第1話
文字数 1,955文字
「コーヒー占いを偽造すればいいんだ!」
そう閃いたのは、私が学生時代、近所のカフェでアルバイトをしていたときだった。カフェの常連に、Nという若い小説家がいた。Nは地元の先輩でもあり、個人的に知り合いでもあった。ある日、Nが言った。
「近々、雑誌に短編を載せることが決まってね。身近な
これはつまり、Nの力になって、あわよくば小説の元ネタになれるチャンスだと思った。Nが帰ったあとも、私は考え続けた。そして、店長からコーヒー占いの話を聞いた後に閃いた。
コーヒー占いは、コーヒーを飲んだ後にカップの底を見て、残った粉でできた模様で占う。ということは、底にある模様が良ければ、運勢も良くなるということだ。もし、カップの底に既に模様がついていたら……?コーヒー占いを偽造して、連続で運勢を良くすることが可能になる。Nに奇跡を演出できる!
バイトが終わってから、私は底に模様のついたカップを作るための材料を揃えた。上にコーヒーを入れるから、出来るだけ人体に害のない材料を選んだ。家に帰ると早速、カフェで使われているのと似ているカップを前にして、熱心に、その底に筆でコーヒーの粉の絵を描き始めた。私は美大生だった。時間はかかったが、見事に完成した。座ったまま覗き込むくらいの角度で見たとき、とってもリアルな飲みあとが見えるようになった。
数日後にNがカフェにやってきた。Nが来るのは大体私の休憩時間で、その日もそうだった。Nに話しかけ、自然な流れでコーヒー占いを勧めたところ、興味をもってくれた。まずはよし、と思いながら家から持ってきた例のカップに注文のコーヒーを入れて(休憩時間でも厨房に入れた)、Nの席に持ってくると私はその正面に座った。
「コーヒー占いは、模様が円形の、満月の形になっているといいらしいですよ。そうだ」
私は思い出したふうに言った。
「このカフェでは昔から、先輩から聞いたんですけど、コーヒー占いをするといい結果が出やすいって言われてるらしいですよ。実は、うちのコーヒーは占いに強いんですよ。ホラ、普段カップの底なんて意識してないでしょ」
「へぇ、それはすごいね。小説みたいだ。じゃあ、いただきます」
「あっ、そうそう、さらには飲み干すときに目を瞑ったほうがいいらしいですよ。で、飲み終わった後は形が崩れないようにできるだけ静かに置いて、触らないように……」
底を見られたらバレてしまいかねないので、飲み干す前に私は言った。
「なるほど」
Nは目をつぶって綺麗に飲み干すと、静かに机の上にカップを置いた。
「さーて、満月はあるかな」
Nがカップの中を覗き込んだ。カップを作ったときは自信満々だったのに、今になって上手くできているか自信がなくなってきた。
「お、やったね。満月だ。インスピレーションでも降ってこないかな」
私も覗き込んだ。上手いこと本物の粉と混ざって自然になっていた。
「おお、本当に上手くいくんだなぁ。なんかいいことあるんじゃないですか。Nさんは小説考えてるんでしたっけ、
私がそう言ったところ、Nは面白がってくれたようだった。
Nは次の日も、その次の日も来てコーヒー占いをした。結果を言ってしまえば、どちらも上手く行った。ただ大変だったのは、占い三日目にNが「三日も満月が出るなら、明日は縁起よく富士山とか出てくれないかな」と言ったために、私は富士山に見えるカップを作らなければならなくなったことだ。しかしそれも、苦労の甲斐あって成功し、Nは占い四日目を最後にしてノリノリで帰っていった。
「これはいった!」と確信した。そして、とうとうNから小説が載ったとの連絡が来て雑誌を買った。小説の内容は推察した通り、悩み事を抱えた登場人物が不思議なカフェでコーヒー占いをする話だった。私の苦労とは裏腹に、素朴で優しい感じの短編としてまとまっているように見えた。しかし、それだけでは終わらなかった。その短編ではオチとして、カフェのマスターが機転を利かしてくれた……つまり細工をしたという事実が明かされて終わったのだ。
全部バレていたみたいだ。私はびっくりした。勢いそのままに、メールでNにどうして気づいたかを聞いた。返信はこうだった。
「だってそんな噂聞いたことなかったから(笑)」
そのとき初めて知ったが、Nはかつて、そのカフェでアルバイトをしていたのだった。
そう閃いたのは、私が学生時代、近所のカフェでアルバイトをしていたときだった。カフェの常連に、Nという若い小説家がいた。Nは地元の先輩でもあり、個人的に知り合いでもあった。ある日、Nが言った。
「近々、雑誌に短編を載せることが決まってね。身近な
奇跡
をテーマにして書こうと思うんだけど、行き詰まってしまって、何か日常の中で奇跡を感じた体験とかあったら僕に教えてほしい」これはつまり、Nの力になって、あわよくば小説の元ネタになれるチャンスだと思った。Nが帰ったあとも、私は考え続けた。そして、店長からコーヒー占いの話を聞いた後に閃いた。
コーヒー占いは、コーヒーを飲んだ後にカップの底を見て、残った粉でできた模様で占う。ということは、底にある模様が良ければ、運勢も良くなるということだ。もし、カップの底に既に模様がついていたら……?コーヒー占いを偽造して、連続で運勢を良くすることが可能になる。Nに奇跡を演出できる!
バイトが終わってから、私は底に模様のついたカップを作るための材料を揃えた。上にコーヒーを入れるから、出来るだけ人体に害のない材料を選んだ。家に帰ると早速、カフェで使われているのと似ているカップを前にして、熱心に、その底に筆でコーヒーの粉の絵を描き始めた。私は美大生だった。時間はかかったが、見事に完成した。座ったまま覗き込むくらいの角度で見たとき、とってもリアルな飲みあとが見えるようになった。
数日後にNがカフェにやってきた。Nが来るのは大体私の休憩時間で、その日もそうだった。Nに話しかけ、自然な流れでコーヒー占いを勧めたところ、興味をもってくれた。まずはよし、と思いながら家から持ってきた例のカップに注文のコーヒーを入れて(休憩時間でも厨房に入れた)、Nの席に持ってくると私はその正面に座った。
「コーヒー占いは、模様が円形の、満月の形になっているといいらしいですよ。そうだ」
私は思い出したふうに言った。
「このカフェでは昔から、先輩から聞いたんですけど、コーヒー占いをするといい結果が出やすいって言われてるらしいですよ。実は、うちのコーヒーは占いに強いんですよ。ホラ、普段カップの底なんて意識してないでしょ」
「へぇ、それはすごいね。小説みたいだ。じゃあ、いただきます」
「あっ、そうそう、さらには飲み干すときに目を瞑ったほうがいいらしいですよ。で、飲み終わった後は形が崩れないようにできるだけ静かに置いて、触らないように……」
底を見られたらバレてしまいかねないので、飲み干す前に私は言った。
「なるほど」
Nは目をつぶって綺麗に飲み干すと、静かに机の上にカップを置いた。
「さーて、満月はあるかな」
Nがカップの中を覗き込んだ。カップを作ったときは自信満々だったのに、今になって上手くできているか自信がなくなってきた。
「お、やったね。満月だ。インスピレーションでも降ってこないかな」
私も覗き込んだ。上手いこと本物の粉と混ざって自然になっていた。
「おお、本当に上手くいくんだなぁ。なんかいいことあるんじゃないですか。Nさんは小説考えてるんでしたっけ、
奇跡
をテーマにとか……、そうだ、明日も来るでしょ。また明日も占ってみたらどうですか?小さいことですけど、もし明日もいい結果が出たら、なんならその次の日もだったら、それも一種の奇跡
だと思いませんか?なんなら、このカフェを舞台にしてもいいし……」私がそう言ったところ、Nは面白がってくれたようだった。
Nは次の日も、その次の日も来てコーヒー占いをした。結果を言ってしまえば、どちらも上手く行った。ただ大変だったのは、占い三日目にNが「三日も満月が出るなら、明日は縁起よく富士山とか出てくれないかな」と言ったために、私は富士山に見えるカップを作らなければならなくなったことだ。しかしそれも、苦労の甲斐あって成功し、Nは占い四日目を最後にしてノリノリで帰っていった。
「これはいった!」と確信した。そして、とうとうNから小説が載ったとの連絡が来て雑誌を買った。小説の内容は推察した通り、悩み事を抱えた登場人物が不思議なカフェでコーヒー占いをする話だった。私の苦労とは裏腹に、素朴で優しい感じの短編としてまとまっているように見えた。しかし、それだけでは終わらなかった。その短編ではオチとして、カフェのマスターが機転を利かしてくれた……つまり細工をしたという事実が明かされて終わったのだ。
全部バレていたみたいだ。私はびっくりした。勢いそのままに、メールでNにどうして気づいたかを聞いた。返信はこうだった。
「だってそんな噂聞いたことなかったから(笑)」
そのとき初めて知ったが、Nはかつて、そのカフェでアルバイトをしていたのだった。