第1話
文字数 1,696文字
かつて、神からもたらされたという超常の力「魔法」と、その力を操る類稀なる才を持った「魔法使い」に、世界は支配されていた。
300年前、第二次魔法大戦にて「人形の魔女」が他の魔法使いを殲滅、大陸を統一した。
人形の魔女——他と一線を画す「人形を生み出し、命令する魔法」を得意とし、その圧倒的な物量は、魔法使いにとっても、恐怖の象徴だった。
ただ魔道だけを極め、全てを手に入れよ。手段は問わず、ただ魔道だけを極めよ。生まれ育った魔法使いの村で、魔女はそう教わり、それしかなかった。
人形には材料が必要だ。手段は問わず、仲間の死体をも材料とする。それも、魔女の恐怖の象徴たる所以だった。
同胞を失い、家族を失い、それでも唯一人立った魔女に残ったものは、強大な魔法と、からっぽの中身だけだった。
魔女は、自らの魔法を使って大陸に都を創り、そのはずれでひっそりと暮らした。もう必要のない魔法は、本に封じ込め封印した。そしてその本の管理のため、一つの人形を生み出した。索敵のため使役していた使い魔——故郷近くの森の狐——を材料として。
狐の人形が言葉を発した。
■■■のために生き、■■■のために死にましょう。
それは、死者を利用してなお、自らが狂わないための手段だった。
都に人が度々訪れるようになった。狐の人形との何もない日々だが、幾分落ち着けずにいた。
狐の人形が口を開いた。
■■■はなぜ私を生み出したのでしょう。私は■■■が望む働きができていますか。
日々増えるもう必要のない魔法。それらを封じ込めた本の管理は、人形の助けもあり完璧だった。特に命令することもないため、好きにさせることにした。
人々が都に移り住むようになった。狐の人形との何もない日々に、少なからず慣れてきていた。
狐の人形が声をあげた。
こんなにも本があるのなら、■■■と私で書店を開くのはいかがでしょう。
幸か不幸か、魔法使いはもういない。「本」を使われることもないだろう。人形とともに、書店を——初めて未来を想像した。
都に活気が溢れるようになった。狐の人形との何もない日々を、日常と認識するようになった。
狐の人形が問いかけた。
何かできることはあるでしょうか。■■■に恩をお返ししたいのです。
頭を撫でさせてほしいとお願いした。
この都が大陸一と呼ばれるようになった。狐の人形との何もない日々は、かつてのからっぽの中身を満たしていた。
狐の人形が不意に呟く。
今の私があるのは、■■■のおかげです。
人形には、もう、何の命令もしていなかった。
ある日、一つの噂を耳にする。
ここから遠く東の地に、王が君臨した。空を落とし、大地を裂き、海を割る。絶対的な力で全てを蹂躙した。それはまるで——そう、伝説にある「魔法」のようだ。
それは、かつて相対した、最後の魔法使いだった。
歩くこともやっとかのような足取り、その隻腕から魔法を放ち、一つしかない眼で、こちらをじっと見つめ、笑っていた。忘れるはずもない——「代償の魔法使い」
魔女は、眠っている狐の人形に、別れを告げた。
魔法使いは、もう必要ない。最後の魔法使いを、この手で討つ。それが、かつて魔女が犯した罪、その贖いだった。
人形は、あくまで人形である。形はあれど、他にはなにもない。人形を「人」とできれば。ただ魔道を極めねば。
だができなかった、わからなかった。自らには、ないものだったから。「人形の魔女」とは、よく言ったものだ。
今なら、わかる。人の形を「人」たらしめるもの。今では、満たされているから。
だから、それを返そう。あなたから与えられたものを。
そして、願おう。あなたがそれを常に満たすよう。
それが、私の——魔女の最後の「人形の魔法」だ。
光がこぼれる部屋の中で、目を覚ます。
ずっと一人で暮らしてきた、本だらけの部屋。
ずっと一人で繰り返してきた、変わらない朝。
微かに、だけど確かにある記憶。身体に満たされているもの。全部が、私という「人」を肯定してくれていた。
だから、今ここで新しい一歩。私が一番、やりたいこと。
今日、この場所で、店を開く。
300年前、第二次魔法大戦にて「人形の魔女」が他の魔法使いを殲滅、大陸を統一した。
人形の魔女——他と一線を画す「人形を生み出し、命令する魔法」を得意とし、その圧倒的な物量は、魔法使いにとっても、恐怖の象徴だった。
ただ魔道だけを極め、全てを手に入れよ。手段は問わず、ただ魔道だけを極めよ。生まれ育った魔法使いの村で、魔女はそう教わり、それしかなかった。
人形には材料が必要だ。手段は問わず、仲間の死体をも材料とする。それも、魔女の恐怖の象徴たる所以だった。
同胞を失い、家族を失い、それでも唯一人立った魔女に残ったものは、強大な魔法と、からっぽの中身だけだった。
魔女は、自らの魔法を使って大陸に都を創り、そのはずれでひっそりと暮らした。もう必要のない魔法は、本に封じ込め封印した。そしてその本の管理のため、一つの人形を生み出した。索敵のため使役していた使い魔——故郷近くの森の狐——を材料として。
狐の人形が言葉を発した。
■■■のために生き、■■■のために死にましょう。
それは、死者を利用してなお、自らが狂わないための手段だった。
都に人が度々訪れるようになった。狐の人形との何もない日々だが、幾分落ち着けずにいた。
狐の人形が口を開いた。
■■■はなぜ私を生み出したのでしょう。私は■■■が望む働きができていますか。
日々増えるもう必要のない魔法。それらを封じ込めた本の管理は、人形の助けもあり完璧だった。特に命令することもないため、好きにさせることにした。
人々が都に移り住むようになった。狐の人形との何もない日々に、少なからず慣れてきていた。
狐の人形が声をあげた。
こんなにも本があるのなら、■■■と私で書店を開くのはいかがでしょう。
幸か不幸か、魔法使いはもういない。「本」を使われることもないだろう。人形とともに、書店を——初めて未来を想像した。
都に活気が溢れるようになった。狐の人形との何もない日々を、日常と認識するようになった。
狐の人形が問いかけた。
何かできることはあるでしょうか。■■■に恩をお返ししたいのです。
頭を撫でさせてほしいとお願いした。
この都が大陸一と呼ばれるようになった。狐の人形との何もない日々は、かつてのからっぽの中身を満たしていた。
狐の人形が不意に呟く。
今の私があるのは、■■■のおかげです。
人形には、もう、何の命令もしていなかった。
ある日、一つの噂を耳にする。
ここから遠く東の地に、王が君臨した。空を落とし、大地を裂き、海を割る。絶対的な力で全てを蹂躙した。それはまるで——そう、伝説にある「魔法」のようだ。
それは、かつて相対した、最後の魔法使いだった。
歩くこともやっとかのような足取り、その隻腕から魔法を放ち、一つしかない眼で、こちらをじっと見つめ、笑っていた。忘れるはずもない——「代償の魔法使い」
魔女は、眠っている狐の人形に、別れを告げた。
魔法使いは、もう必要ない。最後の魔法使いを、この手で討つ。それが、かつて魔女が犯した罪、その贖いだった。
人形は、あくまで人形である。形はあれど、他にはなにもない。人形を「人」とできれば。ただ魔道を極めねば。
だができなかった、わからなかった。自らには、ないものだったから。「人形の魔女」とは、よく言ったものだ。
今なら、わかる。人の形を「人」たらしめるもの。今では、満たされているから。
だから、それを返そう。あなたから与えられたものを。
そして、願おう。あなたがそれを常に満たすよう。
それが、私の——魔女の最後の「人形の魔法」だ。
光がこぼれる部屋の中で、目を覚ます。
ずっと一人で暮らしてきた、本だらけの部屋。
ずっと一人で繰り返してきた、変わらない朝。
微かに、だけど確かにある記憶。身体に満たされているもの。全部が、私という「人」を肯定してくれていた。
だから、今ここで新しい一歩。私が一番、やりたいこと。
今日、この場所で、店を開く。