なかなか朝の来ない生活

文字数 960文字

 いつも重力を感じている。
 身体が鈍く動く。
 考えがまとまらないまま、日付をまたいで、焦って、支度にはまだ時間がかかりそうだ。
 信号が青になるまで待つ。
 雨は冷たいが、暑さを感じる。
 傘をさしても裾が濡れる。
 朝食は摂るべきだ。
 地下鉄。
 自分以外の人間。
 このあいだ、地下鉄のなかで赤ん坊と赤ん坊が喃語で会話するのを見た。
 なにを話していたのだろう?
 カラフルで、少しずつ頑なな他人、まわりに座っているひとたちが、みなはじめ赤ん坊だったことを思うと、こころが穏やかになった。
 そんなことがあった。
 多くのことが少しの間こころへ留まり、また、より多くのことが流れ出ていく。
 仕事が終わる。
 夜。
 なんだか遠くへ行きたくなって、靴ずれのまま永く歩く。
 光と街。
 潮風。
 もっとずっと歩くはずだったのに、途中で諦めてしまう。
 帰り道はいつも惨めで、波に押し返されたような気分だ。
 コンビニに欲しいものは置いていない。
 シャワーが熱い。
 おそらく壊れている。
 吉行淳之介が訳したヘンリー・ミラーの「マドモアゼル・クロード」を読む。
 吉行淳之介が素晴らしいのか、ヘンリー・ミラーが素晴らしいのか、そんなことを考える。
 最近は重要でないことばかり考えている。
 素晴らしさを毎回解剖しなくていい。
 また日が傾く。
 洗濯や掃除をすると、いくらか回復する。
 母からの手紙を読み。
 野菜スープを作る。
 ハーブと、オレンジの皮を多めに入れたせいで、野草の味になる。
 ほんとうにハーブとオレンジのせいなのかはわからない。
 野草を食べたことはない。
 だいたい野菜と野草の違いも、実はよくわかっていない。
 昼寝から覚める。
 あまり着ていない明るい色のシャツを着て、出かける。
 日の光の眩しさ。
 近くの、ずっと行こうと思っていた店へ行く。
 大抵の物事は期待を下回る。
 描写に値しないことの方が多い。
 それに気づく。
 気づかないふりをする。
 繰り返す。
 帰りの夜風が心地いい。
 遠くで鳴る音。
 日々、おなじ軌道。
 おなじところを行ったり来たり。
 ぐるぐる。
 ぐるぐる。
 変えたくないことと、変えていきたいこと。
 曲げたくないことと、曲げざるを得ないこと。
 粘土をこねるような日々。
 きっと朝が来るはずだ。
 そう考えている。
 目覚めて、身体を起こして。
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