失恋後にご用心
文字数 1,996文字
午後のオフィス。後輩の佐藤がロビーにいる女が、自分の名前を叫んでいると呼びにきた。真美子は現場に急行した。
女の背後には恋人の貢が真っ青の顔で彼女を抑えていた。
「済まない。真美子」
「どういう事?」
「この。泥棒猫!」
女の平手打ちを食らった真美子はまだ何が起きているのかわからなかった。
ここで佐藤が間に入り、貢と女はガードマンが連行して行った。
「何よ、これ?」
「真美子先輩の彼氏の奥さんじゃないっすか?」
「え。独身のはず」
しかし夫を帰せ!と騒いでいる声で真美子はようやく理解した。
会議室。
冷静になった夫婦と真美子の間に上司が入り協議の結果、貢は真美子に独身と偽って交際していたと白状した。
「騙したのね?」
「子供がまだ小さいのに」
「済まない」
「「何が済まないよ!?」」
妻と真美子は雷を落とした。
「貢。じゃ私が出したお金はどうしたの」
「子供が……ピアノを」
「「それに使ったの!?」」
呆れた女二人に彼は小さくなるばかり。真美子の上司はこの日はこれで締めた。
そんな真美子は仕事が溜まっているので戻らねばならなかった。
「パソコンを持ってきたっす」
「ありがとう」
普段気が利かない後輩は、真美子が別室で仕事ができるように支度し退社までいてくれた。そんな真美子は佐藤を連れて居酒屋にやってきた。
そしてビールで乾杯した。
「ぷは!」
「……顔大丈夫っすか。口の中も切ったんですよね」
「アルコールで消毒よ」
時間が経つにつれ真美子は貢に怒りが向いていた。
さらに頬の赤身を写真に撮った真美子は妻から損害賠償を訴えられたら逆に訴えてやると枝豆を食べた。
「独身だと思ってたのよ」
「歳も嘘みたいっす。人は見た目では既婚者がわからないですからね」
そんな佐藤は調べ出した。
「先輩、日曜日のデートは?」
「した事ない。休みたいって言われて」
「カードで支払いは?」
「いつも現金」
「……電話したら出てくれました?」
「いつも折り返し……」
彼の家に行ったことはないし。今にして想えば身なりはアイロンの掛かった服だった。
「はあ。遊ばれたのか、私」
沈んだ彼女に佐藤は酒を勧めた。
「飲みましょう。そして忘れましょう」
「うう。ありがとう……」
こうして飲み明かした真美子は佐藤にマンションまで送ってもらった。彼が帰った夜、一人。だんだん悲しくなった真美子は泣きながら夜を明かした。
翌日の休日。真美子の家に貢が来た。事情を聞くために真美子は家に入れた。
彼は土下座した。
彼は妻と相談し、子供のために離婚はしないと打ち明けた。
「お金はごめん。俺の親に言って、必ず返すから」
「……もう帰って。顔見せないで」
貢は何かいいたそうだったが、黙って帰って行った。
その後。真美子は動き出した。
貢の私物を捨て、部屋を模様替えした。気分を何とか晴らした真美子は月曜日に出社した。
「おはようございます」
「ど、どうも」
修羅場事件を知った同僚達の痛い目線。普通に接してくれたのは佐藤だけ。こんな真美子は上司に呼び出されこれからの話をされた。
「異動ですか」
「ちょうどいい機会だろう」
以前から話のあった部署。早めに異動せよとの決定だった。
真美子は佐藤に仕事を引き継いでもらうためこの週、残業していた。
「悪いわね」
「いえ。仕事ですから」
「佐藤君はさ。彼女がいるんでしょう」
「いますよ」
失恋仕立ての真美子は、なぜその彼女と結婚しないか尋ねた。
「自分は若いし、彼女が運命の人かまだわかんないっす」
「それはいつわかるんだろうね」
「真美子先輩にも現れるっすよ」
優しい佐藤。彼が恋人だったら幸せだろうな、と傷心の真美子は思った。しかし貢と付き合い出したのも失恋後。恋ではなく寂しさだったのか。真美子は振り返っていた。
そんな夜の二人だけのオフィスに彼がやってきた。
「真美子。妻とは別れる。俺ともう一度やり直してくれ」
「貢……」
好きだった彼のやつれた顔。惨めな身なり。しかし、彼は帰る家がある人だった。
「悪いけど。私はもう恋人ができたの。彼よ」
「うっす!」
「真美子?お前」
「優しいのよ。わかったらお金を返して」
すると貢は茶封筒を真美子に投げつけて去って行った。
「真美子先輩……」
「いいのよ。ありがとうね、佐藤君」
床に散らばった結婚資金。これを拾ってくれた広い背の佐藤は自分の気持ちを拾ってくれているような気持ちになった。
「ありがとう。私ね。転勤先で頑張るわ」
「真美子先輩なら何でもできますよ」
「おう!」
芽生えそうになった恋。真美子は蓋をしてオフィスを去った。
秋の街。アースカラーのコートの襟を立てた真美子はもう泣いていなかった。
Fin
女の背後には恋人の貢が真っ青の顔で彼女を抑えていた。
「済まない。真美子」
「どういう事?」
「この。泥棒猫!」
女の平手打ちを食らった真美子はまだ何が起きているのかわからなかった。
ここで佐藤が間に入り、貢と女はガードマンが連行して行った。
「何よ、これ?」
「真美子先輩の彼氏の奥さんじゃないっすか?」
「え。独身のはず」
しかし夫を帰せ!と騒いでいる声で真美子はようやく理解した。
会議室。
冷静になった夫婦と真美子の間に上司が入り協議の結果、貢は真美子に独身と偽って交際していたと白状した。
「騙したのね?」
「子供がまだ小さいのに」
「済まない」
「「何が済まないよ!?」」
妻と真美子は雷を落とした。
「貢。じゃ私が出したお金はどうしたの」
「子供が……ピアノを」
「「それに使ったの!?」」
呆れた女二人に彼は小さくなるばかり。真美子の上司はこの日はこれで締めた。
そんな真美子は仕事が溜まっているので戻らねばならなかった。
「パソコンを持ってきたっす」
「ありがとう」
普段気が利かない後輩は、真美子が別室で仕事ができるように支度し退社までいてくれた。そんな真美子は佐藤を連れて居酒屋にやってきた。
そしてビールで乾杯した。
「ぷは!」
「……顔大丈夫っすか。口の中も切ったんですよね」
「アルコールで消毒よ」
時間が経つにつれ真美子は貢に怒りが向いていた。
さらに頬の赤身を写真に撮った真美子は妻から損害賠償を訴えられたら逆に訴えてやると枝豆を食べた。
「独身だと思ってたのよ」
「歳も嘘みたいっす。人は見た目では既婚者がわからないですからね」
そんな佐藤は調べ出した。
「先輩、日曜日のデートは?」
「した事ない。休みたいって言われて」
「カードで支払いは?」
「いつも現金」
「……電話したら出てくれました?」
「いつも折り返し……」
彼の家に行ったことはないし。今にして想えば身なりはアイロンの掛かった服だった。
「はあ。遊ばれたのか、私」
沈んだ彼女に佐藤は酒を勧めた。
「飲みましょう。そして忘れましょう」
「うう。ありがとう……」
こうして飲み明かした真美子は佐藤にマンションまで送ってもらった。彼が帰った夜、一人。だんだん悲しくなった真美子は泣きながら夜を明かした。
翌日の休日。真美子の家に貢が来た。事情を聞くために真美子は家に入れた。
彼は土下座した。
彼は妻と相談し、子供のために離婚はしないと打ち明けた。
「お金はごめん。俺の親に言って、必ず返すから」
「……もう帰って。顔見せないで」
貢は何かいいたそうだったが、黙って帰って行った。
その後。真美子は動き出した。
貢の私物を捨て、部屋を模様替えした。気分を何とか晴らした真美子は月曜日に出社した。
「おはようございます」
「ど、どうも」
修羅場事件を知った同僚達の痛い目線。普通に接してくれたのは佐藤だけ。こんな真美子は上司に呼び出されこれからの話をされた。
「異動ですか」
「ちょうどいい機会だろう」
以前から話のあった部署。早めに異動せよとの決定だった。
真美子は佐藤に仕事を引き継いでもらうためこの週、残業していた。
「悪いわね」
「いえ。仕事ですから」
「佐藤君はさ。彼女がいるんでしょう」
「いますよ」
失恋仕立ての真美子は、なぜその彼女と結婚しないか尋ねた。
「自分は若いし、彼女が運命の人かまだわかんないっす」
「それはいつわかるんだろうね」
「真美子先輩にも現れるっすよ」
優しい佐藤。彼が恋人だったら幸せだろうな、と傷心の真美子は思った。しかし貢と付き合い出したのも失恋後。恋ではなく寂しさだったのか。真美子は振り返っていた。
そんな夜の二人だけのオフィスに彼がやってきた。
「真美子。妻とは別れる。俺ともう一度やり直してくれ」
「貢……」
好きだった彼のやつれた顔。惨めな身なり。しかし、彼は帰る家がある人だった。
「悪いけど。私はもう恋人ができたの。彼よ」
「うっす!」
「真美子?お前」
「優しいのよ。わかったらお金を返して」
すると貢は茶封筒を真美子に投げつけて去って行った。
「真美子先輩……」
「いいのよ。ありがとうね、佐藤君」
床に散らばった結婚資金。これを拾ってくれた広い背の佐藤は自分の気持ちを拾ってくれているような気持ちになった。
「ありがとう。私ね。転勤先で頑張るわ」
「真美子先輩なら何でもできますよ」
「おう!」
芽生えそうになった恋。真美子は蓋をしてオフィスを去った。
秋の街。アースカラーのコートの襟を立てた真美子はもう泣いていなかった。
Fin