続 御屁様

文字数 3,890文字

  場所・時間:リビング・ダイニングルーム。日曜の午後。


  

  夫婦、ソファで(くつろ)いでいる。

  ソファの前にテレビがあり、二人は見るともなしに見ている。


  息子、同じ部屋にあるテーブルで、スマホゲームに熱中。

  午後3時の時報が鳴り、テレビでニュースが始まる。

  

(アナウンサーの声)

昨日の地震では、広範囲にわたってエレベーターが停止し、乗客が閉じ込められる事態が相次ぎました。


ほとんどは数時間のうちに復旧し、けが人も出ませんでした。


ただ、港区○○○の高層複合ビル「イッポンギ・ヘルズ」17階のエレベーター内で、男性が心肺停止の状態で倒れているのを、駆け付けたエレベーター会社の社員が見つけました。


救急搬送されましたが、病院で死亡が確認されました――。

あれ?

イッポンギ・ヘルズって、昨日、平太郎(へいたろう)を連れて、行ったんじゃなかったっけ?

(スマホを操作しながら)

うん、そうだよ。
男性の死因は特定されておらず、警察では事故・事件の両面から、慎重に調べているとのことです。


エレベーター会社によりますと、このエレベーターからは、停止した際に緊急通報があり、複数の人が閉じ込められた模様です。

しかし、エレベーター会社の社員が駆け付けた際には、すでにドアは開いており、男性の他に人はいなかったとのことです。

(かおる)と平太郎も、閉じ込められたのか⁈
実はそうなのよ。
そんな大事なこと、なんで黙ってるんだ?
別に、隠すつもりはなかったの。

でも、言うと、あなたが嫌な顔をするから……。

ははぁ。

また、あの団体が(から)んでるな?

パパ、すごかったんだよ。

御屁様(おへさま)の力で、悪者(わるもの)を……。


パパがまた怒るから、止めときなさい。
そういうことか。

君がどんな団体に入ろうと構わない。

が、平太郎を巻き込むなと、何度も言っているだろ。

家に一人で残しておけないから、連れて行っただけよ。

それに、平太郎はまだ、イッポンギ・ヘルズに行ったことなかったし。

パパ、僕なら大丈夫だよ。


え? どういうこと?
僕、小学5年生でしょ。

まだ、十分な判断力が身に付いてないから、御屁様真理研究会に入るかどうか決めてないよ。

18歳になったら、よく考えて判断する。

(感激した様子で)

さすがは我が息子。

大人顔負けの判断力だ。すごいぞ!


(傍白)さすが、平太郎だわ。うまく切り抜けたね。
おや?
  夫、壁の飾り棚に、黄色い小さな(びん)を見つける。


  立って、棚の方に歩く。

(小瓶を摘まみ上げながら)

新しい香水、買ったの?

あれ? 何も入ってないな。空き瓶か。

あ、ちょっと!

落としたら割れるかもしれないから、気を付けてよ。

なに? これ。
言うと怒るから、言わない。
怒らないよ。

約束する。

それはね、須加辺(すかへ)大先生の御屁様が封入された、「御屁舎利(おへしゃり)」。

身近に置いて毎日お祈りすると、災いを防いでくれる尊いお品よ。

なんだって!

須加辺とやらの屁が入ってるだと!


  夫、慌てて小瓶を元の棚に戻す。
ほら。

やっぱり、怒ったじゃない。

怒っちゃいないさ。

これ、いくらしたんだ?


売りものじゃないから、値段なんてない。

でも、研究会に500万円喜捨(きしゃ)した。

え!

500万円⁈

ただの屁が。

でもこれは、御屁舎利の中では、一番少ない喜捨で授与されるものよ。

なにー!

もっと高いのが、あるのか⁈

全部で、50種類くらいある。

どれも大先生の御屁様が封入されているんだけど、その濃度と量が違うのよ。

一番高いのは?
旭日(きょくじつ)大御屁舎利」といって、1億円よ。

濃縮して液化した御屁様が1cc入ってる。

私たち下々(しもじも)の人間には、とても無理だわ。

それにしても、100万円は大金だ。

カネをドブに捨てるような真似は止めろよ。

家計からは、ビタ一文(いちもん)出してません!

全部、私が父から相続した財産からよ。

自分のおカネをどう使おうと、私の勝手でしょ?

そ、それはそうだが……。

そんなに屁が欲しいなら、俺のをやるよ。

タダでいいぞ。

(顔の前で片手を横に振りながら)

ダメダメ。

あなたみたいに、所かまわずオナラをする人のオナラは、御屁様とは言わないのよ。

なんの価値もない。

出物(でもの)腫れ物、何とやらって言うだろ。

屁には変わりはないさ。

この前、パパは僕に握りっ屁(・・・・)したよね。

臭くて、気を失いそうになった。

キャー! 握りっ屁ですって!

御屁様を(ないがし)ろにする行為の中でも、特に悪質な行いだわ。

へー、そうなんだ。

ところで、1億円するという御屁舎利って、もし蓋を開けたら、何人()り殺されるのかね。
あれ?

なぜあなたが、「放り殺す」なんて言葉を知ってるのよ。

フフフ。

自分の女房が入っている団体だぞ。

僕は、いろいろ調べ、情報を集めてるんだ。

ならば、知ってるんじゃないの。

大先生の御屁様は、臭くないどころか、かぐわしい芳香を発しておられるそうよ。

そんな馬鹿な。

屁は臭いと、相場が決まってるんだよ。

いいえ。

大先生は、奈良県の山奥にある総本山、その一番奥にある「奥の院」で、仙人のような清らかな生活を営んでおられる。

御屁様や汗、オシッコは言うに及ばず、(おん)大便さえ、えも言われぬ良い香りを発し、辺りに立ち込めているそうよ。

ゲッ! ウンコまで⁈

気色わりぃな。

君さー、御屁舎利とやら、実際に嗅いだことあるんか?
いいえ。

導師様が、そうおっしゃったの。

だろ?

実際に嗅いでみなけりゃ、本当のことは分からんだろうが。

その、黄色い小瓶を開けて、嗅いでみようじゃないか。

ダメよ。

御屁様を疑ったり、試したりすることは、御屁様を冒涜することになる。

(傍白)ははぁ、薫のやつ。自信がないんだな?

ならば、こうしよう。

匂いを嗅いでみて、芳香がしたら、君に500万円あげる。もっと高い御屁舎利を買えばいい。

逆に、臭いニオイがしたら、これ以上御屁舎利は買わないと誓うんだ。

どうだ?

誰が、ニオイの善し悪しを判定するのよ?
それは、平太郎しかいないだろう。

どうだ、平太郎。

やってくれるか?

僕、やりたーい。
決まりだな。

じゃあ、その小瓶を鼻の下まで持ってきて、蓋を開けるんだ。

それで、どんなニオイがするか、教えてくれ。

嘘ついちゃ、ダメだぞ。

とても高価なものなんだから、しっかり嗅がなきゃダメよ。
  平太郎、小瓶の蓋を開けて臭いを嗅ぐ。
(首を捻りながら)

あれ?

どうした?
ありのまま、言うのよ。
何の臭いもしない。
おお、そうか!

瓶の中に入っていたのは、ただの空気だったんだ。

どうかな?

僕、今朝から鼻が利かないんだ。

なんですって!

平太郎、風邪ひいてたっけ?

違うよ。

鼻が利かないのは、昨日、エレベーターの中のアレ……大放屁の御業(みわざ)の後だから。

平太郎には、御業のショックが大きすぎたんだわ。


薫!

平太郎を、危ない目に遭わせたのか⁈

いえ。

1~2日で、元に戻るはず。

この勝負、引き分けだね。
御屁様は偉大なり!


何をやってるんだかね、我が家は。

(傍白)いつか、屁は屁以上でも以下でもないことを、思い知らせてやる。

  暗転。
  場所・時間:リビングダイニング。夜遅く。



  夫と妻、ダイニングテーブルに向かい合って座っている。

  二人とも、手にはウイスキー水割りの入ったグラス。

あなたに、折り入って頼みがあるんだけど。
なんだい、改まって。

入会の誘いなら、無駄だよ。

あなたのオナラが欲しいのよ。
な、なんだって⁈

俺のは、御屁様とは言えない、無価値な屁なんだろ?

それはそうなんだけど。

あなたみたいに、年がら年中オナラしてる人も珍しいのよ。

どういうことだ?
あなたのオナラを小瓶に封入して、御屁舎利を作るの。
御屁舎利とやらを、偽造しようってのか?

何のために。

たくさん売りさばいて業績を上げれば、「導師」になれるのよ。
しかし、御屁舎利は、上部から仕入れるんだろ?

偽造したら、数が合わないんじゃないか?

地獄の沙汰も金次第とか言うでしょ。

カネさえあれば、専用の小瓶を買うことができるのよ。

だけど、最低でも500万円だろ?

そんなに売れるのか?

そこが工夫のしどころよ。

密かに10分の1くらいの値で、売ってあげるの。

売上金を上納する時は、私のカネを補充する。

きっと、売れるわよ。

しかし、もしも発覚したら、除名処分になるんじゃないか?

もっとも、俺にとっては、君がそうなった方がいいんだが。

そんなドジは踏まないよ。

会の中に、協力し合う仲間もいるしね。

分かった。

しかし、なんでそこまでやるんだ?

今の導師、物凄くイヤな奴なのよ。

引きずり下ろして、とって代わってやる。


君って、そんなに執念深かったっけ?
導師になれても、それはヒラの導師。

それに甘んじる気はない。

その上の、地区統括導師、方面統括導師、ゆくゆくは総本山に入って、須加辺大先生のお(そば)近くでお仕えしたいのよ。

何だって⁉

そんなことになったら、俺や平太郎はどうなる?

心配しないで。

上に行けば行くほど、ガッポガッポとおカネが入るから。

あなたは、好きなことをして、遊んで暮らせばいい。

驚いたな。

君がそんな野心家だったとは。

屁も()らないような顔をしているがな。

そうなのよ。

悪だくみのせいか、ぜんぜん御屁様が出てくれないの。

だから、あなたに頼むのよ。

小瓶はあるのか?
小瓶500個、御屁様吸引機、御屁様封入装置、全部そろってる。
この話、乗った!

俺は、オナラ製造機として生きるぞ。

これで、私たちの間にわだかまっていたモヤモヤが晴れたわね。

嬉しい!

でも、これまでみたいに、やたらオナラしちゃダメよ。

おい、さっそく出そうだ。

吸引機、持ってきてくれ!

  暗転。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

妻。薫(かおる)。会社員。「御屁様真理研究会」会員。

夫。会社員。

息子。平太郎。小学生。

テレビの女性アナウンサー(声のみ)。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色