世界に色がなかったある女の話

文字数 904文字

無色彩の世界が、今の私の全てだ。
見える景色は色褪せている。まるで遠い昔の写真を見ているかのよう。義弟が見せてくる綺麗な写真も、私がいまみている景色も、全て全て色がない。
だからだろうか、自分が今息をして、此処に立って、歩いて、そうやって人生を送っている。そんな自覚が、薄い。
そうだ。常に私は私ではなく、他人であった。

ある時、1人の男と出逢った。へらへらとした笑顔を浮かべた、軽くて緩そうな男。
彼は私を見て、目を見開く。誰よりも小さく、日本人の顔立ちとは違う私を見て、驚いたのだろう。きっと舐めてかかるような態度を取られるのだろうな、と卑屈に考えていたが、彼はにこりと人好きのする笑顔を浮かべた。
よろしゅうお願いいたします、そう関西訛りの口調で、私を見て、手を差し伸べる。
……その瞳は、綺麗な琥珀色だった。

彼の行動は、表情は、笑顔は、私のどこかささくれだった所を刺激し、心を所在なさげに動き回らせる。何かがフラッシュバックする。その何かは、私の大切な人のように思う。フラッシュバックする度に、愛おしい気持ちと同時に引き裂かれるような痛みが心に刻まれる。
彼のいる世界はきっと鮮やかだ。無色彩だった、そうとしか見えなかった世界が、何故か彼の周りだけ色付いて見えた。
次第に広がる色に、世界はこんなにも綺麗だったのかと、チープな感想が出てしまう。だが、これは確かに感動だった。
まるで恋みたいだ。私は知らないが、世界が薔薇色になる、と聞いたことがある。彼と出逢って、仲良くなって、私の世界は実際彩られた。

もしかして、私は彼に、恋をしている?

そんなわけが無い、嘲笑した。
彼は似ているだけなのだ。私の記憶の中に潜む、唯一の色付いた人と。大切な人と。
彼と一緒にいる度に、失った私がぽろぽろとこぼれ落ちる。この私の断片をかき集めれば、きっとこの心のさざ波も、私自身も、理解出来るのではないだろうか。
嗚呼、でも恋と言うならば、きっと楽なんだろうな。説明もつくし、一緒にずっと居ることが出来る。
彼の近くだけが、私が唯一息が出来る場所なのだから、色彩をもつ場所なのだから。
どうか、誰も、奪わないで。
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