第1話

文字数 4,866文字

これは、いろいろな動物達が生きている世界のお話です。

その世界の片隅に、二つの小さな村がありました。
一つの村は白猫の村。
もう一つの村は黒猫の村でした。
二つの村は、昔から仲が悪くいつも揉め事がありました。

「また、黒猫のヤツらがオレたちの畑を荒らしやがった」
「ちょっと、けんかが強いと思って好き放題しやがって」
白猫村の集会では、いつもこんな言葉が飛び交っていました。
「そんなことを言って、手を出したらいかんぞ。大きなけんかになってしまうと大変なことになるからのぉ」
白猫村の村長は、みんなをなだめることに苦労していました。
その話を聞いていた白猫の女の子「ソヨ」はいつも思っていました。
「どうして、黒猫さんたちの村と私たちは仲が悪くなってしまったんだろう」
大人たちに聞いても
「それは、黒猫が悪いからに決まってるだろう」
と言うばかりでした。

ある春のお天気が良い日にソヨは、村の外にあるお花畑に行くことにしました。
「黒猫たちに気をつけるんだよ。もし、出会ったとしても近づいたり話たりしてはダメだよ」
そう言ってお母さんは送り出してくれました。
森を抜けて小高い丘に登ると、まるで雪が積もったかのように一面にシロツメグサの白い花が咲いていました。
その美しいお花を見てソヨは、いつもやさしいお母さんにシロツメグサの花冠を作ってあげようと思い、お花を一つずつ大事に摘んでいきました。
しばらく夢中で摘んでいると、近くでバサバサと羽の音が聞こえました。
立ち上がって周りを見ると、一羽のカラスがくちばしで乱暴に花を引きちぎっていました。
「あなた、なんてひどい事をしてるの。きれいに咲いているお花が、かわいそうじゃないの」
ソヨは、怒ってカラスに言いました。
「お前だって、花をたくさん摘んでるじゃないか」
「これは、お母さんに花冠をプレゼントしようと思って摘んでたのよ。あなたはただ、遊びで花を荒らしてるだけじゃない」
「うるさいなぁ。それはお前の理屈だろ。オレにだって、いろいろあるんだよ」
その言葉にソヨは腹を立てて、
「もう、そんなことやめなさいよ」
そう言ってソヨは、カラスに飛びかかり追い払おうとしました。
「カァカァ」
とカラスは大きな鳴き声をあげました。
すると、たちまち鳴き声を聞きつけたカラスの仲間たちが飛んで来ました。
「オレたちの仲間になにするんだよ」
飛んで来たカラスたちは、ソヨの頭をくちばしでつつき出しました。
「痛いわ、やめてよぉ」
ソヨは、必死に逃げようとしますが、飛んでいるカラスたちにはかないません。
「おまえら、何をしてんだよ」
大きな声がして、一匹の黒猫がソヨの上をジャンプしてカラスたちに向かっていきました。
黒猫は何回も思い切りジャンプして、ソヨをいじめていたカラスたちを追い払いました。
「キミ、大丈夫。ケガはしてないかい」
「あ、ありがとう」
黒猫は、ソヨが摘んでいたシロツメグサの花を拾い集めて渡しながら言いました。
「カラスは、仲間がたくさんいるから気をつけないとね」
ソヨは、お母さんに黒猫には気をつけなさいという言葉を思い出しましたが、目の前にいる黒猫はとても親切で悪い猫とは思えませんでした。
「親切なのね。黒猫なのに」
「おいおい、せっかく助けてあげたのにその言い草はやめてくれよ。黒猫はみんな悪者だって大人の白猫たちに聞いたのかい。うちのオヤジも白猫は乱暴だから近づいてはダメだって言ってたけど、オレはそんなことないと思ってる。ほらキミはいい子じゃないか。お花がかわいそうだからカラスにやめさせようとしたんだろ」
「うん」
「オレは、フウって言うんだ。よろしくな」
フウは鼻先をソヨの前に差し出しました。
ソヨは少し驚きましたが、フウに自分の鼻先をちょんと触れて挨拶をしました。
「わたしは、ソヨ」
「ところで、その花で何をするつもりだったの」
「お母さんに花冠を作ってあげようと思って」
「へぇ、どうやって作るんだい」
「見てて、作ってみせるから」
ソヨは、器用にシロツメグサを編み込んでいき、きれいな花冠が出来ました。
「わぁ、すごくきれいだ。ソヨはすごいな」
「じゃあ、これはフウにあげる」
「えっ、いいの」
「うん、お母さんにはまた今度作ってあげるから」
「ありがとう。とってもうれしいよ。オレも、母さんにこれをあげるよ。きっと喜ぶだろうな」
ソヨはフウの頭に花冠を乗せてあげました。
「わたし、もう村に帰らないと」
「オレもだ。また、会えたらいいね」
「そうね。また会いましょう」
あかね色に空が染まり始めた頃、二人は手を振ってお互いの村に帰っていきました。
その夜、ソヨはベッドの中で思っていました。
「黒猫だって、村の大人が言うように悪い人ばかりじゃなくて、いい人もいるんじゃないの」
そんなことを考えながら、ソヨは眠りについたのでした。

ある日のこと、白猫村に騒動が起きました。
「お前が、畑を荒らしただろう」
「ちがう、オレじゃない。信じてくれよ」
村の広場には、大勢の白猫が集まってなにやら騒いでいるようでした。
「まあ、まだ子供なんだし、まずは落ち着いて話を聞こうじゃないか」
白猫の村長は、大人の白猫たちが興奮して大声を出しているのを何とかなだめようとしていました。
「何を甘いことを言ってるんですか。やったのはコイツに決まってるんだ」
ソヨも、その大きな声を聞きつけて広場に来てみると、そこにはこの間カラスから助けてくれたフウの姿がありました。
何人かの白猫たちに、フウは押さえつけられています。
「フウ、どうしたのよ。なにかフウがしたの」
「ソヨ、コイツを知っているのか」
フウを押さえつけている一人が、恐ろしい顔をしてこちらを見ました。
「フウは、わたしを助けてくれたの。決して悪い人じゃないわ」
「また、畑が荒らされていたんだ。そうしたらこの黒猫が近くをうろついていたんだ。だから捕まえて村に連れてきたんだよ。コイツがやったに決まってる」
村人は、ますます怒って言いました。
「オレは、ソヨと遊ぼうと思って来ただけなんだよ」
「そんなくだらない言い訳を、誰が信じると思ってるのか」
集まっていた村人も、みんな顔を見合わせてうなずいていました。
「じゃあ、フウがやってるところは見たの」
ソヨは、村人に何とか分かってもらうために一生懸命フウをかばいました。
「そんなん、見なくてもわかるんだよ」
「どうして、フウを疑うの」
「そりゃあ、コイツが黒猫だからさ」
「そんな理由だけで、信じてあげられないの。なんで、私の言うことを信じてもくれないの」
ソヨは、とてもくやしい気持ちになり、その場に座り込んで泣き出してしまいました。
「待ってくれ~~~」
村の広場に大きな輪となっていた白猫たちは、声のする方を振り返ると慌てて駆け寄ってくる二人の黒猫が見えました。
「なんだ、お前たち。ここは白猫の村だぞ。わかってるのか」
村の白猫たちは思いがけない訪問者に向かって言いました。
「わしは、黒猫村の村長だ。その子が何をしたというのかね」
「わたしは、今そこに押さえつけられてる黒猫の母親です」
フウは押さえつけられている頭を上げて言いました。
「母さん」
「フウ、大丈夫。白猫のみなさん、この子は母親想いのいい子なんです。悪いことをする子じゃないんです。話を聞いてやってください」
「お願いだ、落ち着いて話し合おうじゃないか」
「うるさい!黙れ。信用出来るもんか。黒猫なんて」
白猫たちは、大きな声で叫びました。

「何をそんなに騒いでいるのですか」
突然、広場の後ろの方で大きな声がしたので、みんなが振り返って見ると、そこには体の大きな三毛猫が立っていました。
「この村の畑を荒らしたヤツを捕まえたんだよ」
村人のひとりが答えました。
「その畑というのは、この村の西の方にある畑のことですか」
「そうさ」
「じゃあ、犯人はその黒猫の子じゃあありませんよ。本当の犯人は、この子ですね」
そう言って、手に持っていたものを持ち上げてみんなに見せました。
三毛猫が持っていたのは、ロープで蓑虫のように縛られたカラスでした。
「ちょうど、ボクが畑に通りかかった時に、この子が作物をくちばしでつついていたずらしてたので捕まえたんです」
村人たちは、驚いたようにロープで体を縛られたカラスを見ました。
「そういうお前は、いったい何者なんだ」
「ああ、ボクは世界を旅してる三毛猫です。ここに来る前に街で二つの村の噂を聞きました。仲が悪いって本当にそうなんですね。なぜそんなに仲が悪いのですか」
「そりゃあ、あれだ。黒猫は乱暴者だから」
白猫のひとりがそう言うと、黒猫の村長も言いました。
「白猫たちが、わしらに意地悪をするからだ」
白猫も黒猫も、自分たちの意見を言い合い譲りそうにありません。
「それは、いつからなのですか」
「ずっと昔からだ」
「ずっと前からだ」
「なんですか、そこは話が合うんですね。じゃあ、今のあなた達ならそんなことないんじゃないんですか。同じ猫なのにですよ」
「だって、毛の色が違うし」
「住んでるところも違うし」
「ちょっと待ってください。あなたたちは、たったそれだけのことでお互いに信じることも出来なくて仲良く出来ないのですか。わたしは、この広い世界を旅してきました。たくさんの種類の猫にも出会いました。ほかのたくさんの動物とも会いました。みんなそれぞれ違ってるのが当たり前なのです。それをお互い理解して、尊重しながら生きてるのですよ。それだけで楽しいじゃないですか。みんな違っていることがいいんですよ。みんな同じだとつまらないでしょ」
それを聞いて、みんな難しそうな顔をして黙ってしまいました。
三毛猫は、座り込んで涙しているソヨに声をかけました。
「そこの白猫のキミ、名前はなんていうの。黒猫の子をかばってたみたいですが、どうしてですか」
「わたしはソヨ。そこにいるのはフウ。わたしがカラスにいじめられてるところをフウが助けてくれたの」
「そうですか。ではソヨに聞きましょう。このカラスはどうしたらいいでしょうか。あなたもカラスには怒ってるのでしょ」
ソヨは、少し考えて、そしてはっきりした声で言いました。
「そのカラスは、悪いことをしました。でも、そんなことをしたカラスにも、何かいやなことがあってむしゃくしゃしてたのかもしれません。だからよく話を聞いてあげて、もう悪いことはしないように約束をしてもらって、ロープをほどいてあげたらいいと思います。カラスは、私たちに出来ない事、そう空を飛べるんですもん。青い空を高く飛べば気持ちも落ち着くでしょう」
「ソヨさん、それは、このカラスを許すということですよね。さあ皆さん、聞きましたか。こんな小さな女の子が、すばらしい言葉を私たちに投げかけてくれたのです。どうして大人の私たちは、『仲良くすること』『信じること』『許し合えること』それがなぜ出来ないのでしょう」
それを聞いて、フウを押さえつけていた白猫たちは、腕の力を緩めてフウを立ち上がらせました。
「オレたちが、わるかったよ。よく調べもしないで、疑ってしまって」
「ボクがやったことじゃないって、わかってもらえて、本当によかったよ」
フウはそう言って、ソヨのそばに歩いて行き、手を差し出しました。
ソヨは、その差し出された手を取り立ち上がりました。
「また、シロツメグサの花冠を作ってくれ。約束だよ」
「わかったわ。また今度、きっと作ってあげる。約束ね」
二人は、笑顔になって言いました。
「すまなかったのぉ」
白猫の村長が言うと
「大きな争いにならんで、本当によかったですね」
黒猫の村長は自分の鼻先を出しました。
白猫の村長も、それに応えて自分の鼻先を合わせました。
「この夏は一緒に祭りでもしようじゃないか」
「そうですな。ぜひ、一緒に楽しみたいですね」
お日様は傾きを増して空をオレンジに染めていく中、フウはお母さんと村長に連れられて、黒猫村に帰っていきました。

それからしばらくした青空が眩しく輝くある日のことです。
白いシロツメグサの花が咲く草原に、たくさんの白猫と黒猫の子供たちが、花冠を作っている姿がありました。
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