第2話 霊に魅入られて
文字数 1,425文字
綾音は学校を終えると駅に行く毎日が続いた。
あの日以来、綾音は暇さえあれば翔一のピアノを聴きに行った。
彼のピアノは本当に素晴らしいものだと思った。
その演奏は聞く者の心を癒してくれる。
彼のピアノを聴くたびに綾音の心が満たされていく。
だから綾音は彼の演奏を聴きたくて、彼の後を追いかけるようになった。
最初は偶然だった。
しかし、今では彼の演奏を楽しみにしている自分がいる。
彼の演奏を聴けば、自分も頑張ろうと思える。
彼の演奏を聴かなければ、綾音はピアノを弾くことを諦めてしまいそうになる。それほどまでに彼の演奏は素晴らしいものなのだ。
綾音にとって翔一の存在はなくてはならないものとなった。
そんな、ある日のこと。
綾音は、あれだけの演奏ができる翔一がどうしてストリートピアノで演奏しているのかと思った。綾音が感じる限りプロと遜色のない演奏が出来るのに、彼はそれをしない。
疑問が大きくなると綾音はスマホで工藤翔一のことを調べると、彼がとあるコンクールで入賞した経歴があることを知った。
なのに彼は、それ以降に演奏をしている記録が見当たらない。
彼のことを調べていくと、綾音は驚くべきことを目にする。
それは、翔一が5年も前に事故で亡くなっているという事実だった。
「じゃあ。私が会っている翔一さんは……」
今になって冷静に考えてみると、翔一の演奏している時には綾音以外の人間が居なかった。
いつもそうだ。
彼は1人で演奏している。
綾音以外に観客はいない。
彼は誰に聴かせるわけでも無く、綾音の為に演奏してくれているのだ。
「私以外に、見えても聞こえてもいないんだ」
綾音は、翔一の幽霊に魅入られてしまったのだと理解した。
耳なし芳一のように。
【耳なし芳一】
古代の日本を舞台とした怪談。
山口県の赤間関(下関の古名)にある阿弥陀寺に芳一という琵琶法師が住んでいた。芳一は平家物語の弾き語りが得意で、特に壇ノ浦の段は「鬼神も涙を流す」と言われるほどの名手であった。
ある夜、住職の留守の時に、突然どこからともなく一人の武者が現われる。芳一はその武者に請われて「高貴なお方」の御殿に琵琶を弾きに行く。盲目の芳一にはよく分からなかったが、そこには多くの貴人が集っているようであった。
壇ノ浦合戦のくだりをと所望され、芳一が演奏を始めると、皆、熱心に聴き入り、芳一の芸の巧みさを誉めた。
住職は、目の見えない芳一が無断で毎夜一人で出かけ、明け方に帰ってくることに気付いて不審に思い、寺男たちに後を着けさせた。
すると、大雨の中、芳一は一人、誰もいない平家一門の墓地の中におり、平家が推戴していた安徳天皇の墓前で、恐ろしいほど無数の鬼火に囲まれて琵琶を弾き語っていた。
このままでは芳一の命が危ないと知った住職が、彼を守るために身体中にお経を書く。 ところがこの時、耳にだけお経を書き忘れてしまったせいで、芳一は耳を怨霊に引きちぎられてしまうことになる。
住職は、平家の怨霊が芳一の琵琶を聴くことだけでは満足せず、このままでは芳一が平家の怨霊に殺されてしまうと案じた。霊に魅入られた者は、生者をあの世へと引きずり込むのだ。
でも、不思議と怖いとは思わなかった。
むしろ、彼と出逢えたことが幸運のようにも感じられた。
綾音は翔一を追いかけるのを止めなかった。
彼が生者でないと理解しても、例え彼に触れられなくても、翔一の傍に居るだけで幸せを感じていた。
あの日以来、綾音は暇さえあれば翔一のピアノを聴きに行った。
彼のピアノは本当に素晴らしいものだと思った。
その演奏は聞く者の心を癒してくれる。
彼のピアノを聴くたびに綾音の心が満たされていく。
だから綾音は彼の演奏を聴きたくて、彼の後を追いかけるようになった。
最初は偶然だった。
しかし、今では彼の演奏を楽しみにしている自分がいる。
彼の演奏を聴けば、自分も頑張ろうと思える。
彼の演奏を聴かなければ、綾音はピアノを弾くことを諦めてしまいそうになる。それほどまでに彼の演奏は素晴らしいものなのだ。
綾音にとって翔一の存在はなくてはならないものとなった。
そんな、ある日のこと。
綾音は、あれだけの演奏ができる翔一がどうしてストリートピアノで演奏しているのかと思った。綾音が感じる限りプロと遜色のない演奏が出来るのに、彼はそれをしない。
疑問が大きくなると綾音はスマホで工藤翔一のことを調べると、彼がとあるコンクールで入賞した経歴があることを知った。
なのに彼は、それ以降に演奏をしている記録が見当たらない。
彼のことを調べていくと、綾音は驚くべきことを目にする。
それは、翔一が5年も前に事故で亡くなっているという事実だった。
「じゃあ。私が会っている翔一さんは……」
今になって冷静に考えてみると、翔一の演奏している時には綾音以外の人間が居なかった。
いつもそうだ。
彼は1人で演奏している。
綾音以外に観客はいない。
彼は誰に聴かせるわけでも無く、綾音の為に演奏してくれているのだ。
「私以外に、見えても聞こえてもいないんだ」
綾音は、翔一の幽霊に魅入られてしまったのだと理解した。
耳なし芳一のように。
【耳なし芳一】
古代の日本を舞台とした怪談。
山口県の赤間関(下関の古名)にある阿弥陀寺に芳一という琵琶法師が住んでいた。芳一は平家物語の弾き語りが得意で、特に壇ノ浦の段は「鬼神も涙を流す」と言われるほどの名手であった。
ある夜、住職の留守の時に、突然どこからともなく一人の武者が現われる。芳一はその武者に請われて「高貴なお方」の御殿に琵琶を弾きに行く。盲目の芳一にはよく分からなかったが、そこには多くの貴人が集っているようであった。
壇ノ浦合戦のくだりをと所望され、芳一が演奏を始めると、皆、熱心に聴き入り、芳一の芸の巧みさを誉めた。
住職は、目の見えない芳一が無断で毎夜一人で出かけ、明け方に帰ってくることに気付いて不審に思い、寺男たちに後を着けさせた。
すると、大雨の中、芳一は一人、誰もいない平家一門の墓地の中におり、平家が推戴していた安徳天皇の墓前で、恐ろしいほど無数の鬼火に囲まれて琵琶を弾き語っていた。
このままでは芳一の命が危ないと知った住職が、彼を守るために身体中にお経を書く。 ところがこの時、耳にだけお経を書き忘れてしまったせいで、芳一は耳を怨霊に引きちぎられてしまうことになる。
住職は、平家の怨霊が芳一の琵琶を聴くことだけでは満足せず、このままでは芳一が平家の怨霊に殺されてしまうと案じた。霊に魅入られた者は、生者をあの世へと引きずり込むのだ。
でも、不思議と怖いとは思わなかった。
むしろ、彼と出逢えたことが幸運のようにも感じられた。
綾音は翔一を追いかけるのを止めなかった。
彼が生者でないと理解しても、例え彼に触れられなくても、翔一の傍に居るだけで幸せを感じていた。