文化祭

文字数 1,194文字

 ブルーライトに晒された指先が熱い。
 硬化熱が引いていくのを感じ、ほっと息をついた。
 ライトを消して、爪に乗せたジェルネイルに軽く筆を当てる。筆先がさらりと爪の上を滑った。ベタつくことなくきれいに硬化している。小さな達成感が胸に満ちた。

 ぷっくりとしたあめ玉を思わせる仕上がりになるジェルネイル。これを知ったのは大学生の頃。
 入学した頃、同級生はみんなおしゃれで、輝いて見えた。
 受験勉強以外する余裕のなかった私が集団生活に混ざるために、選んだのが爪を飾ること。
 メイクには抵抗があった。
 口紅が落ちてないかと鏡を見て確認する事が自意識過剰だと笑われる気がするから。
 選んだ、というよりは、道具を使わなくても確認できるのがネイルだったという消去法だったようにも思う。

 私は記憶をたどりながらノートパソコンを開く。

 "幸恵、覚えてる?"

 パソコンキーボードの上に置かれた爪を見る。
 先ほど完成させたばかりの爪がつるりと光った。
 コスモス色に薄く栗色を重ねて作ったオリジナルの秋色。
 つやつやと厚みのある爪は見る角度によって微妙に色彩を変化させ、黄味を帯びた室内灯の下ではより一層温かみを増す。

 "私たちが親友になるきっかけになった文化祭のこと"
 私は文章を書きながら思い出していく。

 私はクレープ屋の会計係で、幸恵は彼氏と来ていた。
 750円に対して1000円を支払った幸恵の彼氏が250円のお釣りは少なすぎるのではないか?と言いだした。
 言われた意味が理解できずに固まる私をどう勘違いしたのか。
「1000-700の時点で300だろ?」とまくし立てられる。
 苛立ちを滲ませた男の人の物言いが私の体を強ばらせる。

「はいはい。300引く50は?」
 彼氏の肩に手を置いた幸恵が宥めてくれた。彼氏はハッと目を見開いたあと、私に謝罪したのだった。
「彼、ちょっと寝不足でね。ごめんね」

 幸恵が両手を合わせた。
 いつの間にかエプロンの裾を握りしめていた私は、その力を緩める。
 幸恵がそれに気づいて言う。

 "ネイル、好きな色だ、って言ってくれたよね。"

 その時から、ずっと。
 私はキーボードから手を離し、10本の爪を見る。そして、キーボードに乗せる。

 "にっこり微笑んだ幸恵が眩しくて。大好きになったんだ。"
 私は、手を止めて悩んだ。これをこのまま伝えてしまってもいいのじゃないかと思う。伝えたところで、真意までは伝わらないだろう、と。
 だけど、書き換えた。

 "にっこり微笑む幸恵を見て、穏やかで優しそうな人だと思ったんだよ"

 違う。要らない、要らない。
 私は首を振って綴った言葉を全て消す。

 週末には幸恵の挙式。
 あの文化祭で隣にいた彼氏は旦那になれるらしい。

 幼い独占欲は要らない。

 明日のブーケトスを幸恵は、私に向かって投げてくれる。
「家族ぐるみで仲良くしたいね」
 そういう未来を私は生きるのだから。
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