うちの両親は一味違っていた。

文字数 1,376文字

ある書籍をきっかけに新しい概念が馴染む、ということが、世の中でしばしば起きる。
その一つに「男脳・女脳」と呼ばれるカテゴライズが存在する。
書籍のタイトルをお借りして簡単にまとめれば、男性の脳は相手の話を聞くことが難しく、女性の脳は地図を読むことが難しい、ということだった。

書籍を手にした母は言った。
「うち、これ逆じゃないかな」

母は地図が読める。
始めての場所に行く時も、正しい地図があれば大抵目的地へたどり着ける。
カーナビ装備の車になる前は、「かーちゃんナビ」と自称していた。(昭和の人なので)
ただし、道を覚えるのは苦手だ。
半年ごとに通る道をふっと間違えて慌てたり、地元の大きい商業施設であらぬ方向へ歩き出したりする。
初めての場所には間違いなく行けるのに、何度も行ったはずの場所で迷ってしまう。

対して、父は地図が苦手だ。
両親曰く、都会へ出かけるたびに父が迷子になるのが定番だったらしい。
地図上の現在位置を把握することが難しく、自分がどこにいて、どちらに向かうのかがわからなくなる、と言っていた。
しかし、父は通った道を覚えることができる。
通いなれるための時間は必要だが、覚えた道は間違いなく走ることができる。
それがいくつもの県をまたいで行く道でも。
初めての場所には行けないけれど、何度も行った場所へは必ずたどり着ける。

ここが夫婦のバランスの面白いところで、得手不得手を完全に補い合っているのである。
こどもたちの間では特徴が割れており、両方を備えた者、片方だけの者、どちらもなかったいわゆる方向音痴に分かれている。
まあ、七人もいれば多様にもなるだろう。

ちなみに、私は両方とも受け継いでいるタイプだった。
そして、夫は見事な方向音痴である。
これもまた夫婦の妙であろう。

そして、父は話が聞ける。
相手の気持ちに寄り添い、腰を据えて話を聞く。
必要でない限り、結論を急ぐことはしない。
ただし、忘れる機能が特化しているため、話したことを忘れていることも多々ある。
その分、相談する側は胸の内を明かすことができる。

母は、話を最後まで聞くことが苦手だ。
頭の回転が速すぎるので、聞いた情報と自分の知識を照らし合わせ、最短のルートで解決しようとする。
それによって困りごとから解放されることが多々あるが、「ただ話を聞いてほしい」タイプの人物とはすこぶる相性が悪い。
しかも、記憶力も恐ろしく良いので、遥か昔の話まで引っ張り出されてしまう。

このため、父には「話を聞いてほしい」人が、母には「問題を解決したい」人がよく相談に訪れていた。
男女の立ち位置が逆なのである。
しかし、確実にバランスはとれている。

お互いの能力を活用して、両親がたくさんの人の困りごとを解消してきたことを知っている。
近所の人も、こどもの友人とその親も、たまたまスーパーで出会った人まで、縁あって関わったたくさんの人を助けてきたことを知っている。

よくある男女の感覚とは違っていても、夫婦でバランスをとることができると、両親は教えてくれた。

年齢を重ねた今、二人とも以前よりほんの少しだけペースダウンしている。
記憶力が良すぎてストレスを抱えていた母も、「忘れるようになってきた」と笑っている。
父が忘れるのは今に始まったことではないので、本人も家族もあまり気にしていない。

世間一般とは一味違う両親が、今日も仲良く食卓を囲んでいる。


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