第1話
文字数 1,998文字
「ここに集まってもらったのは他でもありません」
小柄なベルギー人紳士や、眠りながら事件の解説を始める元刑事に似た言い回しで解説を始めたが、目の前に並ぶ三人の女性には通じないようだ。ここは彼女たちが住む屋敷で海和玲は依頼を受けてやって来た何でも屋でしかない。
依頼は失踪したうさぎの捜索と同時して発生した怪奇現象の原因追求である。屋敷内の徹底した捜索によりうさぎは発見され物品の消失についても解決した。
「犯人はこの中にいます」
今度は頻繁に事件に巻き込まれる高校生が使いそうなセリフを使い、玄関口に置いてある巨大な壺を指差した。派手な鯉が描かれた子供の背丈はありそうな壺だ。ようやく三人のおしゃべりが止まり玲の元に視線が集まった。三人ではあるが全員同じ顔をしている。三つ子らしく同じ顔に黒く長い髪、服装に違いがなければ見分けはつかない。名前は綺斧(きよき)美琴(みこと)麗菊(れいぎく)というらしい。響きのよい名前だが何か不穏な引っかかりがある。
壺の蓋を開けるとシャツとベストを身に着けたウサギが飛び出してきた。壺から飛び出し、床に降り立ったうさぎは後ろ足で立ち上がり、歓声を上げる三人の元へ駆けていった。
「そのうさぎはこの数日間この壺の中で過ごしていたのでしょう。蓋は自分で開け閉めしていたに違いありません」
「茅ヶ崎さんです」麗菊が睨みつけてきた。
胸と背に菊が描かれたトレーナーを着ているため見分けがつく。他の二人もそれぞれ斧と琴が描かれたトレーナーを着ている。
「無くなったという靴や化粧品、酒や調度品、その他の物も茅ヶ崎さんが集めたのでしょう。この壺の中にあります。無くなったパンやお菓子なども同様です。中に包みが残っています」
三人に対し、茅ヶ崎は頷き、右前足を手のように振り、頭に当てる。そのしぐさはまるで鷹揚な中年男が中に入っているようだ。明らかにうさぎではない何かのように思える。茅ヶ崎に向かい説教を始めた綺斧、呆れた様子の美琴、ただ喜んでいる麗菊とうさぎの帰還に温度差はあるようだが違和感なく接しているようだ。
「すみません。どうにも気になるんですが……」
「何でしょうか?」綺斧が応じた。
「その茅ヶ崎さんはいったい何者なんですか」
「見ての通りうさぎです」美琴が答える。
三人とうさぎの視線が玲に集中する。
「そうでしょうか。まるで中に小さなおっさんが入っているように見えますが……」
「お気づきになりましたか」と綺斧。
美琴と麗菊が玲の背後に回った。
「このまま帰すわけにはいきませんね。説明する必要があるようですね」
連れていかれたのは地下牢ではなく、陽光がたっぷり差し込む応接間だった。目の前のテーブルにはスコーン、チョコフロランタン、アーモンドタルト、紅茶シフォンなどの洋菓子が並んでいる。山高帽を被った小柄な給仕が紅茶を入れて去っていくと奇妙なお茶会が始まった。並んだお菓子はどれもおいしいのだが雰囲気がどうにも厳しい。説明は始まらず三人はお菓子を薦める以外はうさぎの茅ヶ崎と共にじっとこちらを見つめているだけだ。
紅茶シフォンを食べている最中に綺斧が目の前に本を差し出してきた。表紙には「不思議の国のアリス」と書かれている。
「読まれたことはなくても名前ぐらいは知ってますよね?」
「有名な童話というのか児童文学で何度か映画にもなってるって程度なら……見たことはないですが」
「それで十分です。ルイス・キャロルという作家が即興で作ったとされていますが、実は異世界体験記なのです」
真剣な顔つきでこちらを見つめながらの言葉だったため玲は喉を詰まらせそうになった。しかし、穴だらけのシフォンケーキだったため事なきを得た。
「冗談だと思ってるのね。ここに茅ヶ崎という生きた証人がいるというのに、やっぱりあれを見せないとだめなのかも」
咳き込み涙目になっている玲は襟首を掴まれ、美琴に部屋から裏庭に連れ出した。庭の隅に穴が開いており、玲は穴の前まで連れていかれた。穴の中は暗く黒い靄に包まれたように少し先も見通せない。
「これが冒頭に出てくるうさぎの穴よ」と美琴。
「どうして日本にこれが?」
「世界のどこにでもできるから、それが今回はうちの裏にはできただけ。ここから茅ヶ崎が出てきて、さっきお茶を入れてくれた石清水がやって来たのもここからよ」
それならそちらの方が茅ヶ崎の失踪よりよほど奇妙で問題ではないか。
「石清水はここが気に入ったのか。よくやって来る。近くのカラオケボックスに行って一人で歌っているらしいの。あそこならどんなに歌を唄っても誰にも文句はいわれないから」美琴は笑い声をあげた。
玲はもう逆らうのはやめた。話が進み穴に入れと言われてはたまらない。ルイス・キャロルは戻ってこれたとしても、戻り方までは書いていないのだ。
小柄なベルギー人紳士や、眠りながら事件の解説を始める元刑事に似た言い回しで解説を始めたが、目の前に並ぶ三人の女性には通じないようだ。ここは彼女たちが住む屋敷で海和玲は依頼を受けてやって来た何でも屋でしかない。
依頼は失踪したうさぎの捜索と同時して発生した怪奇現象の原因追求である。屋敷内の徹底した捜索によりうさぎは発見され物品の消失についても解決した。
「犯人はこの中にいます」
今度は頻繁に事件に巻き込まれる高校生が使いそうなセリフを使い、玄関口に置いてある巨大な壺を指差した。派手な鯉が描かれた子供の背丈はありそうな壺だ。ようやく三人のおしゃべりが止まり玲の元に視線が集まった。三人ではあるが全員同じ顔をしている。三つ子らしく同じ顔に黒く長い髪、服装に違いがなければ見分けはつかない。名前は綺斧(きよき)美琴(みこと)麗菊(れいぎく)というらしい。響きのよい名前だが何か不穏な引っかかりがある。
壺の蓋を開けるとシャツとベストを身に着けたウサギが飛び出してきた。壺から飛び出し、床に降り立ったうさぎは後ろ足で立ち上がり、歓声を上げる三人の元へ駆けていった。
「そのうさぎはこの数日間この壺の中で過ごしていたのでしょう。蓋は自分で開け閉めしていたに違いありません」
「茅ヶ崎さんです」麗菊が睨みつけてきた。
胸と背に菊が描かれたトレーナーを着ているため見分けがつく。他の二人もそれぞれ斧と琴が描かれたトレーナーを着ている。
「無くなったという靴や化粧品、酒や調度品、その他の物も茅ヶ崎さんが集めたのでしょう。この壺の中にあります。無くなったパンやお菓子なども同様です。中に包みが残っています」
三人に対し、茅ヶ崎は頷き、右前足を手のように振り、頭に当てる。そのしぐさはまるで鷹揚な中年男が中に入っているようだ。明らかにうさぎではない何かのように思える。茅ヶ崎に向かい説教を始めた綺斧、呆れた様子の美琴、ただ喜んでいる麗菊とうさぎの帰還に温度差はあるようだが違和感なく接しているようだ。
「すみません。どうにも気になるんですが……」
「何でしょうか?」綺斧が応じた。
「その茅ヶ崎さんはいったい何者なんですか」
「見ての通りうさぎです」美琴が答える。
三人とうさぎの視線が玲に集中する。
「そうでしょうか。まるで中に小さなおっさんが入っているように見えますが……」
「お気づきになりましたか」と綺斧。
美琴と麗菊が玲の背後に回った。
「このまま帰すわけにはいきませんね。説明する必要があるようですね」
連れていかれたのは地下牢ではなく、陽光がたっぷり差し込む応接間だった。目の前のテーブルにはスコーン、チョコフロランタン、アーモンドタルト、紅茶シフォンなどの洋菓子が並んでいる。山高帽を被った小柄な給仕が紅茶を入れて去っていくと奇妙なお茶会が始まった。並んだお菓子はどれもおいしいのだが雰囲気がどうにも厳しい。説明は始まらず三人はお菓子を薦める以外はうさぎの茅ヶ崎と共にじっとこちらを見つめているだけだ。
紅茶シフォンを食べている最中に綺斧が目の前に本を差し出してきた。表紙には「不思議の国のアリス」と書かれている。
「読まれたことはなくても名前ぐらいは知ってますよね?」
「有名な童話というのか児童文学で何度か映画にもなってるって程度なら……見たことはないですが」
「それで十分です。ルイス・キャロルという作家が即興で作ったとされていますが、実は異世界体験記なのです」
真剣な顔つきでこちらを見つめながらの言葉だったため玲は喉を詰まらせそうになった。しかし、穴だらけのシフォンケーキだったため事なきを得た。
「冗談だと思ってるのね。ここに茅ヶ崎という生きた証人がいるというのに、やっぱりあれを見せないとだめなのかも」
咳き込み涙目になっている玲は襟首を掴まれ、美琴に部屋から裏庭に連れ出した。庭の隅に穴が開いており、玲は穴の前まで連れていかれた。穴の中は暗く黒い靄に包まれたように少し先も見通せない。
「これが冒頭に出てくるうさぎの穴よ」と美琴。
「どうして日本にこれが?」
「世界のどこにでもできるから、それが今回はうちの裏にはできただけ。ここから茅ヶ崎が出てきて、さっきお茶を入れてくれた石清水がやって来たのもここからよ」
それならそちらの方が茅ヶ崎の失踪よりよほど奇妙で問題ではないか。
「石清水はここが気に入ったのか。よくやって来る。近くのカラオケボックスに行って一人で歌っているらしいの。あそこならどんなに歌を唄っても誰にも文句はいわれないから」美琴は笑い声をあげた。
玲はもう逆らうのはやめた。話が進み穴に入れと言われてはたまらない。ルイス・キャロルは戻ってこれたとしても、戻り方までは書いていないのだ。