第1話

文字数 1,968文字

1 本書の特殊性
「法廷遊戯」は、司法修習生が書いた小説であり、「法科大学院の資格・検定」のカテゴリーで第1位に輝いた書籍である。
……これはどういうことなのか。何故、司法修習生が小説を書くのか。何故、「法科大学院の資格・検定」のカテゴリーなのか。

2 本書の概要
  前半では、法科大学院を舞台に法曹を目指す学生たちの学園生活が描かれている。通常の学生とは違い、法科大学院の学生だけあって、勉強の息抜きも法曹としての学びを活かした特殊なものである。その名も「無辜ゲーム」である。
  「無辜ゲーム」は、次のようにして進む。
ⅰ ある学生(加害者)が別の学生(被害者)に対して罪に当たる行為を行い、その印を残す。
ⅱ その被害者たる学生が審判をする学生(審判者)に対して「無辜ゲーム」の審判を申し立てる。
ⅲ 審判の場において、必要な証拠調べを行い、犯人であると考える者の名を示す。
ⅳ 被害者が犯人として示した人物と、審判者が証拠に基づいて犯人であると判断した人物が一致する場合には、加害者が罰を受ける。他方で、それが一致しなかった場合、罪のない者(無辜)に罪を負わせようとした被害者自身が罰を受けることになる。
  主人公の清義は、自身の知られたくない過去を広められたため、無辜ゲームの審判を申し立て、見事勝利する。しかし、自身の過去を暴いた学生に対し、その過去を教えた真犯人ともいうべき者がいる。それは何者なのか。何が目的なのか。その謎の残る中、清義と共に育ってきた美鈴に対し、美鈴の知られたくない過去を暴く書面を付したアイスピックが矢文のように美鈴の自宅のドアに突き立てられる。その犯人が何者なのか目的が何なのか不明なままに、学生達は法科大学院を修了する。
後半では、司法試験に合格するなどして、それぞれの道に進むことになるのだが、一人は弁護士となり、一人は命を失い、一人は被告人となってしまう。弁護士になったのは清義で、被告人となったのは美鈴である。同級生が命を失った事件の真実を、裁判を通じて明らかにしていくこととなる。裁判の内外を問わず、あらゆる事実が絡み合い、複雑に進んでいく。清義は、美鈴を救うことができるのか。裁判の末に導き出される真実とは何なのか。

3 司法修習生が小説を書くということ
そもそも司法修習生とは何か。よくわかっていない方も少なくないのではないか。正確さを欠くが分かりやすさを重視して説明するならば、司法修習とは、司法試験に合格した後、法曹(裁判官、検察官、弁護士)資格を得るまでに経ることになる研修のことである。
その研修の中で、裁判官、検察官、弁護士の各教官から刑事裁判についての実務の考え方や所作を詳しく教わることとなる。
刑事裁判では、検察官が「被告人が罪を犯した」と証明した場合に、被告人は有罪となる。「被告人が罪を犯した」という点は、「起きた事件が罪(刑法などに定められた犯罪)に該当すること」と、「罪となる行為を行った者が被告人であること」(「犯人性」という。)の2つ要素を含む。この「犯人性」は推理小説で名探偵が真犯人を推理していく過程と共通する部分が多い。司法修習において、裁判官、検察官、弁護士の各教官から「犯人性」の考え方を教わり、現実世界での犯人特定方法を身に着けることになる。その意味で、司法修習生が法廷ミステリーを書くということは、一見違和感のあることのようでいて、実は理にかなったことなのかもしれない。少なくとも、現実世界で行われれている犯人特定方法についてしっかりと研修を受けている著者が、法廷での真実解明作業(推理)を描けばリアリティーのある描写となることは間違いない。その点だけに鑑みても本書が法廷ミステリーの中で一歩優位にあるといえるだろう。

4 「法科大学院の資格・検定」のカテゴリー第1位という意味
まず前提として、メフィスト賞を受賞している以上、この書籍が小説として優れていることは説明を要しないであろう。そうである以上、「法科大学院の資格・検定」のカテゴリーの第1位との意味は、当然ながら小説とは別のカテゴリーに逃げたということではない。その意味は、本書には小説以外の価値もあるということである。
本書は、司法修習生が書いたということもあり、刑事裁判を含む法曹実務が見事に描写されている。それのみならず、刑罰論を始め法律学の面白さも詰め込まれている。例えば、無辜ゲームは、ハンムラビ法典第1条の殺人罪で告訴したが、立証に失敗した者を死罪とするという考え方に通じるところもある。
 法曹コースという法曹を目指すための制度が新設されたこの時に本書が発売されたことは奇跡である。是非、多くの高校生に本書を読んでいただき、法律学を学ぶ楽しさを知って欲しい。
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