第1話

文字数 805文字

雨が続いている。

部屋の中も、じっとりして気分が滅入る。

雨の音がどこか物悲しいのは、この部屋に君の音がしなくなったからだろうか。

君の小さな寝息、君の笑い声、君のひっそりとした溜め息。

どんな君でもいいから、側にいてほしいよ。

どうして出て行ってしまったんだろう。

雨はどんどん酷くなる。気圧が下がってるんだろう。

頭痛持ちの君のために買いに走った鎮痛剤は、もう飲まれることなく棚の中で、ただ静かに古びていく。

チャイムが鳴る。一瞬、君を期待してしまう。だけどやってくるのは苦い現実。

「来ちゃった」

勝手にドアを開けてずかずかと入って来る。こんな女だとは思わなかった。

「勝手に入って来るなよ」

「なによ、鍵くれたんだから、いいじゃない」

にやけた笑い方、大きな足音、なにもかもが癪に障る。

どうして俺は君を傷つけてまで、こんな生活を手に入れようとしたんだろう。

「ねえ、雨あがったよ。どこか遊びに行こうよ」

窓から見上げると、雲が切れて青い空が少しだけ見えていた。

ああ、よかった。きっとこれで君の頭痛も治まるよね。

「ねえってば」

君の音が聞きたい。

「ねえ、聞いてる?」

君の鼓動が聞きたい。

「ちょっと、無視しないでよ」

「うるさいな!」

思わず女の腕をふりほどいた。女はまなじりを吊り上げて俺を睨む。

「もう、あんたなんか知らないから」

勝手に入ってきて、勝手に出ていく。強く打ち付けられたドアの音では、心を揺さぶられることもない。

君が出ていった最後のドアの音は、こんなに胸に残っているのに。

溜め息を吐いて立ち上がる。シーツを洗濯しなければ。

君がいたら何もかもやってくれるのに。

君が洗濯機を使う音、掃除機をかける音、料理する音、ぜんぶ俺のものだったのに。

「ちっ」

小さく舌打ちして散らかったゴミを足で除けながら部屋を出た。
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