Gatcha

文字数 964文字

 派手じゃない眼鏡と帽子で正体を隠し、新幹線に乗り込む。機材は先に運んでいる。持っているのは最低限の着替えだけ。これから1泊2日の弾丸仕事。地方行脚だ。地方と言っても交通の便はよくなった。だけど、近年僕以外の同業者も頭を抱えることがある。
「…………」
 見られている。スマホのカメラの音をオフにする機能はずいぶん前に浸透した。――前に座っている女性2名。少しイスを倒すくらいだったらよかったが、その隙間から僕らを盗撮している。
 一体何のためにそんなことをするんだ。「僕らと遭遇した」という自慢がしたいのだろう。なぜそのような自慢をしたいのだろうか。くだらない。芸能人に会うことがそんなにすごいこと? 僕らはたまったもんじゃない。ただでさえナーバスな本番前。他人の目を気にせずに移動中くらいは寝たい。なのに、ファンーーいや、こんなことをする人間はファンでもないのだけど――がいたら、眠るに眠れない。何をされるかわかったものではないから。
 新幹線はいつもこんな感じだ。最近は乗る座席を推測して、前や横の席に予約を入れてくるからたちが悪すぎるとしか言いようがない。僕らは無言のカメラにただただ耐えるだけ。怒るに怒れない。変に声を掛けたら、「僕らに声をかけられた!」と自慢するだろう。厄介でしかない。こんな輩は地獄に落ちてほしい。……地獄に。そう念じながら、僕は目を閉じて、数時間の車内をやりすごした。
 駅の裏口を通って、車に乗り会場に到着すると、そこにはすでに多数のファン。出待ちをやりすごすと開園時間まで控室で今日のゲストたちの様子を見る。隠しカメラがいくつかあるのだ。
 あ、さっきの新幹線の。……僕はスマホを簡単に操作すると、画面を伏せる。

「……すみません、入場列から外れてくれますか?」

 今、彼女らはスタッフたちにそう声をかけられていることだろう。彼女たちの電子チケットは無効化した。それどころか「特定興行チケット」である今回の僕らのライブを「譲渡されたもの」にした。
 ざまぁねぇな。そっちがその気だったら、こっちだって非合法な手を使うに決まっている。もう君らは僕らのライブには来られない。それどころかしばらくの間は刑務所だろうな。
 ライブ会場というユートピアに入れるのは、品行方正な人間だけでいい。

 君らは鈍感になりすぎたんだ。
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