第1話

文字数 1,250文字

居間の隅に置かれた古いラジカセに、今日もカセットテープを入れて再生する
『……また何か流すの〜?』
ラジカセをいじる音に気がついたのか、君の不満げな声が聞こえてくる
「日課なんだからいいでしょ、そろそろ慣れてもいいと思うけど?」
僕はそう言うと、キッチンに置いてある朝食を取りにソファから立ち上がった

持ってきた食器を置くと、リビングに置いてある小さな机は二人分の夕食ですぐにいっぱいになった
『……うーん、そろそろ机買わなきゃかな?ちょっと狭い気がするよね』
カチャカチャと忙しなく動かしていたカトラリーを止めてそう呟いた君は、続けて『どうしよっか』と僕に質問してきた
僕は口に入れかけていた食パンを置いて
『それなら今度、近くの家具屋に行って見てみよっか 二人で見て決めたほうがいいんじゃない?』
と答えた。
『え〜?でもあそこって歩いても1時間はかかるじゃん!それに車通り多いから怖いよ?』
間髪入れずに彼女が答える。なんだか理由が子供じみてるな……
『それじゃあやめておく?別に今すぐ必要なものでもないしさ』
僕がそう話すと、君は『うーむ……』と悩み込んでしまった

『ん?……そういえば、さっきラジカセいじってたよね?流さないの?』
考え事をして黙っていたら、ラジカセから音楽が流れていないことに気づいてしまったようだ
「いつも思うけど、君は本当に察しがいいね」

僕はお揃いのマグカップを両手で包むと、こう口にした

「……今ある毎日がいつまでも続くとは限らないから」

「だから、少しずつ何か残していきたいと思ったんだ」

『……実はね、今日はいつもみたいに曲を流してるんじゃないんだ。……本当はずーっと録音してた』
彼女の驚く声が聞こえる
『えぇ!?それならそうと早く言ってよ!』
『ごめんごめん
でも、教えたら君、かしこまっちゃうでしょ?』
『それはそうだけど……明日からはちゃんと言ってよね?何か変なこと言ってたら後で恥ずかしいのは私なんだから!』
クッションかなにかをボフボフと叩きながら訴える彼女に『ごめんごめん』と僕が答えていた

『お詫びと言ってはなんだけど、これからおでかけでもする?一緒にテーブル見に行こうよ』
『おでかけ!?やったー!するする!すぐ準備してくるから待っててね!』
『はいはい、ゆっくりでいいからね!』
その言葉を最後に、カチッと音を鳴らしたラジカセが勝手に巻き戻しを始める
あの時の僕は、ただの思いつきでこれを始めた。いつかの将来に「あの時はこんなことがあったね」なんて二人で笑えたら良いと思って。ただそれだけの理由で

そのうち巻き戻しも終わり、カセットテープはまた最初から再生を始めた
『……また何か流すの〜?』

少しだけ後悔する時もある。もしこの声を少しずつでも忘れることができたなら、きっと今よりも前を向いて歩き出すこともできたんじゃないかって。まるで呪いのような君への想いが薄れて消えていくんじゃないかって。それでも
「何度君が呆れた声で嫌がったって。それでも毎日何度でも聞くよ。」
だって、君の面影はもうここにしかないんだから
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