女性陣を指さし、覗き見、その姿から勝手に職業まで想像していく。
「あの人はアパレル店員っぽい。それも古着屋にいそう」
「あっちの人はカフェにいそうじゃない?」
「振袖の人は茶道か華道が似合いそう」
「ショートの人はスノボーとかしてそう」
少女たちの妄想はプライベートにまで突入して、楽しそうに笑う。
そんな二人を大人たちは微笑ましく見ていた。
少女たちが大人の女性に憧れを抱くように、あちらは制服姿にノスタルジーを感じているようだった。
自分たちが世界の中心で、なんにでもなれると思っていた栄光の時代。
そして、何よりも友達を大事にしていた。
けど、大人になった今は違うのだ。
友達の結婚式――最高の瞬間なのに、来れなかった人、来なかった人もいる。
その現実を少女たちはまだ知らない。
「――皆さま、大変長らくお待たせいたしました」
と、席に付くアナウンス。
誰もがお行儀よく従って、本日の主役の登場を待つ。
そうして新郎がやって来て、新婦が父親に付き添われて現れる。
厳かな雰囲気の中、牧師の声が響き渡り、二人は誓約を結んでキスを交わす。
ドラマと違い、見知った相手のキスシーンに少女たちは興奮を隠せずにいた。
「ねぇ、披露宴まで少しあるらしいからお化粧しない?」
式が終わるなり、冬海が提案する。
「え? 怒られない?」
「学校じゃないんだし、大丈夫だって」
それに、と冬海は繋いで、
「春海ちゃんの為に奇麗にするの」
言い切った。
「春海ちゃんがとっても奇麗で、私はとっても嬉しいもん。だから、春海ちゃんだってそうだよ」
「じゃぁ、伯母さんに頼んでみよっか?」
そう言って、少女らしい勝手さで秋海は駆け出した。
本日、忙しいであろう新婦の母親の元へ。
「待って、私も行くー」
そして、止めることなく冬海も続く。
正誤はともかく、善意と信じて動き出した少女たちを止められるモノは何もない。
たとえ伯母さんが二人の心意気を喜んで、快く承知したとしても――
きっと、二人の母親は娘を叱るに違いなかった。
それでもこの瞬間。
少女たちは『誰か』の為に奇麗になりたいと心の底から思っていた。
そして、自分を傷つける。
「……ふぅ」
日本とは違う価値観に出会えるから、海外小説は面白いと森町冬海は思う。
ティーンズ向けの小説でさえそうだ。
主人公の女子高生が、キスが下手という理由で振られてるなんて、日本の創作物じゃ絶対にあり得ない。
というか、そんな理由で振られるなんて想像しただけで辛すぎる。
「自分の美しさで遊ぶ、か」
昨今のニュース。また、奔放なクラスメイトを思い浮かべて納得する。
オシャレはあくまで自分が楽しむ為。男を誘うのは二の次どころか、副次的な効果でしかないのだ。
「そして、傷つける……か」
でも、可愛くなりたくて頑張った成果を認められたら、誰だって嬉しいに決まっている。舞い上がって、頭が多少お留守になるのも致し方ない。
「わっ、それ洋書ってやつ?」
従妹の林都秋海が小説の背表紙を覗き込み、嫌そうな声をあげた。
「翻訳されてるから洋書じゃないよ」
冬海は否定するも、
「えー、でも海外の人が書いた本っしょ?」
秋海にとっては同じようなモノらしい。
「ていうか、なんで本なんて読んでんの?」
自分のスマホを操作しながら、秋海は訊いた。
「充電がヤバいの」
「充電器借りたら?」
「誰に?」
「……ホテルの人に?」
「それっていいのかな? 常識的に大丈夫?」
「……さぁ?」
女子高生の二人が揃って常識を気にするのは、親戚の披露宴に招かれている状況だからである。
ここは衣装室前のロビー。
新郎側の女性陣も使用しているので、あまり非常識な行為はしたくなかった。加え、母親たちはやたらと髪型や服装に拘っていて、声をかけられる様子でもない。
一方、高校生の二人は制服なので頑張りようがなかった。というより、学校のように頑張ってはいけないと常識的に考えていた。
そう、生徒たちはいつだって理解しているのだ。何が良くて悪いかを。ただ、ルールの隙を衝くのが楽しいから校則を違反する。
「制服じゃ、アクセサリーもつけられないもんね」
いつもは着飾ることをしない母親や叔母の姿を見て、秋海がぼやく。
「ねー。そういや、和兄さんもなんか胸元辺りに宝石付けてた」
「あぁ、ラペルピンね。いいでしょ、あれ。わたしが作ったんだ」
「えっ? そなの?」
冬海は素直に驚いた。
「といっても、ピアスとペンダントトップを合わせただけ。大学生なのに、兄ちゃんオヤジ臭かったから」
秋美はそう言って、兄をくさす。
「それでも凄いよ」
「冬海のほうが凄いって。わたしは字ばっかの本、読めないもん」
「いや、そんなんと比べられても……」
二人して謙遜しあっていると、
「秋海。行くわよ」
「冬海、なにしてるの急ぎなさい」
母親に急かされる。
「ちんたら着替えて、時間食ってたのは誰なんだか」
秋海がぼやき、
「ほんとだよ」
冬海も続く。
そうして、二人は本日の主役である従姉の春海の元へ。
「まぁ、春海ちゃん。奇麗ね」
「ほんと、よく似あっている」
母親たちはいつものように接しているも、
「……」
「……」
二人はそうはいかなかった。
仲良しの従姉はとても奇麗で、本当に奇麗で――ついつい気圧されてしまった。
「冬海ちゃんも秋海ちゃんも、今日は来てくれてありがとう」
髪型か、化粧か、服装か。
花嫁の従姉は見知った顔でありながらも、ぜんぜん安心感を抱かせてくれない。
むしろ、攻撃されている錯覚に陥る。
冬海と秋海は、自分たちがどうしようもない子供であることを思い知らされていた。
「……春海ちゃん奇麗です」
「……うん。凄く奇麗」
女のコにとっては無敵の制服のはずなのに、何故だが急に恥ずかしくなる。
「ありがとう。でもどうしたの? 今日は大人しいじゃん」
「だって……ねぇ」
「うん……ねぇ」
二人は顔を見合わせて、言い訳になってない言葉を漏らす。
それでも思い出したかのように声を揃えて、
「今日はおめでとうございます」
定型文を口にした。
ご結婚と付けなかったのは、婚約を聞かされた時に言っていたからである。
「ありがとう」
花嫁に自由時間はあまりないようで、二人は満足に会話もできないまま、その場を後にした。
「奇麗だったね、春海ちゃん」
式が始まるまでの時間、待合室で冬海が漏らす。
「うん、奇麗だった」
秋海も続いて、溜息一つ。
「というか、ロビーにいた人たちも皆奇麗だよね」
大人の女性はたちはみんなドレスアップしていた。その所為か、無敵なはずの制服もここではみすぼらしい格好に思えてならない。
「あんだけ奇麗だったら、遊びたくなるのかなぁ」
つい冬海はぼやいてしまい、
「なにそれ?」
秋海が食いついた。
「さっき読んでた本に書いてあったの。子供がナイフで遊ぶように、女は自分の美しさで遊ぶって。それで自分を傷つけるんだって」
「あー、なる」
納得がいったのか、秋海は深く頷いた。
「遊べるほど奇麗だったらね」
「えー、秋海は充分遊べるでしょ?」
「は? だったら冬海だっていけるっしょ?」
二人はしばらく不毛な言い争いを続け、
「ほら、行くわよ」
またしても母親たちに急かされる。
「はーい」
声を揃えて、今度は挙式。
新郎新婦の家族に加え、親しい友人が沢山参列していた。
「ねぇ、あの人パンツスタイルだ」
冬海が参列客の一人を指さし、
「ほんとだ。格好いいね。一眼レフとか超似合っている」
秋海がそんな感想を口にした。
常識的に正しいかどうかはわからないけど、二人にとってその女性はとても格好良く見えた。 華やかなドレスに宝石。奇麗な髪をなびかせている女性はもちろん可愛い。
けど、短い黒髪にパンツスタイル。そしてカメラを構えて、快活な笑顔を浮かべているあの女性もまた、少女たちには好ましく映った。
「あんな風になら、なれるかな?」
「その言い方はよくないよ」
「……だね」
失言に気づいて冬海は言い直す。
「あんな風に格好良くなりたいな」
「うん。もちろん、今日の春海ちゃんみたいに奇麗にもなりたい」
「あそこにいる人みたいに、可愛くもなりたい」
二人はこそこそと参列する女性陣を指さし、覗き見、その姿から勝手に職業まで想像していく。
「あの人はアパレル店員っぽい。それも古着屋にいそう」
「あっちの人はカフェにいそうじゃない?」
「振袖の人は茶道か華道が似合いそう」
「ショートの人はスノボーとかしてそう」
少女たちの妄想はプライベートにまで突入して、楽しそうに笑う。
そんな二人を大人たちは微笑ましく見ていた。
少女たちが大人の女性に憧れを抱くように、あちらは制服姿にノスタルジーを感じているようだった。
自分たちが世界の中心で、なんにでもなれると思っていた栄光の時代。
そして、何よりも友達を大事にしていた。
けど、大人になった今は違うのだ。
友達の結婚式――最高の瞬間なのに、来れなかった人、来なかった人もいる。
その現実を少女たちはまだ知らない。
「――皆さま、大変長らくお待たせいたしました」
と、席に付くアナウンス。
誰もがお行儀よく従って、本日の主役の登場を待つ。
そうして新郎がやって来て、新婦が父親に付き添われて現れる。
厳かな雰囲気の中、牧師の声が響き渡り、二人は誓約を結んでキスを交わす。
ドラマと違い、見知った相手のキスシーンに少女たちは興奮を隠せずにいた。
「ねぇ、披露宴まで少しあるらしいからお化粧しない?」
式が終わるなり、冬海が提案する。
「え? 怒られない?」
「学校じゃないんだし、大丈夫だって」
それに、と冬海は繋いで、
「春海ちゃんの為に奇麗にするの」
言い切った。
「春海ちゃんがとっても奇麗で、私はとっても嬉しいもん。だから、春海ちゃんだってそうだよ」
「じゃぁ、伯母さんに頼んでみよっか?」
そう言って、少女らしい勝手さで秋海は駆け出した。
本日、忙しいであろう新婦の母親の元へ。
「待って、私も行くー」
そして、止めることなく冬海も続く。
正誤はともかく、善意と信じて動き出した少女たちを止められるモノは何もない。
たとえ伯母さんが二人の心意気を喜んで、快く承知したとしても――
きっと、二人の母親は娘を叱るに違いなかった。
それでもこの瞬間。
少女たちは『誰か』の為に奇麗になりたいと心の底から思っていた。