真相

文字数 2,235文字

悪魔学(デモノロジー)を研究している私は、
物好きが(こう)じて止まらず、
とうとう一番簡単そうな召喚(しょうかん)の儀式を行ってみたら、
本当に悪魔が出てきてしまった。

魔王プルソンは近頃の流行に合わせてか(笑)、
可愛いライオンのようなケモ耳をつけ、
天使のように白い翼と衣装が美しい、
ボーイッシュな女の子の姿をしていた。




しかし彼女はやっぱり悪魔らしく、
私が口を開く前から、心の内を読んで答えた。
『ほほう……なぜ悪魔には物事の過去・現在・
未来を教える者が多いのか、ですって?』

自分で呼び出しておいて言うのも何だが、
いきなり機先(きせん)を制された私は言葉に詰まり、
『え? いや、あの……はい』と、
間の抜けた返答しかできなかった。

すると彼女はすぐに、こう答えた。
『知性、すなわち知的生命活動能力っていうのは、
過去の出来事(できごと)から〝ああいう時はああなる、
こうすればこうできる〟という因果法則を発見し、
現在(いま)ある物事に働きかけることで、
未来の生存に役立つ結果を得る能力だからよ。 
知性による人類の発展こそが神の御心(みこころ)であり、
私達、悪役を演じる天使の真の使命でもあるのです』




驚き恐れた私はそれでも何とか、
動揺のあまり回らぬ舌で、聞き返そうとした。
『あ、悪役を演じる……? それは初耳です。
でも、だとすると、どうして……』

彼女はまたもや、先回りをして答えた。
『どうしてわざわざ悪魔に教えさせるなんて、
ひねくれた方法をとるのか、ということね?
……知性や人間性というものには、
もしまだ知らない事情があったら?とか、
(おそ)わった通りじゃなかったら?とか、
あれもしたいがこれもしたい!
決めごとに従うだけじゃつまらない!といった、
限りない想像力と欲求がつきものでしょう?
そもそも知恵ある生き物は、好奇心旺盛(おうせい)で、
天邪鬼(あまのじゃく)なものだからですよ!』




『現にこうして、知識を得るだけのために、
危険を冒してまで魔王を呼び出そうとする、
貴方のような人もいる。
これこそまさに、その証拠ではなくて?』
『ああ、ジャガイモの話……』

『そう! よく御存知ね。 昔、ある王様が
ジャガイモ栽培を普及しようとしたんだけど、
国民は馴染(なじ)みがないので嫌がった。
でも、わざとこっそり王宮の庭で育てていたら、
いつの間にか広まっていた……それと同じね』

私は何とか、口をはさんだ。
『すると、もしかしてエデンの園も……』




『よくできました、まさにその通り!
実は人間には、元から知恵が備わっていた。
私達が厳しい〝楽園追放〟の物語を広めたのも、
人類が自らの努力と責任でその知恵を活かし、
健全に文明を発展させていけるよう、
助けるための親心だったのよ。
言うなれば……獅子の子落とし、というやつね』
ライオンの耳をつけた悪魔はそこでにやりと
得意げに、会心(かいしん)の笑みを浮かべた。




『知性によって自然がどうなっているかを知り、
働きかける技術が進むと、経済・社会生活が豊かになる。
しかし一方、生活が豊かになると人々の欲求も
多様化して、色々な利害が衝突するようになる。
すると、何が必要になるでしょう?』
『えっ? う~ん、利害……の、調整?』

『そう! 富を生み出す技術は善悪両用に使えるから、
悪用・誤用や副作用を防ぎつつ導入しないといけない。
得られた富を生産投資や互助活動に配分したり、
それを行う人間自身を向上・活用するのも大事。
そのために、何が社会にとって善いか悪いかを判断し、
自分達がどうすべきかを決めていくことも必要になる』




『皆がどうするべきかを決める……政策?』
『大当たり! 〝技術なくして文明発展なく、
政策なくして健全発展なし〟ってこと!
今ある技術のもとでの紛争予防・解決だけでなく、
その限界を越える新技術の導入も含めた、利害調整ね。
これこそが〝知恵の実を食べると神に近づき、
善悪を知る〟という神の御言葉(みことば)の真意であり、
文明発展の基礎知識なのです』

『〝知性は罪だ〟と(いまし)める教えは、
要するに〝頭の使い道には気をつけなさい〟
〝技術を正しく活かす政策も不可欠です〟
という意味なのよ!』
そう語る彼女の瞳は微笑みながらも、
私をひたと見据(みす)えていた。




『は、はあ……なるほど』
一度に色々と考えさせる話を聞いた私は、
何とかそれをまとめて覚えようと、
頭がいっぱいになった。

『今回は、悪意を持つ人じゃなくてよかった。
力の悪用が大きいほど、代償も高くつきます。
貴方は本当に、命拾いをしましたね……』
彼女はそこで突然、というかようやく、
悪魔らしい凶悪そうな笑みを浮かべて、
私の背筋を冷やし、現実に引き戻した。




『……それでは貴方の未来に、
神の御加護(ごかご)があらんことを!』
しかし、次の瞬間には明るい笑顔に戻り、
魔王から聞くとは予想もしなかった言葉を
言い終えるとすぐ、彼女は消えた。

……私は夢でも見ているのか!?
あまりにも突然の展開に呆然(ぼうぜん)とした私は、
その後しばらく考え込んでしまった。
ずいぶん論理的で科学的な奴だったが、
そもそも神や悪魔や天使とは、
いったい何だったのだろう?
大昔から人類の文明化を見守る異星種族がいる、
などという〝古代の宇宙人〟説も思い出かんだ。




……まあ、召喚術も略式だったし、
彼女達が何者であれ、
まだ言えないこともあるのかもしれない。
とりあえず存在だけは確認できたし、
その呼び出しには危険も伴うのだとすると、
しばらくは資料分析に専念した方がいいだろう。

この次に、どうしても知りたいことが
できるまでは……ね。




プルソン:
ソロモン王が使役した、72大悪魔の中の一柱(ひとはしら)
過去・現在・未来について語り、
地上の秘密や隠し財宝、天界の事柄を教える能力がある。
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