第1話

文字数 2,427文字


 ああ、俺はなんて醜いのだろう。

鏡の中の俺は顔が崩れている。白い死人のような肌もざらつき歯もがたがただ、髪も薄くほとんどない。
腹がたつ。俺はなりそこないなのだ。
いつものように上着のフードを深くかぶり外へ出た。小さな小さな家は森の中。ここが俺の許された世界。斧を持って森の中を進む。
木を切り倒すときもあれば薬草や木の実を集める時もある。この森に俺と同じく知性をもつ生き物といえば俺だけだ。ほかにいるのは獣。なりそこないの俺は町に行けやしない。
町から女がやってきた。俺と違って崩れていない顔。すらりとのびた肢体を動きやすいようにぴっちりと俺には買えぬ服を着て。鼻筋が通りぱっちりとした青い目が俺を見る。対して俺の目は額から垂れ下がる半分こぶのような肉で隠れている。まったくもって腹がたつ。俺はなりそこないなのだ。
女はいつもの説教を俺に向かってしている。腰にぶらさげた剣を握りながら。俺の斧など意味はない。俺はなりそこない。この女の言葉に惑わされるな。町へ行ってなるものか。
なぜなら俺はなりそこない。貴様ら俺を笑うだろう。

 町へ行くのは嫌いだ。しかし行かねば生きていけない。フードを深くかぶりうつむいて歩かねばならない。何故なら俺はなりそこない。町にいるものは皆、美しい。手足が長く均整のとれた体つき。見惚れるような整った顔。華やかな髪の色。俺にはすべてありはしない。薬屋の青年が笑顔で俺を出迎える。泥まみれで草を集める汚い仕事など自分にはふさわしくないのだろう。なりそこないの俺は地を見て働き、奴が見るのは青い空。しかし俺はなりそこない。笑顔くらいは対価でくれるのか。まったくもって腹がたつ。

 夜は森を歩く。夜は好きだ。俺の醜さに気づかれない。そしてたまに巡り会う。俺よりも醜い、いや俺と同じくらい醜い死体。
今日も森の奥の木の、吊りやすいように俺が用意した太い木の枝の縄に、ぶらぶらぶら、ぶら下がり、風か獣か何者か揺らされるがままに揺れている。なんとまあ醜いことだ。愉快愉快。ああ愉快。空の月すら目を細め笑っているかの三日月だ。月明かりは煌々と暗闇ならばよく照らす。がさりがさりと草が鳴り振り向けば子供がいる。髪が白い赤い目の、ぶら下がっている女の子か、同じ色の髪。
子供だ子供だ。まだ「ならない」。この子はまだ「なっていない」。
俺はその子を連れ帰り小さな小さな家へ行く。

 翌日からは二人暮らし。小さな家でまだ間に合う。子供は女だ。まだ「ならない」。「なる」までまとう。もうすぐだ。椅子はひとつだ俺のもの。大丈夫、分けてあげよう、食べこぼすパンくずをテーブルの下で食べるといい。この子はまだだ。まだ「ならない」。しかしもうすぐ、もうすぐだ。俺は毎晩確かめる。まだならぬのか、まだなのか。子供を毎晩確かめる。子供は泣かぬ、静かなもの。子供は笑わぬ、静かなもの。最初と違い静かなもの。

 ある朝、俺が目覚めると子供はついに「なっていた」。白い幾重もの糸にぐるぐるぐるぐる包まれて、なった、なった、さあなった。繭になったぞ、さあなった。この子は出てくる、もうすぐだ。「なる」までまとう。辛抱強く。俺は優しい待ってやろう。なりそこないは哀れだから。

 俺は優しい。待っていた。毎晩毎晩待っていた。毎朝毎朝待っていた。その日はもう何日か、すぎた日は数えていない。ある時目覚めた俺の目に、破れた繭だけ見えていた。開いたままのドアが見えていた。
なったぞ、なったぞ。ついになった。
あれは女だ。俺のもの。女は繭から出たばかり。動きも悪いに違いない。ゆっくりゆっくり追いかけよう。俺は優しい。待っていた。

 すぐに女は見つかった。俺を見るなり悲鳴をあげる。動かぬ足で逃げようと、うまく動けず転び出す。まったくもって滑稽だ。なんとも無様な格好だ。俺と違い「なった」のに。
愉快愉快。ああ愉快。女は謝る、何故なのか。俺は優しい、許してやろう。足を切っては働けぬ。腕を落としては役立たず。「なった」。「なった」。「なった」のだ。そのままきれいに残してやろう。
女の悲鳴をききつけて、ああ面倒だ、やってきた。あの女がやってきた。剣を持ったあの女。これは俺のだ。俺のもの。白い女は俺のもの。剣の女が邪魔をする。まったくもって腹がたつ。俺には森へ帰れとは。まったくもって腹がたつ。白い女は町へ行く。

 それから待った。待ったのだ。俺はいつまでも待ったのだ。だから町へ行ってみた。
夜の夜の真夜中に。暗闇は俺を隠してくれる。それでも静かに静かに歩いたのだ。俺がいるのを見られぬように。

 白い女は見つかった。薬屋の家でみつかった。窓に覆いなどしていない。奴らは見られて困らない。俺と違って「なった」のだ。
白い女は絡み合う。暗闇の中、絡み合う。あいつを男、と絡み合う。
しかたがない。しかたがない。これはしかたがない。何故ならこれは本能だ。本能だからしかたない。あいつは男だ、しかたがない。俺がいないからしかたがない。俺がいないからあいつと交わるのだ。俺は許そう。許すのだ。何故なら俺は優しいから。

 それからも待った。待ったのだ。俺は待った。待ったのだ。男は必ずいなくなる。奴は仕事だ。家を出る。男はいない、誰もいない。ドアを叩いて開けさせる。白い女は俺を見て、叫ぶ、叫ぶ、叫んでいる。愉快愉快。ああ愉快。哀れな愚かな子供のまま。俺は怒ってなどいない。それもわからず泣き叫ぶ。俺の下で泣き叫ぶ。肌は白いが美しい。俺と違って「なった」のだ。
叫ぶ女がうるさくて邪魔が入った、誰か来た。俺との愛の邪魔をする。俺は惨めに逃げねばならぬ。何故なら俺はなりそこない。
まったくもって腹がたつ。

 俺の家は森の中。小さな小さな小さい家。俺は働く働くぞ。家は小さい、2人には。椅子も買おう、2人分。ノックの音だ。彼女が来た。

         END
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