第1話

文字数 2,943文字

         カイトくんのおすし



 とある日曜日の朝。

 今日はママの誕生日です。

 カイトくんとミオちゃんは、ママへのプレゼントをまだ決めていません。

 ミオちゃんは言いました。

「ホットケーキを作ろう!」 でも、カイトくんは納得できません。

「ママはお寿司が好きだから、二人でお寿司を作ろうよ!」

 カイトくんは一度言い始めたら後には引きません。

「ボク、お魚釣って来るから、ミオねーちゃんはごはん炊いて待っててよ!」

 そう言うやいなや、カイトくんは走り出して家を飛び出してゆきました。





 海です。

 ざっぷーん、ざっぷーんと波が打ち寄せています。
 
 夏の太陽がまぶしく照りつけ、海はきらきらと輝いています。

 カイトくんは防波堤の先端まで歩いてゆきました。

「よーし! いっぱい釣るぞ~~~!」

 先週の日曜日、ジイジから買ってもらったばかりの釣りざおをセットし、ジイジから教わったとおりに餌を付け、カイトくんは釣り糸をたらしました。

「大きいのが釣れるといいな~~」

 と、いきなり、グイン!

 強い力でぐいっと引っ張られました。 大物が餌に食いついたようです。

 カイトくんは海の中を目を凝らして見ました。

「カジキマグロだ!」

 懸命に踏ん張って竿を持ち上げようとカイトくんはがんばります。しかし……

どっぽ――――ん

 カイトくんは海に落っこちてしまいました。

 落っこちた瞬間にジイジに買ってもらった釣りざおも手放してしまいました。

 海の水の中をゆらゆらとゆらめきながらカイトくんは悲しい気持ちでいっぱいでした。

「どうしたのカイトくん?」

 話しかけてきたのはタイでした。カイトくんの泣き顔が気になったみたいです。

「釣りざおをなくしちゃったんだ。見なかった?ボクの釣りざお?」

「ううん。でも、そんなことよりボクといっしょに遊ばない?」

「そうだよそうだよ。みんなでいっしょに遊ぼうよお!」

 いつの間にかアジやヒラメやキスやスズキも集まって来ています。

「そうだね。じゃ、いっしょに遊ぼ! 海の中はこんなに気持ちいいんだしね!」

 カイトくんもようやく笑顔になって、タイやアジといっしょに泳ぎ始めました。

 サンゴ礁の谷間をタイが先導してくれます。

 ウツボやイソギンチャクがひらひらと手を振ってくれています。

「あ、マンボウのおじさんだ! ウミガメのじいさんも!」

 タイに言われた方を見てみると、カイトくんの足の下、海のもっとふかぁ~いところをゆらゆらとゆっくりゆっくり泳いでいるふたりの姿が見えました。

 あんまり遅いのでカイトくんは何だか可笑しくなりました。

「ねえ、カイトくんあっちの広場で墨合戦をしようよ!」

 話しかけてきたのはイカとタコです。

 テーブル珊瑚の広場で、イカ対タコの墨合戦が始まりました。

 カイトくんも懸命に逃げるのですが、顔中真っ黒にされてしまいました。

 みんながカイトくんの顔を見て笑いました。カイトくんも面白くなって大笑いしました。

「よーしカイトくん、顔を洗いに行こう!」

「あ、ドル兄さん」
 
 タイが声をかけた先に現れたのは、イルカのドル兄さんでした。

「カイトくん、ボクの背びれに掴まってごらん。スピード出すから、しっかり掴むんだよ」

 カイトくんはイルカの背びれをぎゅっと掴みます。

「用意はいいかい?」

「オッケー!」カイトくんがそう答えるやいなや

ビュ―――――ン!

 イルカのドル兄さんは全速力で走り始めました。タイもアジも付いて来れません。

「あっはは――っ! 気持ちいい――っ!」

「カイトくん、空中にジャンプするよ! しっかり掴まって!」

 そう言うとドル兄さんは身体を反転し、明るい方へ向って力強く尾びれをキックしました。

ビュン!
 
「うわああああ~~~っ」カイトくんは思わず大声をあげてしまいました。

 まぶしい太陽に水しぶきがキラキラ光り輝いています。

 カモメたちがにこにこと手を振ってくれました。

 ドル兄さんは何度も何度もジャンプを繰り返してくれました。

 トビウオたちも集まって来て、みんなで何度も何度も楽しみました。





 お日様が傾いてきました。遊びの時間はそろそろ終わりです。

 カイトくんはお家でミオちゃんが待ってることを思い出しました。

「ドル兄さん、ごめんね、ボクそろそろ帰んなきゃ」

「そうか、カイトくんはボクたちとは違うんだったね。よし、お家へ帰ろう」

 そう言うとドル兄さんはカイトくんを背中に乗せ、今度はゆっくりゆっくりと泳ぎ始めました。

 タイやアジやキスやスズキもいっしょに付いて来れるように、ゆっくり泳ぎました。

 みんながカイトくんと別れるのを名残惜しく思っているようです。





 防波堤に戻って来ました。

 防波堤の脇に取り付けられているはしご段を、カイトくんはよじ登りました。

 防波堤の上に登ってみると、そこにはカイトくんの釣りざおがありました。

「あー、あった!」

 カイトくんの歓声を聞きつけると、海面からタイがひょっこり顔を突き出し、いたずらっぽく言いました。

「カイトくん、今日は楽しかったね。ありがとう。釣りざおの隣りのクーラーボックスの中身はお礼の気持ち。
お家に帰るまで開けないでね。じゃ、またね~~!」

 それだけ言うと、タイはすっ!と姿を消しました。

 魚の気配が無くなった海は、急に他人のようになってしまいました。

ざっぱ――ん! ざっぱ――ん!
 
 カイトくんは打ち寄せてくる波をただただ茫然と見詰めていました。





「もう、何やってんの! ママ帰って来ちゃうじゃない!」
  
 お家に帰ると、ミオちゃんに大声で怒られましたが、本当は、なかなか帰って来ないカイトくんが心配だったのでしょう、ミオちゃんはちょっぴり涙ぐんでいました。

「ごめんねミオねーちゃん…お魚釣れなかったんだ……」

「え? ホントに? それ重そうじゃない?」

「あ!」

 カイトくんが止める間もなく、ミオちゃんはクーラーボックスのふたを開けてしまいました。

もわもわもわもわ~~~~~~~ 

 ふたの中から煙が立ちました!

 煙に見えたのはドライアイスの冷気で、その向こうにあるものは………

 見るからに美味しそうなお寿司でした!

 その時「ピンポ~ン」ママとパパが帰ってきたようです。

 カイトくんとミオちゃんは顔を見合わせました。

「おかえりなさ~~い!」
                                                                         

                おしまい
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