第十二話 秀俊の接触

文字数 2,594文字

 今日来るなんて聞いていない。それにこんな朝早くからなんの用があるというのだろうか。思わず仲間の方を見る。

「とりあえず私が出た方がいいかもしれないな」

 そう言って、彼女はインターホンで応答する。

「秀俊くんかい。仲間だがどうしたんだ」

「あれ? 八乙女さんは? 何かあったんですか?」

 仲間の応答を聞いて、画面に映る彼の顔が訝しげに曇る。

「いや。ちょうどお手洗いに行っていてな。見知った顔だったから私が出ただけだ」

「そっか。それなら良かった」

 仲間の言葉を聞いて笑顔を見せる。

「そうだ。ちょっと渡したいものがあるんで開けてくれますか?」

 その言葉に美友紀が渡してきた木箱を思い出して忌子の体に悪寒が走る。

「そうか。それは呪いに関するものなのか?」

 仲間は秀俊の要求に答えずインターホン越しに質問する。

「昨日、いろいろ気になって調べてみたんです。仲間さんとかは知っている情報かもしれないけど、何かの役に立つんじゃないかと思って。ただ今日から夏期講習で予備校に行くので先に渡しとこうと思って寄ったんですよね」

「そうなのか。だったら代わりに私が受け取って渡しておくよ」

「あっ! 内容も伝えられたんで、わざわざ取りに来なくても大丈夫ですよ。郵便受けに入れとくので見ておいてください」。

 画面の向こうで秀俊がリュックを下ろし中からクリアファイルを取り出して郵便受けに入れる。玄関からカタンと音が聞こえてきた。

「それと八乙女さんにもいきなり来てごめんねって伝えといてください。スマホで連絡できたら良かったんですけど彼女持ってないから」

「わかった。伝えておくよ」

「ありがとうございます。それと予備校が終わったら夕方にまた顔出すんで、それも伝えておいてください」

 そう言って秀俊は背を向けて去っていった。

「なんというか。えらい積極的だったな。普段の彼もあんな感じなのかい?」

 忌子は頭を振る。普段の秀俊の様子と比べると違和感を覚える。何かを積極的にやるというよりは、いつも美友紀や晴雄に振り回されたりしている印象の方が強い。だが突然の訪問をわびたり、仲間が応じたことで真っ先に忌子を心配する様、それはいつもの秀俊の印象と合致していた。

「とりあえず彼が調べてきたことっていうのを見てみるか」

「僕が取ってくるよ」

 楠本が立ち上がり、郵便受けからクリアファイルを持ち帰ってくる。そこには十枚ほどのコピー用紙に文字が書かれていた。

「どうやら呪いについてとか調べたことをまとめてくれているみたいだね」

 一枚目の紙を見ながら楠本が答える。

「特に変なものはなさそうだし、君が見た方がいろいろわかるんじゃないかな」

「そうか。見せてくれ」

 クリアファイルを受け取って、仲間が目を通し始める。ものの数分で目を通し終わって顔を上げた。

「前半は一般的に呪いについて調べたことがまとめられていたな。まあネットで調べた内容で、特に私にとって目新しいものではない。そして後半は龍奉神社についてまとめられていた。どちらも呪いを調べる手がかりになると思って私や君のために書かれていたよ。半日くらいで調べたにしてはよくまとまっていた」

「そうなんですか」

「君も見てみるといい。特に見ても問題ない内容だ」

 そう言って、クリアファイルを受け取る。忌子は中を取り出し読んでみた。呪いについての内容をかいつまんでみると次の通りだった。

 呪いは祝詞と語源的には同じで命令、宣言を含意する「宣る」に由来する。

 呪いは古代の言霊信仰に由来するものであり、日本においては死者によってなされる祟りとは区別されて生者によって行われるものという意味合いが強い。

 呪いは呪文や祈祷など言葉や儀式によって行われることが多い。さまざまな文化的背景によって具体的な呪いは異なる。神や悪魔などの超常的存在の力を借りたり、自身の霊能力によって行使されると考えられていた。

 日本の呪いでは丑の刻参りが有名である。嫉妬心にさいなむ女性が白装束と一本下駄をまとい胸に鏡を下げた出で立ちとなり、顔に白粉と濃い口紅、お歯黒を塗る。頭に鉄輪を逆さにかぶり、その足にろうそくを刺す。そして午前一時から三時頃の丑の刻に神社の御神木に憎い相手に見立てた藁人形を釘で打ちつけるというのが典型である。

 以降は各国の呪いの儀式が書かれていた。一方、龍奉神社については龍神を祀った神社であるなど忌子にとって目新しい情報はない。そして最後の一文に忌子は心打たれた。

「人を呪う人の方がおかしいんだから八乙女さんも気に病まないでね。僕に何かできることがあったらなんでも手伝うから遠慮なく言って」

 秀俊が送ってきた内容はよくまとめられていた。少なくともなにも知らなかった頃よりも知識が整理された。

「これを見る限り、彼は敵じゃないと思うんだけど」

 楠本がぽつりとつぶやく。その言葉を聞いて、忌子もうなずいた。手紙には彼に近づくなと書いてある。これだけを見たら秀俊が何か悪いことをしているような印象を受ける。しかし、この資料を見るとわざわざ自分のために時間を割いて協力してくれた彼の姿が目に浮かぶ。その姿を思い起こすと秀俊は味方にしか思えない。

「私もそう信じたい気持ちはやまやまだ。ただ何か起きてからでは遅い。せめてこの手紙の差出人がわかればいいんだが」

 仲間が顎に手を当てて考える。

「まあここでうじうじ考えたって仕方ない。そもそも今日は神社を調べる予定だ。そこで何か手がかりが見つかるかもしれないしな」

 そろそろ神社に顔を出さないと父様にも怪しまれてしまう。そう思い立ち上がると仲間がこちらを制した。

「昨日のことがあったんだ。神社でまた君に危害を与えるものがいるかもしれない。家にいた方が安全だ」

「でも」

 そんな場所にふたりを向かわせることが心苦しい。

「大丈夫。昨日キコくんと会う前はなにも起きなかった。私たちだけの方が調査もスムーズだろう」

「わかりました。お父様にもまだ体調が優れないからここで休む旨を伝えておきます」

 昨日は良くなってきたと言ったのに嘘をつくのはつらいが、呪いのせいだと思うことにした。玄関でふたりを見送り、忌子は離れで日中を過ごした。

 夕方になり彼らは戻ってきたが、調査はむなしくその日はなにも見つからなかったそうだ。そして夕方に顔を出すと言っていた秀俊は夜まで待っても顔を出すことがなかった。
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