六日目 ひとり
文字数 1,632文字
病室には爺さんの静かな寝息が一定の間隔で聞こえていた。寝言とか、いびきとか、うるさそうな性格してんのに寝てる時は案外大人しい。
ずっと真っ暗だから、俺の時間感覚は定期的に狂う。今も昼なのか、夜なのか全く分からなかった。
なんだか素直に寝れる気もしなくて、ひとり、目を閉じて考え事をしていた。
脳裏に浮かぶのは母さんの事だった。
母さんは頭が硬い人だ。
将来医者になる事が人間にとって一番の幸せだと思ってる。
だから息子の将来も勝手に、医者になる事だと決めている。
勉強をする事や塾に行く事を強要して、それ以外の邪魔となりうる物を一切排除しようとする。
母さんはいつも、俺の夢を、画家になるという事を「遊び」だと言った。
『そんな事してないで、勉強しなさい』それが母さんの口癖みたいだった。
何がその人にとっての一番の幸せなのか、本人以外が分かるはずもない。そんなの当たり前のはずなのに、母さんは、俺の幸せは医者になる事だけだと言った。
安定した収入に、人を助ける実感。それと、身内に医者がいると、みんな嬉しいとか、安心だとか思うらしい。
そんなの知るかよ。
俺には俺の人生があって、決める権利も俺にあるはずなんだ。
コウスケが羨ましいと、いつも思ってた。アイツの家は花屋で、コウスケは一人息子だから、いつかは継がないといけないはずだった。
でも、あいつには全く違う夢がある。
コウスケはパイロットになりたいらしい。一度、家族旅行で飛行機に乗った時、空に心を奪われてしまったと言っていた。
そして、コウスケの両親は二つ返事で、あいつの夢を応援することを選んだ。
俺の親とは違う。
俺が事故に遭って、ペンが握れなくなって、目も見えなくなった時。母さんが最初に言った言葉は「命があっただけ、良かった」だった。
ふざけるなと思った。
絵を描くことだけが俺の人生にとっての幸せだったのに。それだけ奪われて。
母さんからしたら、息子の馬鹿げた夢を自分の手で止める事もなく、やむを得ず俺が諦めないといけない状況になったから。
内心ほっとしてたんだろ?
自分の手を汚す必要がなくなったから、嬉しかったんだろ?
こんなんじゃ、いっそ死んだほうがマシだった。
そうやってケンカをしたのが、爺さんと初めて出会ったあの日の事だった。
母さんは、俺の言葉を一つも分かってくれなかった。いや、理解しようとも思ってなかったんだ。
俺が絵の事を話に出すと、母さんは
「これはこれ、それはそれ。ひとまず元気になってから、ゆっくり考えていけばいいじゃない」
と話を止めさせるみたいに言い捨てた。
いつも聞く言葉のひとつだった。
俺は、母さんに失望した。それで、気がついたら怒鳴ってた。
なあ、アンタは変わることもなく、これからずっと先もそう言っていくのか?
きっと、立ち上がれるぐらい元気になっても「今はリハビリに専念して、落ち着いてからゆっくり考えていけばいいじゃない」って言うんだ。退院した後は「日常生活に馴れて一人で生きていけるようになってから、将来の事を考えた方がいいんじゃないかしら」とでも言うのか。
今許してしまったら、本当に永遠に続くんだと直感的に思った。だから俺は、声を荒げて言い返した。
母さんは自分の事を何も悪いと思ってないから、自身の正当性を曲げる様子も無かった。
挙げ句の果てには
「ねぇ、雨太郎。目が見えなくたって医者になった人は沢山いるの。でも、盲目になった人が絵を描けると、本当に思ってるの?」
ふざけるな。何も知らないくせに。分かり合おうともしないで。クソが。
父さんは俺の気持ちが分かってるみたいだった。でも、何も言わなかった。
病室には、爺さんの寝息だけが響いている。
今が、真夜中だったらいいなと思った。
長いこと思いを巡らせていて、疲れてしまったのかもしれない。爺さんの寝息を聞いているうちに、ゆっくりとベットに沈んでいく感覚がした。
俺は静かに眠りへ落ちた。
ずっと真っ暗だから、俺の時間感覚は定期的に狂う。今も昼なのか、夜なのか全く分からなかった。
なんだか素直に寝れる気もしなくて、ひとり、目を閉じて考え事をしていた。
脳裏に浮かぶのは母さんの事だった。
母さんは頭が硬い人だ。
将来医者になる事が人間にとって一番の幸せだと思ってる。
だから息子の将来も勝手に、医者になる事だと決めている。
勉強をする事や塾に行く事を強要して、それ以外の邪魔となりうる物を一切排除しようとする。
母さんはいつも、俺の夢を、画家になるという事を「遊び」だと言った。
『そんな事してないで、勉強しなさい』それが母さんの口癖みたいだった。
何がその人にとっての一番の幸せなのか、本人以外が分かるはずもない。そんなの当たり前のはずなのに、母さんは、俺の幸せは医者になる事だけだと言った。
安定した収入に、人を助ける実感。それと、身内に医者がいると、みんな嬉しいとか、安心だとか思うらしい。
そんなの知るかよ。
俺には俺の人生があって、決める権利も俺にあるはずなんだ。
コウスケが羨ましいと、いつも思ってた。アイツの家は花屋で、コウスケは一人息子だから、いつかは継がないといけないはずだった。
でも、あいつには全く違う夢がある。
コウスケはパイロットになりたいらしい。一度、家族旅行で飛行機に乗った時、空に心を奪われてしまったと言っていた。
そして、コウスケの両親は二つ返事で、あいつの夢を応援することを選んだ。
俺の親とは違う。
俺が事故に遭って、ペンが握れなくなって、目も見えなくなった時。母さんが最初に言った言葉は「命があっただけ、良かった」だった。
ふざけるなと思った。
絵を描くことだけが俺の人生にとっての幸せだったのに。それだけ奪われて。
母さんからしたら、息子の馬鹿げた夢を自分の手で止める事もなく、やむを得ず俺が諦めないといけない状況になったから。
内心ほっとしてたんだろ?
自分の手を汚す必要がなくなったから、嬉しかったんだろ?
こんなんじゃ、いっそ死んだほうがマシだった。
そうやってケンカをしたのが、爺さんと初めて出会ったあの日の事だった。
母さんは、俺の言葉を一つも分かってくれなかった。いや、理解しようとも思ってなかったんだ。
俺が絵の事を話に出すと、母さんは
「これはこれ、それはそれ。ひとまず元気になってから、ゆっくり考えていけばいいじゃない」
と話を止めさせるみたいに言い捨てた。
いつも聞く言葉のひとつだった。
俺は、母さんに失望した。それで、気がついたら怒鳴ってた。
なあ、アンタは変わることもなく、これからずっと先もそう言っていくのか?
きっと、立ち上がれるぐらい元気になっても「今はリハビリに専念して、落ち着いてからゆっくり考えていけばいいじゃない」って言うんだ。退院した後は「日常生活に馴れて一人で生きていけるようになってから、将来の事を考えた方がいいんじゃないかしら」とでも言うのか。
今許してしまったら、本当に永遠に続くんだと直感的に思った。だから俺は、声を荒げて言い返した。
母さんは自分の事を何も悪いと思ってないから、自身の正当性を曲げる様子も無かった。
挙げ句の果てには
「ねぇ、雨太郎。目が見えなくたって医者になった人は沢山いるの。でも、盲目になった人が絵を描けると、本当に思ってるの?」
ふざけるな。何も知らないくせに。分かり合おうともしないで。クソが。
父さんは俺の気持ちが分かってるみたいだった。でも、何も言わなかった。
病室には、爺さんの寝息だけが響いている。
今が、真夜中だったらいいなと思った。
長いこと思いを巡らせていて、疲れてしまったのかもしれない。爺さんの寝息を聞いているうちに、ゆっくりとベットに沈んでいく感覚がした。
俺は静かに眠りへ落ちた。