第1話

文字数 1,405文字

小山郁夫《こやまいくお》 32歳 コント師

「ネタが思いつかへんなぁ……」

郁夫はソファに腰掛け頭を抱えていた。
気分を変えようと、台所からペーパードリップタイプのインスタントコーヒーを持ってくる。
「よっこらしょ。コーヒー飲んで気分でも変えよかー」
なんとなくコーヒーの粉を凝視していたその時、ふと、あるネタを思いついた。
「これや!」



「うわあぁっ!最悪や、こぼしてもうた!なんやねん、こんなときにもう……」
ガチャッと音がして、扉から華絵《はなえ》が現れる。
「ただいまー」
「うわ、最悪や。なんでこんな時に帰ってくんねん」
「大きい声出して何やのよ。って何やってんの、もう!お気に入りのソファーやのに!」
「手ぇ滑らしてもうたんや。悪気ないねん」
「あんたいつも悪気ない言うて粗相するけど、悪気なかったら何でもしてええんちゃうで、ほんま」
「すんません……」
「こないだもそうやったやろ、タバコ。私の飲みかけのコーヒーに灰落としよって」
「すんません……」
「あれもや。雨の日に誰が長靴代わりに靴にラップ巻くねん。アホみたいにラップ減り早いのなんでやろ思ったわ」
「俺の父さんもやっとったから……」
「稼ぎも悪いし」
「稼ぎはほんまに悪気ない!」
「他のんはあるんか!」
「他のんもない!」
少しの沈黙。時計の音だけが部屋に響き渡る。
「……まぁええわ。今度からは気ぃ付けや。じゃあ掃除機持ってきて」
「はーい」
パタパタと急ぐ郁夫。戻ってきた手には屋外用掃除機が。
「そうそう、これ……。ってなんで庭用の掃除機やねん!逆に撒き散らしてまうやろ!落ち葉掃除でもしとけ!」
「あ、ごめんごめん。間違った」
「……どこで間違うねん」
その後、無事掃除機を持ってきた郁夫。こぼしてしまったコーヒーの粉を吸い取っていく。
「全部吸い取ってや」
「うん、次からは気をつけるな」
「表面だけやったらあかんよ。お尻のとこの隙間とか、ほら。めっちゃ挟まってるやん。ほこりも凄いわ」
「ついでに掃除しとこか」
「ここもほら……ん?なんやこれ」
華絵の手にはピンクゴールドの小さなピアス。
「郁夫。なにこれ」
「……知らん!」
「知らんわけあるか、ボケ。言っとくけど私のちゃうで」
「ほんまに知らんねん」
いつになく真剣な眼差しの郁夫。
「あんた嘘つくときいつも真面目な顔しよんねん」
「え、嘘」
「ほんま」
滝のような汗を流す郁夫。鬼のような形相の華絵。
「すいません」
「はぁ?ちっさい声やのぉ。これも悪気ないんか?え?」
「すいません」
蚊よりも小さな声で泣く郁夫。
「泣いたら許してもらえる思ったら大間違いやぞ。どこの誰とや」
「会社の、後輩です……」
「後輩!頼りがいのないあんたがよう後輩に手ぇ出せたな!」
「あっ、会社では頼りがいあるって言われてて」
「何嬉しそうに話してんねん」
「すいません」
「しばくぞ」
先程より長く、重たい沈黙が流れる。
「実家帰るわ」
「え、嘘、ちょっとまって」
「なんで嘘言わなあかんねん。こんな時に」
「ごめん、ほんまごめんて!」
「やかましい、もう限界や。色々我慢してきたけどさすがに今回は許されへん」
「もうしない!浮気なんか二度とせえへんから!華絵!」
必死に華絵の足にすがりつく郁夫。
華絵は、郁夫を蹴り飛ばし叫ぶ。

「7回目やろが!」

バタンと勢いよく扉が閉まる。
蹴られた頬をなでながら郁夫はつぶやく。

「もうええわ、ありがとうございましたー……。って、ネタやったらええのになぁ……」
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