オーライおじさん

文字数 1,275文字

 皆さんにとって「仕事」とは何ですか?お金が発生する業務のことですか?そんなこと言ったら「育児も家事も仕事だ」なんて専業主婦の方々に怒られてしまいますね。
 人の為に何かをすることですか?動物の為に働いている方もたくさんいらっしゃいます。
 未来の地球の為、環境の為、将又(はたまた)宇宙の為。Aの為にBを働かす方もいれば、Aの為にAを働かす方もいますね。子供の頃は「遊ぶのが仕事だ」なんて言われたなあ。
 僕はそんな世の中を見て思ったことがあります。お金の発生しない仕事とは皆一様に自己満足だと言うこと。
「あいつの為に」とか「こいつの為に」と口では言っていても、結局は己が会心(かいしん)したいだけ。満足するから。
 でもその本望こそが、きっと今日も誰かを癒し救っているのです。


「オーライッ!オーーライ!」
‘オーライおじさん’とまであだ名がついたそのおじさんは、今日も信号も付いていない小さな交差点で頼まれてもいない整備をする。
「そこの坊主!左右確認せずに渡ったら危ないだろうが!横断歩道を渡る時は右、左、ちゃんと確認しろぉ!」
 口調は荒いし居なくても支障はない。というかむしろ居ない方が平和な気もする。
「そこのサラリーマン!走るなボケェ!轢かれたらどうする!」
 中学生の僕は、オーライおじさんを横目に今日もその道を避けて駅に向かう。


 オーライおじさんは根気強い。僕が会社員になった今でも変わらずに役目に就く。
「こらー!歩行者が見えんのか!そんなスピードを出してどうする馬鹿者がぁあ!!」
 名も知れぬ運転手にも全力だ。

 おじさんの白髪は増えた。おそらく70の歳を過ぎた頃から一気に。噂好きの母が眉を下げながら帰ってきたのはちょうどその頃。
「どうもあのおじさん、奥さん他界しちゃったらしいわよ。嫌ねえ、家に帰る理由がないならもっとあの交差点に居座るじゃない、勘弁してほしいわあ。」
 僕はその時、オーライおじさんの事をすごいと思った。だって、僕の視界に入るおじさんは毎日一生懸命に声を張っていて、一生懸命事故を防いでいて、妻を亡くした悲しみなんて感じさせなかったから。

 僕はその日を境にその交差点を敢えて通るようにした。ううん。敢えて通らなかったその道を元通り選んだだけだ。

「おじさん、おはようございます。」
 ついでに挨拶もするようになった。
「おはよう若者。今日も朝早くから仕事か?」
「はい、おじさんも朝からお勤めご苦労様です。」
 僕がそう言うと、おじさんは決まって鼻の下を掻きながらこう言い放つ。
「お前達みたいな未来を(にな)う者が事故に遭ったら日本が大変だからな。そのかわりお前が仕事を引退したらこの場所に就くんだぞ。ここは交通量が多いくせに信号が無い。誰か1人でも逝っちまってからでは遅いからな。」
 10代の頃には知り得なかったおじさんの優しさが胸に沁みる。
「はい。おじさんも、長生きして下さいね。」
「俺は嫁みたいに病気になんてならん。」
 ふんっと未だに淋しさを見せるオーライおじさんに毎日話しかけてあげるのは、僕が満足するから。
「お爺さんの歳になったら、健康でいるのも仕事ですよ。」
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