出会い頭にペンギンと

文字数 2,000文字



ヒールの音を響かせて、真夜中のオフィス街を一人歩く。腕時計を見ると、後少しで日付が変わるところだった。これは帰ったら即就寝、明日の朝早く起きてシャワー浴びて出社コースかな。

また、今日もこんな時間まで残業してしまった……。その事実に、がっくりする。
残業なんて、無い方がいいに決まってる。
仕事のできる同僚はちゃっちゃと自分の仕事を終わらせて帰ってしまう。なんて薄情な奴だ、数ヶ月に一回は飲みにいく仲なのに。
私だって、できることなら早く帰りたい。それでも、私がそうできないのは…‥要領が悪いからなんだろうなぁ。

はぁぁぁ

もっと要領よくできたらいいのに……
私は何度目かの大きなため息をつく。

そんなふうに俯きながら、ビルの角を曲がろうとしたその時、

ドシッ!

突然、何かとぶつかった。
いや、何かが空から降ってきた。

「ウワッ?!」

上空斜め45度の角度から飛んできたそれは、ちょうど私の体にぶつかって、その勢いで私は歩道のタイルに尻餅をついた。

それは、ぬいぐるみ大の何かで、
モフッとして、ずしりとして、硬くて……

そして、動いた。


『おや、ここは……』


それは、ペンギンだった。


出会い頭に、ペンギンとぶつかってしまった。


『やりました! ついにテレポーテーションに成功したんです!』


しかも、なんか喋ってる。


よく見れば見たことのある、コウテイペンギンだか、オウサマペンギンだかってやつだ。
ぬいぐるみかと思ったけど、確かに動いてるし、ずっしりと重量がある。本物の、水族館で見るペンギンだ。
確か本物って、南極にいるんじゃなかったっけ。

『私たちは、念力を使えることが一人前になったことの証! それがついに成功したんです』

「え……ペンギンってそうなの?」

『さあ、他のペンギンがそうかは知りませんが。……やや、人間さん。ぶつかってしまって失礼しました。お怪我はありませんか』

「ああ、いえ、ありませんけど……」

ペンギンは私の上から降りると、小さな羽をこちらに差し出す。それは多分、立ち上がる私に手を貸してくれようとしたのだけれど、さすがに遠慮する。ペンギンは少し寂しそうに羽を下げる。

『それはよかった。……それでは、私はこれにて。お忙しいところ失礼しました』

ペンギンは立ち上がった私へ向けて、うやうやしく礼をした後、可愛らしい羽をバッと広げた。
そしてその場でパタパタと羽を動かし始めた。

………………。

しばらくペンギンはそのまま羽を必死に動かしていたが……何も起こらない。
ふと、ペンギンは羽を止めてこちらを見やる。

『私、飛んでませんね』

「……ええ、飛んでませんね」

『どうしましょう、帰れなくなってしまいました。……どうしたらいいと思います?』

「いや、知らないですけど……」



ペンギンは辺りをうろうろペタペタと歩き回り始めた。

『いやはや、どうしましょう。家族もガールフレンドも残してきているのに……きっと心配しています』

不安げに歩道の上をペタペタと歩き回る様子に、私は少しだけ同情する。

「さっきは、どんな時に成功したんですか?」

『ふむ……いつものように念力の練習をしていたんです』

ペンギンは私の方を向いた。

『ただ、私はどうも要領が悪いのか……皆さんどんどん一人前になっていくのに、私はまだでして。少し……焦っていたんです』

ふーん……その気持ちは、ちょっと、分かるかもしれない。

『人間にも、そういうことがありますか』

ペンギンは意外だというふうに顔を上げてから、また悩むように首をさげる。

『そうだ……成功したのは、今日の夕ご飯を考えている時でした』

はっ、と思いついたようにクチバシを開いてペンギンは言う。

『今日はニシンの煮付けにしようと思っていたんです』

「煮付け? ペンギンが?」

『あまり、気負わないのがいいのでしょうね』

うんうん、とペンギンは一人でうなずくと、またバッ、と小さな羽を広げた。

「大丈夫?」

『ええ、今ならできる気がします。今日の夕ご飯はニシンの煮付けですからね』

そう言うとペンギンは、必死でパタパタと羽を動かし始める。
そして、つま先立ちになっていた体が徐々に、ふわっと浮き上がり……ペンギンは飛んだ。

『ほら……飛べた、でしょう?』

必死でパタパタと羽を動かすペンギンは、そうは言っても全く余裕はなさそうだった。
空中に浮いたペンギンは、飛んだり、少し落ちたりを繰り返しながら空中をたどたどしく飛んでいく。

『では、また!』

ビルの合間でゆらゆらと動くその影は、その言葉が聞こえたのを最後に、空中でパッと消えてしまった。



私は呆然と空を眺めていた。
遠くで車が走る音が聞こえている。

腕時計を見れば、もう日付が変わってしまっている。私は家に帰るため、歩き始めた。

いつも通りの風景。いつも通りの帰り道だ。
けれど、不思議なペンギンのことが頭を離れなかった。

気負わないこと、かぁ。
私は意識して肩の力を抜いてみる。


ニシンの煮付け、コンビニに売ってるかな。




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