国民の大半が脳改造された犯罪無き社会

文字数 1,149文字

「ええっと、『そちら』では……いや、『こちら』なのかな?」
 私が裁判長をやる事になった裁判で、参考人として弁護人に招かれた「外」の法学者は、のっけから混乱しているようだった。
「何故、『そちら』とか『こちら』などと云う曖昧な言い方をするのかね?」
「貴方達の自称である『真の日本』は我々からすると『政治的に不適切』な呼び方で、我々の呼称である『テロリスト封じ込め地域』は貴方達からすると『政治的に不適切』な呼び方ですので……」
 あまりに大きな社会変化と思想の分断のせいで、日本は全く違う「常識」を持つ2つの「日本」に分裂してしまった。この「真の日本」と、彼がやって来た「外」とに。
 そして「下層臣民脳改造制度」により、一部の知的階級を除いては自由意志を剥奪される、と云う極めて効率的で理性的で現実主義的な社会となったこの「真の日本」では有り得ない事が起きてしまった。
 下層臣民の男が、政治家の娘を「傷物」にしてしまったのだ。
 しかも、その娘は、近々、他の政治家の息子と結婚する事になっていた。
 当然ながら、被害者とその婚約者の父親は「加害者を極刑にしろ」と要求している。
 もちろん、この「真の日本」では三権分立などと云う非効率な制度は無くなりつつ有るが問題が2つ有った。
 1つは、効率的な筈のこの「真の日本」で、刑事司法に関する法改正が間に合っておらず、刑事裁判などと云う非効率な……あ、待て、マズい、刑事裁判が不要になったら、私達、裁判官は失業し下層臣民として脳改造対象になってしまう。
 もう1つの問題は……何故、脳改造されている筈の下層臣民に犯罪が可能だったのか? と云う事だった。

「こちらと我々の地域では法律は大きく異なっていますが……法律の前提のいくつかは共有されていると思います」
 「外」の法学者は、そう説明した。
「まぁ、そうだろうな」
「そして、被告人が問題となる行為を行なった理由は……」
「おいおい、『真の日本』では『ポリティカル・コレクトネス』など気にする必要は……」
「いえ、私は、被告人が行なった行為は犯罪ではないと主張したいのですが、その場合、何と呼べば良いか判らないので……」
「はぁ?」
「こちらの科学者の間では、被告人が問題の行為を行なった原因は脳改造の技術的問題点のためだ、と云う説が有力なようですが……」
「そうだが……えっと……」
「この場合、技術的問題が有る脳改造を行なわれている被告人は故意犯罪の前提となっている故意……つまり自由意志を持っているのでしょうか?」
「あ……」
「こちらの刑法を調べてみましたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」
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