第1話

文字数 2,219文字

 教育公務員の父、専業主婦の母、小学生の姉、幼児の私。この家族構成が故の遅めの時間の朝食の日曜日。オンタイムであればもうそろそろ「王様のブランチ」が始まる頃だ。しかし「王様のブランチ」のオープニングなど私は殆ど見たことがない。私たちはもっぱら「オンバト」だった。

 根っからのテレビっ子であった両親のもとに生まれた女児2名ももれなく純テレビっ子として育つ。そんな日曜まったりテレビっ子家族の朝は、録画していたNHKの「オンエアバトル」の視聴することがルーティンであったと今になって気づく。この番組はオンエアの枠を巡って芸人たちが正々堂々ネタで勝負するもので、審査は観客から集めたボールの総重量で行われていた。こちとらまだ園児だというのに、オンバト。おかあさんといっしょではなく、おかあさんといっしょにオンバト、なのであった。しかし実に懐かしい。観客席に張り巡らされているあのボールの道の映像や、オンエアされなかった芸人たちの哀愁満載のコメントのエンドロール。極めつけは最後に出演者全員がカメラに向かって指をさしながら放つ「あなたたちです!」というお決まりのフレーズ。頭の弱い若者風でいうと「エモい」なのかもしれない。
 お察しの通り、我が家のご飯のお供は録画したお笑い番組だった。(もちろんパンのお供も。)いつだってHDDはゴールデンからとんでもない深夜にやっているものまで、芸人の番組でパンパンであった。「メンB」を知っている同い年なんて一体何人いるだろう。日本中探して3人もいたら奇跡だと思う。「はねるのトビラ」も大好きだった。ほぼ100円ショップとかアブチェンジくらいまでは芸人好きの友人とノスタルジーを共有できるのに、私が一番好きだった深夜時代のキモイダーだけは望まないマイノリティと化す。学生になってからは、新書を読む朝読書の時間に、芸人が執筆した新書よりも明らかに大きなサイズの小説やエッセイをブックカバーで外見を隠しながらひそひそと読んだ。と、こんなちょっとしたアピールをしたいのではなく、今回は私の大きなルーツのひとつである、「芸人習慣」に感じることについて。

 芸人になりたいとは一度も思ったことがないものの、母乳に負けないくらいお笑いを沢山吸わせてもらって育ったためか「なんか面白い人」として生きたい欲は、正直、ある。まる子ちゃんでいう「はまじポジション」ではなくて、「野口さんポジション」だ。わかる人にはわかる、みたいな?とんでもなく生意気な素人だと今書きながら思う。

高校時代、私は地元の進学校へ通っていた。しかし、進学校の中では中の下だったので、学内ではほどよく馬鹿でもあったのだ。そんな私はめでたく「はまじ兼野口さんポジ」を手に入れた。野口さんのように私の備え付けの明るさを捨てる必要はなかったし、気の利いたチャチャを入れことも思う存分できた。自分でいうのもあれだが、なんせ打率が尋常ではなかった。おかげで友達も多い方であったと思う。

 しゃべくり倒した夢の3年は光の速さで過ぎ、卒業後私は体育大へ進学することになる。またイチから、しかも東京で、「はまじ野口ポジ」を築き直さなければならないのだ。緊張の初対面。クラスの親睦会を近くのモスバーガーで開催することになった。「高校生の名残か」というしょうもない突っ込みを飲み込んでしれっと参加、着席。クラスメイトはみんなお洒落をして、メイクもバチバチに仕上げていた。しかし、ポジション探りをしながら親睦会に臨んでいる者は私以外にも少なくなかった。その中に一人、大学や先輩の情報をべらべらとこれでもかというほど披露する者がいた。(後に犬猿の仲となる。)そのあまりの必死さと「どう?私すごない?」と言わんばかりの得意げさに思わず口に出してしまった。
「井上公造かよ」
抑えきれなかった。今思えば抑えきれなかった突っ込みがこれというのもどうかと思うが、今や母校となってしまったあの高校であれば、まあまあなウケは見込める安打だった。が、モスバーガーは「誰?」という疑問符で包まれた。ミスった。私の零れたツッコミは伝わることなく消えた。いや、消された。初対面のクラスメイトからしてみれば「知らん大人の名前を挙げてる知らんヤツ」でしかなかったのだ。あの有名なジャーナリストを一から説明するほどの余力はもうなく、冷めたポテトを食べるほかなかった。

 そこで私は思った。笑いを生んだり、受け取るのに必要なのは知識なのだ。勉強でも、エンタメでも、知識のジャンルは問わない。私の場合、その知識の多くを「芸人習慣」で得ていたのだが、見事私を「はまじ野口ポジ」に成り上がらせてくれた高校の友人だって、頭の良さだけじゃなくて、お笑いや本、ラジオ、本当にいろいろなコンテンツを楽しんでいた。(それこそ朝読書にちゃんと新書も読んでいた。)彼らは知識も言葉も心も非常に豊かだったのだ。今の時代に多くいる電子の薄い板にキラキラを投稿することばかり考えている人々とは少し違っていたと痛感している。

 私が幼いころから「芸人習慣」で目にする芸人たちは、一体どれほど心と頭が豊かなのだろう。芸人が生み出す世界と言葉に触れると、その溢れんばかりの知識とアイデアにいつも関心と少しばかりの嫉妬すらする。嗚呼、素晴らしき芸人たちよ。

 私はそんな愉快な知識人からのストレートな突っ込みを待っている。

「王様のブランチは土曜の番組や」


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み