あらすじ

文字数 2,548文字

起)
井村宅哉(いむらたくや)は間取りを見てどんな家かを想像するのが好きな、空想とお友達の小学五年生である。通学路にある不動産会社の間取りを眺めるのが日課だった。
ある日の帰り道、新しい間取りが貼りだされていないかと不動産会社の前を通ったところ、パーカーのフードを目深くかぶった同じ年ぐらいの男の子が立っていた。
少年は宅哉に気づくと「キミも不動産に興味があるの?」と尋ねる。
「間取りを見るのが好きなんだ」と答えれば、少年は嬉しそうに口を開いた。
しばらく二人で間取りを眺めていたが、ガラス張りの店内にある時計を見た少年は家路を急いだ。

数日後の帰り道、宅哉はまた少年と出会う。こちらに気づく前に踵を返した少年に違和感を覚えた。
家路と思われる方向が宅哉の家と同じ道だったが、あいにく近所に同年代の子どもは居ない。
気になって後を追うと、途中で見失ってしまった。諦めて家に帰ろうと一歩を踏み出したが、道路のマンホールが開いていた。足を踏み外した宅哉は、真っ暗な穴を急降下した。

落ちた先は下水ではなく知らない町だった。道路に転がる宅哉の前に消えたはずの少年が立っていた。
「えぇ!? こっちに来ちゃったの!?」
わけのわからない言葉と共に、少年・星乃建汰(ほしのけんた)はフードを脱いだ。
「まあ、ひとまずうちにおいでよ」
そう言って建汰が指した場所は、「星乃不動産(ほしのふどうさん)」と書かれた店だった。

承)
「ここはどこなの?」
日本のようで日本でない、不思議な街並みを見て宅哉が尋ねる。
「ここは本日(ほんにち)。キミの住む日本と似ているけど、違う世界だよ」
建汰が住む世界はマンホールで繋がった、宅哉の住む世界と限りなく近い並行世界だった。
しかし建汰の言葉を宅哉は信じようとしない。最終手段として建汰は宅哉に回覧板を見せる。宅哉は日本語のようで日本語でない文字の羅列に驚愕した。
「左からじゃなくて、右から読んでごらん」
言われるがままに横書きを右から読むと、日本語と変わらないと気づく。

ここが本日だと理解したところで、なぜ建汰が日本に居たのかへ話題が変わる。
本日は日本よりも科学は進歩しており、子どもも大人同様に働くことができる法律が出来ていた。しかし一部の法律は未だに穴だらけで、その筆頭が不動産業界だと言う。本日では不動産会社を作るのに宅建士の必要も、免許も何も必要がない。
詐欺まがいのことが毎日のように行われていて、安心して土地や家を買えない状態が続いていたため、見張りの役所・不動産安全課(ふどうさんあんぜんか)が結成され、建汰の父が参加しており、もともと親子で経営していた「星乃不動産」は建汰が一人で切り盛りしていた。
星乃親子は悪徳業者に土地を奪われた経験があり、建汰は悪徳業者を憎んでいた。一日でも早くクリーンな不動産業界にするべく、父に黙って日本の不動産業界を学ぶために並行世界を行き来していた。

一方、宅哉は間取りに興味があるものの、仕事としての不動産業界については全くわからない。
話半分で聞いていると、「間取りが好きなんだよね? じゃあうちで働かない!?」と誘われる。
強引ではあったが、毎日業者から送られてくるデータをもとに間取りを引くと言う夢のような仕事を与えられた。以降、宅哉は学校帰りに日本と本日を行き来するようになる。

転)
星乃不動産で働くようになって数日。本日の物件情報は正しい内容が書かれていないと宅哉もすっかり理解していた。宅哉が間取りを引き終えると、建汰が正確な情報に書き換えて物件情報を店先に出す。
そんな分担作業が板について来た頃、向かいの不動産会社・クトク業者にお客様が入っていくのが見えた。
「あ、クトク業者! またあることないこと言って物件を買わせようとしているな!」
二人はクトク業者から出てきたお客様に声をかけ、紹介された物件を見せてもらう。
「士富山(じふやま)が目の前に見えて、宿新(やどしん)から徒歩五分のところにあるリフォーム済みのマンション」と書かれており、買わないと嫌がらせをすると脅されていたらしい。お客様はとても困っていた。
それを聞いた建汰は激怒し、宅哉とお客様を連れてクトク業者に乗り込んだ。

クトク業者の社長にビビりもせず、建汰はタブレット端末のようなものを携えて反論した。
「このマンションは宿新から二十五分、士富山は他の高層マンションがあって見えない。ましては部屋のリフォームなんてしていない。全てがでっちあげの広告だ!」
クトク業者も言い返そうとするが、ことごとく論破され、ぐうの音も出ない。
「家を買うって、一生ものの買い物なんだ! それをだまして売ろうとするなんて絶対に許さない!」
「今は注意だけかもしれないけれど、いつか絶対に取り締まる法律が出来上がるからな! 業務停止処分だって食らうんだからな!」
建汰の熱意は、不動産について何も知らない宅哉にも深く胸に刻まれた。

結)
無事に成約を取り消し、ひと段落つくと「じゃあ、星乃不動産で家を探そうかな」とお客様が言った。建汰の誠実さを信用し、日を改めて相談に来ることで話がまとまった。
お客様を見送る中、宅哉は「宅建士について興味が出た」とつぶやく。
すると背後から「じゃあ今度から建汰と一緒に勉強するかい?」と男性が話しかけた。
振り返ると建汰の父が日本の視察から帰っていた。建汰の父は政府から正式に並行世界を行き来できる免許をもらっており、今日も夜まで帰ってこないはずだったが、早く視察が終わって帰って来られたという。
まさか並行世界の子どもを雇ったとは思っていなかったが、父は宅哉を「改めて星乃不動産へようこそ」と歓迎した。
二人の様子を見て喜んでいた建汰に対しては、勝手に日本に来ていたことは後で咎めるとげんこつを落とした。

「じゃあ、また土曜日! マンホール前集合な!」
星乃親子に見送られ、宅哉は日本へと戻る。
宅哉は家の前で改めて土地と建物を見て「じいちゃんがこの家を買ってくれたおかげで、今ここに住んでるんだよな」と感慨深くなる。
何気なく住んでいた場所に親近感を覚えて、玄関を開けた。
紙の上の空想ではない、人に夢を与える不動産(家や土地)に宅哉は可能性を感じた。

こうして、宅哉の並行世界で宅建士を目指す毎日が始まった。
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