第1話

文字数 1,615文字

「起きて」
 頬に触れる冷たい手が離れていった直後、勢いを増して頬に触れた、否、ぶつかった。目を覚ますとそこには見慣れた幼馴染がいる。
「おはよう」
 金髪の少女・セレンはばつが悪そうに呑気な挨拶をする少年・アルスを濃いブルーの瞳で一瞥した。
「レーラの儀式、遅れちゃうよ」
 怒っているわけではないらしい。今日はセレンとアルス、もう1人の幼馴染の大切な儀式がある。その幼馴染はこの国で唯一王位継承権を持つ王子だった。そして今日の儀式は王子を次期王として国やこの地を守るといわれている精霊たちに、国や民の安寧を宣誓するものらしかった。
 小さい頃から一緒だった。名をレーラという。気難しい性格で年齢の割りに落ち着いていた。アルスは彼の替え玉として地方から連れてこられたのだった。
「それは…まずいな」
 セレンに腕を引かれた。衣食住を保障されのうのうと生きていたが、これからは毎日が命懸けになるかも知れない。セレンの握る手がわずかに強まって、アルスは苦笑した。
「風邪ひくから、ああいう所で寝ないで」
 叱責というよりは懇願に近い口調でセレンは歩きながら言った。
「空が綺麗だったからさ」
 アルスは寝ていたのは噴水のある広場のベンチだった。日光に照らされた腰まで届く暗赤色の髪を掻く。両側に混じる黒髪を青いリボンで結っている。この青いリボンはセレンも持っている。2人の大切な物だった。
 半ば連行されるように引かれていたがアルスは突然立ち止まる。重くなる感覚にセレンが振り返った。どうしたの、とセレンが問う前にどこかへ視線を向けたアルスの口が動いた。
「リボン、落としましたよ」
 セレンはアルスの視線の先を追う。人混みの中にいる、小柄な少女がいた。柄の多く入ったフードが髪から滑り落ちる。桃色を帯びた暗い色の髪をしていた。
「ありがとうございます」
 アルスの手の中にある黒い布が少女の手に渡った。少女はアルスから隣にいたセレンへ目をやると軽く頭を下げた。
「なぁ」
 またどこかへ視線を、少女が去っていった方向を見つめるアルスをセレンは見ていた。
「レーラが王になったら、もうこうして城下町を歩き回れないんだよな」
 通り過ぎる城下町は賑わっていた。食事処から美味そうな匂いが漂っている。アルスは空を見上げていた。アルスやレーラの住まう城がある王都を囲う要塞。その頂が見える。行き交う人々の邪魔になっていた。
「アルス、わたしは、」
 何か言おうとしたが、セレンの言葉は喧騒に掻き消えた。アルスが行こうか、と言った。
 国の行事にはレーラがいるため、概ねアルスも参加していた。だが会話が出来る状況ではない。接近することもない。同じ城に暮らしていたが巨大な城では階層も生活圏も違っていた。レーラの儀式が行われる都立の教会まではもう少しだ。セレンはもうアルスに腕を引かなくなっていた。むしろ、アルスがセレンの前を歩いている。土地の高低が激しく、王都内は階段や坂が多い。栄えた城下町は緩やかだが高級住宅街でもない平民たちの住宅地や田園は整備されていない。都立教会は低い土地の、要塞近くにあるため日当たりが悪く、印象は良くなかった。だが人民の多くが使える施設を立てるため已む無し、と美談になっている。
 アルスとセレンは都立教会入口の裏へ回った。アルスとセレンはレーラの幼馴染であるため来賓席が設けられているということだった。
「アルス様とセレン様でございますね」
 入った瞬間に声がかかる。城で世話係をしているロテスという少女だ。大きな目を輝かせて2人を見上げる。セレンが頷いた。
 2人は来賓席へ案内される。教会は日光が入りづらいのもあり暗かった。照明も落とされ、暗幕が窓には貼られている。居心地の悪そうなセレンの席には「太陽神の子」と紹介された札があった。城の者の手違いだろう。レーラがこのような間違いをするはずがないのだから。始まりの合図が聞こえるとアルスもセレンも姿勢を正した。
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登場人物紹介

アルス・セル。17歳。幼馴染のセレンに淡い想いを寄せるが、彼女の婚約者を誤って殺害してしまったためにぎくしゃくしている。王子の替え玉として城に住まう。鶏卵・チーズは食べるタイプのヴィーガンの傾向がある。動物と意思疎通ができる。

レーラ・E・フェメスタリア(左)。19歳。王族の血縁外の王位継承者。背中に王家の紋を刻まれている。王位継承の儀式に失敗したこと、アルスに対して自身の替え玉としての人生を与えてしまったことなど負い目がある。風の精霊に金魚・人魚の姿にされたりなどする。

セレン・メデュー。17歳。太陽の神子だが、その重圧に耐えきれず任務を破棄する。婚約者がいるが幼馴染・アルスに誤って殺害された。アルスに対して過干渉な面がある。感情が高ぶると天候を左右してしまう。

オール・セルーティア(右)。外見16歳くらい。長寿の人造人間。昏睡状態の王子を救うため記憶を代償に強大な魔力を使った結果、別の人格が目覚めてしまう。元は冴えない風貌の王直属の医者の息子。

ミーサ(左)。外見14歳くらい。既婚者の寡婦。組合に属さない下級召喚士。義勇兵として戦死した夫とは偽装結婚。クリスタルアレルギーのため人工クリスタルを介して魔術を使うと結晶化する。オールの元患者。

ゼノビウズ。故人(?)。オールの前身時代の学友。触れてはいけないテーマで論文を書いたため圧力がかかる。実験台にされ最期は結晶化し粉砕された。

エヴァリー・セルーティア。オールの前身。王直属の医者・レムニアの一人息子。敬虔な宗教家。王立の学園で疎まれるがゼノビウズに誘われ研究に没頭。人造人間オールの素体となる。

リーザ。セレンの元婚約者。王家を守る将軍たちに狙われていた。毒を仕込まれ幻覚をみているアルスに刺殺される。青い腰巻はアルスとセレンの形見になっている。

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