第1話 2回目の成人式目前、この先不安なシングル女子

文字数 7,454文字

「はぁ~っ」
ひとみは大きくため息をついた。

5時の就業チャイムが鳴ったのと同時にパソコンの電源を切り、机に書類をしまって鍵をかける。
いつもと同じ一日が終わった。まだあと2時間は残業するであろう社員さんに挨拶をして5時10分発の電車に乗るために足早にエレベータホールへ向かった。

特に急ぐ用事はない。
でも、のんびりかたずけをしていて電話でも入ったら面倒だし、残業代は30分単位だから働き損になってしまう。以前に5時26分まで仕事をしたが当然残業は付けられなかった。次の日も10分残業したから合わせ技にしてもらいたかったけど・・・。

派遣スタッフとして働くのは悪くはない。今の職場は基本的に残業がないから9時-5時で、まさにアフターファイブは自由な時間がたっぷりある。仕事も決して難しい仕事ではないし、所詮スタッフなので最終的には社員さんに指示を仰げばいい。何より人間関係での悩みが無いのだ。友達に「辞めた~い」と言っても、人間関係がいいなら絶対に辞めない方がいいと言われた。確かに。社員さんは忙しそうで聞きたいことがあっても声をかけるのに気を遣うけど、それでもスタッフに仕事を押し付けたりしないし、スタッフとのミーティングも設けてくれて要望にも一応耳を傾けてくれる。同じ課のスタッフ同士も、多少は個性があるけれど(いや、かなり個性はあるけれど)、それなりに仲良くおつきあいしている。全く不満がないとは言えないが、それは贅沢なのだろうというのはなんとなく分かっているつもりだ。

しかし!

金子ひとみ、ただ今39歳、独身一人暮らし。

先日誕生日が来て、あと1年後には2回目の成人式を迎えることになる。
政治のこととかよく分からないけど、年金はどんどん減らされるだとか、老後に必要なお金がいくらだとか、そもそも今までとは全く違う世の中になっていくとかいうのを何かで読んだ。私がやっている仕事なんかあっという間にAIに取って代わられそうだし、派遣の時給は上がらないだろうし、老後のことを考えると不安しかない。

「はぁ~っ」

電車の吊革につかまってぼんやり外を眺めながら、また深いため息が出てしまった。昔、会社の後輩が「ため息をつくと幸せが逃げて行ってしまうんですってよ」ってニコニコしながら言ってたけど、どうすりゃいいのよ、あたしはこれから。

とはいえ一応、私も考えてはいる。ビーズアクセサリーだ。

昔からアクセサリーが大好きだった。正社員で働いていた頃はボーナスが出るたびにジュエリーショップがセールになるのを待って買いに行ったなぁ。当時は指輪はもちろん、ブレスレットもいくつも買ったりして服に合わせて付け替えていた。あの時のジュエリー代を貯金に回していたら・・・、×××。そんなことを今さら考えたってどうしようもないことは分かっているのに、つい自分の浪費癖を呪ってしまう。

いや、何を考えているかと言うと、本物のジュエリーは簡単には作れないし、そうは売れないからビーズアクセサリーで一旗揚げようとコツコツちまちま作っている。一旗揚げるとは、いずれそちらの収入で生活していきたい、アクセサリー教室を開きたい、最終的な夢はアクセサリー事業で女性実業家になりたいと思っている。
実業家?よく分かってないけど、要するにお金持ちだ。今はとりあえずネットのハンドメイドサイト「クリーム」で売ったり、今週末は地元の「ハンドメイド・マルシェ」でワンブース借りて、初めての対面販売をする予定だ。

ビーズと言ってもメインはスワロフスキークリスタルを使っている。キラキラが好きなのでやっぱりスワロはいい。ハンドメイド・マルシェに向けて、商品の作成に追い込みをかけなければ。早く帰って一つでも多く作ろう。

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私も昔はモテたのになぁ

そんなことを考えながらスワロフスキーのピアスを作っていた。
夕飯は帰り道にあるスーパーで30円引きになっていた唐揚げを買ってきてしまった。節約のために自炊を心がけてはいるが、値引きしてあるとつい「お得だからいっか」と誘惑に負けてお惣菜を買ってしまう。3日前に炊いて冷凍にしてあったご飯を解凍して、レタスとミニトマトを唐揚げに添えて早々に済ませてしまった。

そう、これでも昔はモテたのだ。結婚したいと言ってくれた人も複数いる。けど、どの人ともタイミングが合わなかった。横やりが入って私も彼も一歩踏み出せなかった、あの彼のことは本当に好きだったな。
あの時はまだ若かったから恋愛経験もほとんどなかった。私も彼も相思相愛だったはずなのに、彼のことを好きだとあちこちで言って回っている子がいたせいで、お互いに気持ちを打ち明けられなかった。はっきりと「好き」とか「つき合おう」とか言えなかったのは、友達グループの中で気まずくなるのがイヤだったのだ。彼と付き合っていたら、きっとそのまま結婚して、今頃は子どもが中学生くらいになっていたかもしれない。

資産家の長男クンは悪い人ではないけど結婚までふんぎれなかった。
つき合い始めてすぐに彼のご両親にも紹介された。ご両親にも気に入られたらしい、そのあと間もなく結婚をにおわす話をされたから。でも、心がときめかなかった。じゃあなんでつきあったのよ、とツッコミを入れられそうだが、とにかく悪い人ではなさそうだったからとりあえず付き合ってみただけだったのだ。今頃彼と結婚していたら左うちわってやつだったかしら?少なくともお金の心配をすることなく、毎年海外旅行に行ったりして、今頃はセレブな生活をしていたかもしれない。

気が弱いあの彼と結婚していたらかかあ天下になっていたかも、うふふふ。真面目で私のことをとっても好きになってくれて、彼だったら何でも私のやりたいようにさせてくれたかもね。でも、結婚したら口うるさそうなママとスープの冷めない距離に住むのが条件だったから、やっぱ無理かな。

あの時に無理しても結婚していれば今頃は・・・と、考えても仕方のない後悔が頭の中をグルグル迷走していた。

なんだか、昔に戻りたい的な思考になることが最近多い。だれだって一度や二度はそんな風に思うよね。「たられば」ってやつだ。あの時ああしていたら・・・、あそこでこうしていれば・・・。

「はぁ~っ」

今日何回目かのため息をついて完成したピアスをじっと見つめた。
「クリーム」からの注文はたまにしか入らない。ジャンジャン売れて副収入ががっぽがっぽ、というのは甘い考えだったのだろうか?それとも私のセンスがないのか、いや、そんなことはない(と思う)。そもそもハンドメイドでアクセサリーを売っている人は星の数ほどいるし、中でもビーズアクセサリーは結構競争率が高い分野だ。週末のマルシェの出店一覧を見てもアクセサリー&雑貨というお店が、要するにライバル店が9つもあった。「主催者もその辺考えて出店受付してよ」な~んて考えてしまう。

ハッ!

そうそう、これもいけないんだ。何かとつい、ネガティブな発想になってしまう悪いクセ。
いつからかなぁ?自分に自信がなくなって、ネガティブな思考になってしまうようになったのは。むかし「ネクラ」というのが流行った(?)けど、自分はそれではないかと思いつつ、友達にネクラがバレないように無理している自分がいた。今は「ネガティブ」という言い方をするようになってホントに良かったと思う。同じ「ネ」始まりの言葉でも、かなり印象が違うもんね。

ネガティブなことを考えるのはやめようと思って、マルシェのことに頭を戻した。
週末のハンドメイド・マルシェは出展料だけで1万円、その他にも展示するためのテーブルや照明、アクセサリーを飾る棚など、運べないものは全てレンタルしたので2万円以上払っている。それ以外に自分で準備したもの、商品を入れる袋やシール、細かいものまで合わせたら経費だけで3万円近くかかっている。それにプラス私の「人件費」。とにかく赤字にだけはならないようにしなくちゃ。頑張っていっぱい売るぞ~・・・、と一瞬は奮い立ったのだけど、ホントに元が取れるのだろうか?思い切ってマルシェ出店を申し込んでみたものの、なんだか自信がなくなってきた。

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なんとかお店としてカッコがつく程度にアクセサリーを作ることができた。昨日は2時間しか寝ていない、ていうか空がぼんやり明るくなってきた頃にウトウトしただけだ。こんな状態で今日一日立ちっぱなしでニコニコ笑顔を絶やさずお客さんを相手にするなんて、四十前の私には結構キツイ。

回りは若い子が多いな、元気に声を張り上げてお客さんを呼び込んでいる。ん~、ちょっとそこまで勇気がないな。営業事務の仕事はやってきたからお客様の対応はできるけど、販売の仕事は一度もやったことないから呼び込みみたいなのは抵抗がある。しかも半分オバサンに足を突っ込んでいるような私が、若い子と張り合うように客引きしても返ってイタイよね。とかなんとか考えていると、お客さんがお店の前で立ち止まってくれた。立ち止まって見てくれる人はボチボチいるけど買ってくれるまではなかなかいかない。ああ、やっぱり、少し覗き込んで行ってしまった。

何がいけないんだろう?やっぱり若くて可愛い子が売っている方がオシャレでセンスの良いアクセサリーに見えてしまうのだろうか。あれ?これって被害妄想?とにかく、人だかりが出来るようなことはなく、淡々と時が過ぎていく感じ。ちょいちょいは売れてるけど、あくまで「ちょいちょい」のレベル。経費分くらいは売れてくれないとマジでしんどいんだけどなぁ。

ヒマを持て余してマルシェ会場の広場を見回していたら、隅っこの方で占いをやっているのに気付いた。マルシェにはたくさんの人が来ているのに、その占い師に見てもらっている人はいない。まあ、私も今ヒマだけどね。女子はたいてい占いが好きだと思う。というか、ひとみは占いが大好きだ。朝のワイドショーの占いは必ずチェックして、今日のラッキーカラーに合わせてハンカチを選んでいるくらいだ。正確に言うと占いが好きと言うよりは「開運したい」ということなのだけど。

昨今の「開運」ブームでパワースポットや神社仏閣巡り、開運グッズや新月の願い事など、巷には開運に関する情報が溢れいてるけれど、結構、かなり、ほとんど、ひとみは試してみている。最近知った、お財布を「家に帰ったらバッグから出して専用のベッドに寝かせて金運アップ!」というのをやるべきか悩んでいる。自分のベッドマットも最近寝心地が悪くなってきてそろそろ買い換えたいのを我慢しているのに、お財布専用ベッドって・・・。でもそれで金運がアップすればベッドを買い換えられるのかしらん?などと、頭の中がグルグルしていた。

「いらっしゃいませ~(笑顔)」
いかん、いかん、余計なことを考えないで、今はマルシェに集中しなければ。

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なんとかマルシェの売り上げは赤字にならずに済んだ。でも自分の人件費は派遣の一日分のお給料とはほど遠いから、果たしてこのイベント販売は成功したと言っていいのか「ビミョー」と思いながら帰ろうとしていると、さっきの占い師が目に飛び込んできた。「このままビーズアクセサリーを販売していて夢は叶うのか占ってもらおっかな・・・」と、黒いパーカーのフードをかぶっていて、顔がはっきり見えない占い師の前に立った。

10分/千円

「へぇ~、安いかも」
ビーズアクセサリーのことだけじゃなく、結婚のことも聞きたいな。いやいや、派遣で働くのを辞めて正社員の道を模索した方がいいのか、正社員になるなら、かろうじて30代の今が年齢的にギリギリかもしれない。地道にそっちを目指すのがいいのか・・・。聞きたいことがあとからあとから浮かんでくる。

「お願いできますか・・・?」

占い師の顔を覗き込むようにして声をかけると「どうぞ」とぶっきらぼうな返事が返ってきた。「あれ?やめといた方が良かったかな・・・」と一瞬、後悔の念が頭をよぎりつつ、椅子に座った。
「こういうのって、まずは名前と生年月日を聞かれるんだよね」と思っていると、ゆっくりと顔を上げて、黒いフードで隠れていた占い師の顔が見えた。

(お、けっこうイケメン)と思っていると、イケメン占い師はひとみの顔をジッと見つめてからゆっくりと口を開いた。

「冷蔵庫の中をキレイにして、それから部屋の床には物を置かない」

「え?!」
何を言っているのか、突然のことで頭が回らなかった。

「冷蔵庫の中をキレイにして、それから部屋の床には物を置かない」

同じことをまた言われた。

「あ、あの、私はビーズアクセサリーで独立して、それで食べていきたいと思っているんですけど、その夢は叶いますかね?もしくは素敵な男性と巡り合って結婚できるならビーズアクセサリーで独立しなくてもいいんですけど、どうでしょう? それとも派遣社員じゃなくて正社員の道を目指した方が無難かな?と思ったりもするんですよね。今、ギリギリ30代なので正社員になるなら結構タイムリミットだと思うんです。かと言って特に資格や特技はないんですけどぉ・・・」

聞かれてもいないのに思わず占って欲しいことを自分から話してしまった。ましてや言わなくてもいいことまでペラペラしゃべってしまった。

が、イケメン占い師の口から出てきたのは
「だから、冷蔵庫の中をキレイにして、それから部屋の床には物を置かない。まずはいらないものを捨てることからだな。」

?「×△〇※□・・・」

何を言っているんだ、この占い師は?!
内心引きつりながら、もう一度占って欲しいことを伝えようと口を開きかけると

「2分だから200円でいいよ」

?「△※@×□〇・・・」

もう一度ちゃんと話そうかと思ったが、きっと無駄だと思って諦めた。こんなんで、たとえ200円でも払いたくないと腹が立ったが、変な人に絡まれたりしてもコワイからと黙って、しかし若干たたきつけ気味にテーブルに200円を置いて席を立った。

あ~あ、ツイてない。

せっかくのマルシェでは思ったほど売り上げが伸びず、いよいよ自信を喪失しかけていたところに、おかしな占い師におかしなことを言われて不愉快極まりないとプリプリしながら駅へ向かった。そもそも真っ黒のパーカーのフードで顔を隠して、あの見た目の時点でおかしなヤツだと気付けなかった自分にも腹が立った。今思うと、なんとなく謎めいた雰囲気が、実はよく当たる占い師なのかも?という勝手な思い込みのようなものがあった。謎めいた雰囲気は良く言えばだ。単なるうさんくさい怪しいヤツだったとは。

「あ”~疲れた」

家に帰って靴を脱いだ瞬間、目の前の自分の部屋がいつもと違うように見えた。1Kの賃貸マンションは駅から少し離れていることもあって、お家賃が割と安い。まあまあ広い7.5畳の部屋にキッチンとバストイレが別、結構気に入っていた。

しかし!部屋がまあまあ広いと言ってもベッドと収納棚やテーブルを置くと余裕があるとは言えない。クローゼットは洋服でいっぱいなので、バッグや山積みになった雑誌は床に置かれている。ビーズアクセサリーの道具・材料類を入れているボックスに、つい捨てられずに取って置いている可愛い紙袋も床置きだ。いざという時の為に買いだめしてあるカップラーメンなどはスーパーのレジ袋に入ったまま部屋の隅に置かれている。

念のため冷蔵庫を開けてみた。テキトーにグチャグチャっと入れてある。
上の段の奥の方にはだいぶ前に買った乾物や瓶詰が置いてあるのは知っているが見ないことにしている。占い師の顔が浮かんだが振り払って、缶ビールを取り出したら納豆とチョコレートが落ちてきた。
昨日は最後の追い上げで急いでアクセサリー制作に取り掛かったから、スーパーで買ったものをとりあえず冷蔵庫に投げ入れた・・・、もとい、パパッと入れたのだ。
床に落ちた納豆とチョコレートを拾って、少しだけ綺麗に並べて入れて冷蔵庫のドアを閉めた。

カップラーメンと一緒にスーパーの袋に入っているポテトチップを取り出し、ビールを飲みながら今日のマルシェについて一人反省会を始めた。
今日の売り上げ、売れた作品、他の出店者との違いなんかをアレコレ考えるが「これだ!」という決定的な理由が思いつかない。ファッション誌は定期的にチェックしてるし(たいてい立ち読みだけど)、ネットショップの「クリーム」の売れ筋商品を参考にして制作している。お客さんの年齢層も20代から40代くらいが中心で、幅広くいろんな人が来ていたのでそこも問題はないと思う。ディスプレイか?いやいや、他のお店とそんなに大差なかったよなぁ。ま、そういう意味では特に目立ってはいなかったかもしれないけど。やっぱり呼び込みかな?
「いらっしゃいませ~、スワロフスキーを使ったアクセサリーを中心に作ってま~す」
と、次回に向けて(?)声のトーンを高めにして練習してみた。んん~・・・、イマイチ売り上げが伸びなかった理由が思い当たらないまま缶ビールは3本目になっていた。

気付いたら缶ビール片手にうたた寝をしてしまった。時間は23時48分、「こんな時間かぁ、ふわぁ~っ」とあくびをしたらお腹がグーと鳴った。缶ビールとポテトチップは食べたけど、マルシェでもきちんと食事できなかったから今日はほとんど固形物を口にしていない。このまま「ガマン」すれば痩せられるのだろうけど、無理!

お湯を沸かしてカップラーメンをすすり、さっき綺麗に置いたチョコレートを冷蔵庫から取り出してデザート代わりにペロリ。食べる前は覚悟を決めて食べたけど、食べ終わると罪悪感が半端ない。せめてカップラーメンだけにしてチョコレートはやめておけばよかった。なんで私はこう意志が弱いんだろう?もうそろそろ代謝が落ちてきて、少し食事を減らしたくらいでは前日のカロリーオーバーをリカバリーできない歳なのに・・・。

また、ネガティブ・スパイラルにハマっていった。

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登場人物紹介

六連星すばる☆占い師

金子ひとみ☆39歳独身

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