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文字数 1,507文字

「Ti amo di più, ti amo fino in fondo(もっと愛して、奥まで愛して)」

 舞台の上で泣きながら主人公の男に言う女はとても綺麗だった。悲劇の女を演じるなら彼女が1番だと俺は思っている。……俺だけかもしれない。

 誰も居ない舞台の上に立つ彼女は、何も演じていないはずなのにオーラがあって、新人が入るたびに数ヶ月話しかけられないのだ。今回も新人の代わりに「そろそろ出ないと怒られるぞ」と声をかけると、「少し話したい」と言われた。新人に事情を話し舞台から消えてもらう。

「貴方はいつも私を泣かせるのね」
「笑顔より泣き顔のほうがきみの魅力を引き立てると思うんだ。実際、ここ1年他の劇団のゲストとして参加することが増えてきただろう?」

 彼女はこの劇団の主力メンバーの1人だ。彼女の人気が出ればこの劇団の株も上がる。実際、今日の劇場のキャパを1年前は埋められなかっただろう。彼女の努力のおかげだ。

「確かに増えたわ、でも、いつも同じような役なの。貴方の脚本なら泣く役だとしてもバリエーションがあるのに、他の劇団では私の役は最後に殺される悪女ばっかり! 今日は所々台詞にイタリア語が混ざっていて面白かったわ」
「ありがとう。脚本家冥利に尽きるよ」
「この劇団を卒業しようと思ったの。でも、このままじゃ私が路頭に迷ってしまうわ」

 しおれた花のような彼女をそのままにしておく訳にはいかない。でも、彼女を活かしきれる劇団を知っているかと言われたら「ない」と断言できてしまう。

「ねえ、劇団をもう1つつくれない?」

 「良いことを閃いた!」というような顔をしているが、これは裏方の大変さを知らないから言えるんだろうな。否定はせずに説明を求める。

「私とか初期メンバーが居続けたら折角の若手が育たないと思わない? 1年前に入ったあの子、ショートカットで小さい……あぁもう、名前忘れちゃったけど、あの子の実力なら私の役はできると思うの。今日は正直セリフ3つくらいの訳でしょ? 勿体ないわ」

 彼女が言ってることはおおかた事実だ。彼女が名前を思い出せなかった女性はここに来る前まで地元の劇団に所属していて、かなり大きな役もやっていたらしい。裏方にも客にも分け隔てなく接するくらい性格も良いし、寝る間を惜しんでアルバイトや練習をしていて根性もある。彼女含む主力メンバーが居なければ主役級の役だろう。

 どうして起用しないかって? 主力メンバーを良い役で出さないと古参客からクレームが来るからだ。

「ねえ、駄目かしら? 主力メンバー全員とは言わないから半分くらい移籍させて、新しい劇団をつくりましょう。最初は過去上演したものをもう1回やればいいわ。衣装も再利用しましょう? 落ち着いてから新作をやればいい」
「他のメンバーにも話してみよう。確かに、この劇団の代表は便宜上俺だ。でも、俺の一声で全てを動かせないし、動かせたとしてもそんなことしたくない」
「そうね、明日の稽古の時に話しましょう。急にごめんなさいね、おやすみなさい」

 幕が上がっている時にはあまり見せない笑顔で、俺が入ってきた方とは反対袖から出ていく彼女。翻弄されている、彼女の魅力に転がされっぱなしだ。溜息を1つついて彼女が立っていたバミリの上に立つ。

 もう1つ劇団を作るなんて熱量、今の俺にあるかな。さっきはかっこつけてあんなことを言ったが、拒否権はないだろう。つくらないことになれば彼女はまた先ほどのような見ていられない状態になる。放置して枯れてしまっては困る。

「Sono tuo(俺はきみのもの)」

 家に帰ったら創設メンバーに個々連絡しよう。彼女のために、今できることを。
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