ワイが若だんな!?
文字数 2,529文字
「ほーん、あれが神楽か。うまいもんやな。」
神社の神楽殿で舞う地元の小学生を見て、立売誠ことウリ坊は呟いた。
静岡の花の湯温泉にある、『春の屋』。
そこの孫のウリ坊は、長めの連休のたびに父さんと母さんの三人で東京から遊びに来ている。
この山のふもとの小さな街は、父さんと母さんの生まれ育ったところ。いくつも温泉旅館があって、春の屋旅館もそのひとつ。
五部屋しか客室がない小さな旅館だけど、ウリ坊は春の屋旅館が好きだ。
花の湯温泉街で一番の料理人とおじいちゃんが言っているエツコさんの料理は、ウマイしキレイだし季節に合った工夫がしてあるしで、いつも大満足。
キレイに手入れされた庭を見ながら入る朝の露天風呂は最高に気持ちがいい。家のマンションの風呂とは全然違う。
この街も好きだ。
白い湯気があちこちから上がっていて、街ぜんぶが蒸したての温泉まんじゅうみたいにあまい香りがして、ほっこりあったかい。
花の湯温泉通りにならんでいる、お菓子屋さんの和スイーツもすごくウマイし、竹細工や和風小物のお店には、粋なものがたくさん置いてある。
「お母さんたちが子供のころは、このお神楽にあこがれたものよ!」
「え、ほんとかー?うそやろ!」
「ほんとうさ。お父さんは今でも、舞ってみたいなあ。」
うれしそうにウリ坊の母さんが言うのに合わせて、父さんもそう言うと、まじめな顔でひと回りし、お神楽の振りをやった。
(もー、父さん!まわりがざわついてるやん!こういうときだけノリええんやから。母さんも笑ってばっかで止めんし。)
今日は梅の香神社のお祭り。神楽殿前には、笛や太鼓に合わせて、鈴をふりながら神楽を舞う子をも見ようとたくさんの人が集まっている。
今もウリ坊と同い年ぐらいの女子が、おそろいの装束で舞っている。
(めっちゃ練習したんやろなあ。)
つい見てしまうのは、山犬のお面と、毛皮のかぶりものを頭につけている女子。
キレイな顔で、動きも優雅、そしてすごく上手!プロか何かか。
地元の人気者みたいで、
「鳥居ちゃーん!」
同い年ぐらいの男子が、大声出して応援している。
(まるでアイドルやな。)
「そもそも、ここの温泉はね、野生の動物たちが湯につかってけがをなおしているのを見たご先祖様が、生活に取り入れたのが始まりなんだよ。」
(出た!母さんお得意の「花の湯温泉の起源」ストーリー!)
お神楽を見ながら母さんは語りだした。花の湯温泉にくるたびにこれを聞かされている。
「花の湯温泉のお湯はだれもこばまない。動物も人間も……。」
「すべてを受け入れて、いやしてくれる……やろ。」
「え?」
「いんや、なんでもない。」
つい続きが口から出て、こっちを見た母さんから視線をそらした。
ゆっくりとした音楽と振りが続く。
長く続くと、だんだんたいくつになってきた。
でも、父さんと母さんは夢中になって、お神楽を見ている。
「そろそろ帰らんと、また渋滞やで!」
「またまた。早く帰りたいだけだろ。」
「ちゃうっ!やめろぉ、やめろぉ。」
母さんに頭をわしわしとされ、ウリ坊は頭を振った。
母さんに髪質が似たのか、ウリ坊の髪は人工芝みたいなツンツン頭だ。
(父さんみたいやったら、みんなの前でお神楽を舞っても、和風な感じで様になったかもなあ。)
東京への帰り道、母さんの運転する車に乗って、そんなことを考えてた。
「お義父さん、いくつだっけ。」
「もう七十さ。」
「旅館のこと、考えなきゃね……」
(後継者問題、ちゅーやつか。)
母さんと父さんの会話を、ぼんやり聞いていた。
すると父さんが、急にウリ坊のほうを向いて言った。
「花の湯温泉のお湯はな、神様からいただいたお湯なんだよ。」
(知っとるわ。もう何十回も聞いとるもん。)
「だから感謝をこめて、毎年選ばれた子どもたちがお神楽をまうんだ。」
(え、あのお神楽ってそんな意味があったんか!)
「やってみたいと思った?お父さん、舞うところを見てみたいな。」
「そうだわ。」
「……て、あれ地元の子が舞うんやろ。また転校せなアカンやん。」
「ハハハ、バレたか。」
(父さん、そんなこと思ってたんか……。イケメンやったら舞ってもはずかしくないかも、なんて思っとったのが見すかされてた……?)
母さんが笑った。父さんも笑った。
ウリ坊はなんとなく気恥ずかしくなって、
「あ、そうだ。今度の誕生日プレゼントはやっぱり紅水晶がいいな。」
むりやり話しをかえた。後部座席からだきつくように身を乗り出す。助手席の父さんのつけているペンダント――紅水晶をねっとりとした視線で見ながら、ヘッドロックをかける。
「またか。男の子が光り物を欲しがるのって珍しいと思うなあ。」
「せやかてお父さんも着けてますやんかあ。胸元で、こう、燃え上がるような?そんな感じがええねん。」
「お、わかってるねえ。」
「この紅水晶からはなんかオーラ感じるねん。ワイの目に狂いはない。ていうわけでちょうだい。」
「うーん……。よし!わかった。」
「マジ?やったぜ。」
粘り勝ちだ。ウリ坊は声を上げた。
母さんが声を上げた。
フロントガラスの向こうから、何か大きなものがすごい速さでこちらに向かって飛んでくるのが、見えた。
(……は?)
トラックがフロントガラスにぶつかりガラスがこなごなにくだけるのが、スローモーションのように見えた。
(はー……。)
映画を見てるみたいだった。
ドオン!と身体の下で何か吹き上がった。
青い空と白い雲が目に入って、外に投げ出されたのだとわかった。
そのとき、何か、見えた。
雲を飲み込んだみたいな感じがして、体がフワッとあったかく、軽くなった。
(浮いてる?宙に?ワイ、なんで……。)
やがて、何か、やわらかいものかがボウンとウリ坊を受け止めた。
スロー再生みたいに、ゆっくりと何かが遠く浮かび上がっていく。
(全部スローだ……まるで走馬灯みたいだ……。)
遠くのほうで、誰かが救急車!とさけんでいるのが聞こえたけど、ウリ坊はそのまま何もわからなくなった。
神社の神楽殿で舞う地元の小学生を見て、立売誠ことウリ坊は呟いた。
静岡の花の湯温泉にある、『春の屋』。
そこの孫のウリ坊は、長めの連休のたびに父さんと母さんの三人で東京から遊びに来ている。
この山のふもとの小さな街は、父さんと母さんの生まれ育ったところ。いくつも温泉旅館があって、春の屋旅館もそのひとつ。
五部屋しか客室がない小さな旅館だけど、ウリ坊は春の屋旅館が好きだ。
花の湯温泉街で一番の料理人とおじいちゃんが言っているエツコさんの料理は、ウマイしキレイだし季節に合った工夫がしてあるしで、いつも大満足。
キレイに手入れされた庭を見ながら入る朝の露天風呂は最高に気持ちがいい。家のマンションの風呂とは全然違う。
この街も好きだ。
白い湯気があちこちから上がっていて、街ぜんぶが蒸したての温泉まんじゅうみたいにあまい香りがして、ほっこりあったかい。
花の湯温泉通りにならんでいる、お菓子屋さんの和スイーツもすごくウマイし、竹細工や和風小物のお店には、粋なものがたくさん置いてある。
「お母さんたちが子供のころは、このお神楽にあこがれたものよ!」
「え、ほんとかー?うそやろ!」
「ほんとうさ。お父さんは今でも、舞ってみたいなあ。」
うれしそうにウリ坊の母さんが言うのに合わせて、父さんもそう言うと、まじめな顔でひと回りし、お神楽の振りをやった。
(もー、父さん!まわりがざわついてるやん!こういうときだけノリええんやから。母さんも笑ってばっかで止めんし。)
今日は梅の香神社のお祭り。神楽殿前には、笛や太鼓に合わせて、鈴をふりながら神楽を舞う子をも見ようとたくさんの人が集まっている。
今もウリ坊と同い年ぐらいの女子が、おそろいの装束で舞っている。
(めっちゃ練習したんやろなあ。)
つい見てしまうのは、山犬のお面と、毛皮のかぶりものを頭につけている女子。
キレイな顔で、動きも優雅、そしてすごく上手!プロか何かか。
地元の人気者みたいで、
「鳥居ちゃーん!」
同い年ぐらいの男子が、大声出して応援している。
(まるでアイドルやな。)
「そもそも、ここの温泉はね、野生の動物たちが湯につかってけがをなおしているのを見たご先祖様が、生活に取り入れたのが始まりなんだよ。」
(出た!母さんお得意の「花の湯温泉の起源」ストーリー!)
お神楽を見ながら母さんは語りだした。花の湯温泉にくるたびにこれを聞かされている。
「花の湯温泉のお湯はだれもこばまない。動物も人間も……。」
「すべてを受け入れて、いやしてくれる……やろ。」
「え?」
「いんや、なんでもない。」
つい続きが口から出て、こっちを見た母さんから視線をそらした。
ゆっくりとした音楽と振りが続く。
長く続くと、だんだんたいくつになってきた。
でも、父さんと母さんは夢中になって、お神楽を見ている。
「そろそろ帰らんと、また渋滞やで!」
「またまた。早く帰りたいだけだろ。」
「ちゃうっ!やめろぉ、やめろぉ。」
母さんに頭をわしわしとされ、ウリ坊は頭を振った。
母さんに髪質が似たのか、ウリ坊の髪は人工芝みたいなツンツン頭だ。
(父さんみたいやったら、みんなの前でお神楽を舞っても、和風な感じで様になったかもなあ。)
東京への帰り道、母さんの運転する車に乗って、そんなことを考えてた。
「お義父さん、いくつだっけ。」
「もう七十さ。」
「旅館のこと、考えなきゃね……」
(後継者問題、ちゅーやつか。)
母さんと父さんの会話を、ぼんやり聞いていた。
すると父さんが、急にウリ坊のほうを向いて言った。
「花の湯温泉のお湯はな、神様からいただいたお湯なんだよ。」
(知っとるわ。もう何十回も聞いとるもん。)
「だから感謝をこめて、毎年選ばれた子どもたちがお神楽をまうんだ。」
(え、あのお神楽ってそんな意味があったんか!)
「やってみたいと思った?お父さん、舞うところを見てみたいな。」
「そうだわ。」
「……て、あれ地元の子が舞うんやろ。また転校せなアカンやん。」
「ハハハ、バレたか。」
(父さん、そんなこと思ってたんか……。イケメンやったら舞ってもはずかしくないかも、なんて思っとったのが見すかされてた……?)
母さんが笑った。父さんも笑った。
ウリ坊はなんとなく気恥ずかしくなって、
「あ、そうだ。今度の誕生日プレゼントはやっぱり紅水晶がいいな。」
むりやり話しをかえた。後部座席からだきつくように身を乗り出す。助手席の父さんのつけているペンダント――紅水晶をねっとりとした視線で見ながら、ヘッドロックをかける。
「またか。男の子が光り物を欲しがるのって珍しいと思うなあ。」
「せやかてお父さんも着けてますやんかあ。胸元で、こう、燃え上がるような?そんな感じがええねん。」
「お、わかってるねえ。」
「この紅水晶からはなんかオーラ感じるねん。ワイの目に狂いはない。ていうわけでちょうだい。」
「うーん……。よし!わかった。」
「マジ?やったぜ。」
粘り勝ちだ。ウリ坊は声を上げた。
母さんが声を上げた。
フロントガラスの向こうから、何か大きなものがすごい速さでこちらに向かって飛んでくるのが、見えた。
(……は?)
トラックがフロントガラスにぶつかりガラスがこなごなにくだけるのが、スローモーションのように見えた。
(はー……。)
映画を見てるみたいだった。
ドオン!と身体の下で何か吹き上がった。
青い空と白い雲が目に入って、外に投げ出されたのだとわかった。
そのとき、何か、見えた。
雲を飲み込んだみたいな感じがして、体がフワッとあったかく、軽くなった。
(浮いてる?宙に?ワイ、なんで……。)
やがて、何か、やわらかいものかがボウンとウリ坊を受け止めた。
スロー再生みたいに、ゆっくりと何かが遠く浮かび上がっていく。
(全部スローだ……まるで走馬灯みたいだ……。)
遠くのほうで、誰かが救急車!とさけんでいるのが聞こえたけど、ウリ坊はそのまま何もわからなくなった。