レオナルド

文字数 2,049文字

 病室で眠るレオナルドは、私が来ると必ず目を覚ました。12歳のその幼い姿が、私の心を何故か締め付けた。青く、透明に輝くその瞳で私の姿を捉える。私は彼のベッドの脇に置かれた椅子に座った。
 レオナルドは布団の中でうずくまりながら私に聞く。
「何しにきたの」
 私は彼の枕元に花束を置き、彼の金色の髪を撫でて言った。
「あなたを確かめにきた」
「どうして」
「あなたが死んでいないか、この目で確かめたかったの」
 白いベッドに横たわるその少年は、私を警戒している様子はなかった。ここには何度か来たことがあるし、彼とはそのたび言葉を交わしていた。今日のレオナルドはいつもと違って、顔が赤く、顔から発汗していた。
「熱があるの?」
「いや」
「じゃあどうして汗をかいてるの?」
「わからないよ」
 彼はそう言って、掛け布団を腰元までずらした。腕や首筋にも汗をかいていることがわかる。
「熱い」
「でしょうね」
「僕、病気なのかな?」
「あなたは病気じゃない。でもなんて言ったらいいのか…今でも生きてることが奇跡みたい」
「言ってることがわからない」
 レオナルドは眉間に皺を作り、私を怪訝そうに見た。私はその少年になんと言葉をかけていいかがわからず、口を閉ざしてしまう。
 レオナルドは聞いた。
「いまさら聞くけど、あなたは誰なの?」
「私はジェシー。あなたがよく知ってるはずだけど」
「…わからないな。変だな」
「今はそれでいい。あなたは記憶が途切れ途切れになってる」
 レオナルドはまだ何か聞きたげだったが、言葉を発するより黙っていた方がいい、そういった感じで黙ってしまった。
 後ろでは心配そうに私たちを見守る看護師がいる。心配しないでいいと告げたが、彼女たちの視線を背中で感じる。
「どうして僕はここに?」
 レオナルドは私にそう聞いた。私は彼に顔を近づけ、しっかりと目を合わせる。
「よく聞いて。あなたは驚くほど特別な力を持っている。それはあなたを守る特別なもので、誰もがそれを欲しがってる」
「…どういうこと?」
「つまり、あなたを離したくないってこと。たとえあなたが抵抗しようと」
「…??」
 レオナルドは私がそう言うと、ハッとしたように布団から手を取り出した。その手に手錠が繋がれていることに気がつき、レオナルドは声をあげた。「ウソだ!!」
 私はレオナルドを落ち着かせようと、彼の肩をさする。レオナルドは取り乱したように声を上げ、私に訊ねた。
「ひどいよ!」
「違うの。これは…」
「こんなの嫌だ!!」
 私は後ろで見ている看護師たちに、部屋から出ていくよう頼んだ。彼女たちはそそくさと病室を出ていく。ようやくレオナルドと二人になれた。
 私は彼の肩を掴んだまま聞いてみる。
「いい? 私はあなたをここから連れ出したいと思ってる。誰にもあなたを奪わせない」
「なんでこんなことに?」
「落ち着いて。レオナルド」
 私は泣き出しそうになる彼を抱き抱え、後頭部をさすった。レオナルドは「ねえ、ねえ」と聞き続ける。私はそんな彼に小さな声で質問をする。
「今、頭の中にどんな光景が浮かんでる? 言ってみて」
「どうして?」
「いいから、言ってみて」
 レオナルドは私に抱きしめられたまま深呼吸をし、間をおいて言った。
「頭の中に…虹色の竜巻が渦巻いてる。それが何個もあって、頭の中をグチャグチャにしてる」
「…そう。大丈夫よ」
 私はもう一度彼の頭をさすり、「その目で見てみて」と、病室のカーテンを開けた。
 外には巨大な虹色の竜巻がいくつも渦巻いており、遠くの街を飲み込んでいた。人や人家を飲み込み、そのまま上空に投げ出している様子が見えた。そのたびに空は紫や緑色に瞬き、再び新たな竜巻を作り上げた。
 街は崩壊しかけていて、もうすぐでこのあたりにも竜巻がやってきそうだった。そうなると地面ごと吸い上げられ、跡形もなくなってしまう。
 レオナルドは窓の外を見て目を丸くしていた。
「あなたの脳内で起きていることが、現実にそのまま起きている。あなたはそういう能力がある」
「そんな…」
「それは頭に血が昇ったときだけ起きるの。あなたはさっき凄く怒っていて、それからこんなことになってしまった」
「怒ってたの?」
「あなたはまだ高ぶっているはず。お願い、気を沈めてほしい」
 レオナルドを怒らせると災いが起きる、昔からそう言い伝えられていた。それは本当のことで、彼の機嫌を損ねないように誰もが必死だった。しかし、数時間前に町の不良が彼の財布を横取りし、彼を数年ぶりに怒らせてしまった。巨大な竜巻が彼らを飲み込み、そのまま上空に投げやってしまった。
 レオナルドはその際に膨大なエネルギーを使うらしく、その小さな体に抱えきれずに倒れてしまう。そのときに、自分が今したことの記憶も消えてしまうのだ。ときに、それは今までの重大な記憶も。
 レオナルドは泣き出しそうな声で言った。
「どうすればいいの?」
 私は目を閉じ、彼とおでこを合わせる。
「落ち着いて、心を沈ませて」
「……あなたは、誰なの」
「あなたの姉。あなたは私の弟」
 













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