君のそばにいるよ

文字数 1,151文字

山の中の空気は澄んでいて、あの頃より星が近くに見える。

見上げた空。
ボクはあのどこかから降りてきたのだろうか?

冷気に張り詰めた空気はキンっと糸を張っていて、近いうちにまた雪が降るだろうと思った。

ねぇ、ゆき?
きみは今、この空を見ている?

多分、見てはいないだろう。
人の暮らしというのは忙しいものだ。
空に月がかかっている事も、星が降っている事もずっと昔に忘れてしまった。

幼い頃はそれを覚えていても、次第に忘れていってしまう。

だんだんと……。

声が聞こえなくなり、
姿すら気づくことがなくなり、
そしてそのそばに寄り添うことも叶わなくなる。

「……冬の大三角…。」

見上げた星空に輝く3つの星。
凍りつくように澄んだ冬の空に浮かぶそれを、そう呼ぶのだときみが教えてくれた。

「プロキオン…シリウス……それでペテルギウス…リゲル…三つ星…オリオン座……。おうし座のアルデバラン……。」

きみは一生懸命、指をさして教えてくれた。
でも、指をさされても空のどこを指しているかなんてわからない。
わからないボクにきみは怒って口を尖らせたね。
図鑑を見ながら教えてもらい、やっと名前ときみが指差している場所が一致したんだ。

一時、そういった事に凝っていたのか、星空を見上げてやたら色々な話を聞かせてくれた。
でも一年も経つと別の事にきみは夢中だった。
せっかく覚えた星の名前も、星座も、その神話も、何の意味もなくなってしまったと思っていた。

「……でも、無駄じゃなかったよ、ゆき…。」

夜空を見上げ、ボクは星の名前を思い出す。
きみが教えてくれた一つ一つ、もう一度、心の中で繰り返す。
その度にきみはボクのそばでお話をしてくれる。

ゆき、きみは今、幸せ?
ボクがいなくても泣いたりしていないよね?

小さかったきみは、大人になり、恋をして、お母さんになった。
小さかったきみから、きみみたいに小さな子が出てきたのにはびっくりした。

きみの時間は忙しく、どんどん過ぎていく。

ボクの時間はとてもゆっくりで、同じ場所にいても違う場所になってしまった。
そこにいるのに、手を伸ばしてももう届かない。

それでも、ボクはきみを想っているよ。
きみのくれたものがボクの中で輝いているから、ボクはまだここに要られるんだ。

あの日、淡い雪とともに消えてしまうはずだったボク。

冷たい雪とともに消えるより、きみのくれた輝きとともに消えていきたい。
それがいつになるのかボクにはわからないけれど。

いつもきみを想っているよ。
そばにいられなくても、ボクのこころは、いつでもきみに寄り添っているよ。
この体できみを包んであげる事はできなくても、遠く離れていても、ずっと。

ボクは空を見上げた。
冬の星座が輝く空をひとり、思い出とともに見上げていた。



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