誓いは朱く

文字数 1,472文字

 時 不詳。
 所 異世界の某所。妖怪(あやかし)()まう城の天守。
 登場人物
   天守の主、白菊姫(しらぎくひめ)打見(うちみ)二十歳(はたち)ばかり)
   白菊姫の守り人、鈴之助(すずのすけ)(打身は二十二から二十五)
人間の兵士、大勢。

* * *

 舞台。天守の五重。
 天守の主白菊姫、さも退屈そうになげやりに薄紫の扇を使い己をあおぐ。その(かたわ)らに片膝ついて控えし守り人の鈴之助。

 白菊姫 ああ、詰まらないつまらない。
 鈴之助 …………。
 白菊姫 つまらないったらありゃしない。夜空(そら)に月もなし、場は陰気。
 鈴之助 姫様。もし、白菊のお姫様(ひいさま)
 白菊姫 何だい、鈴之助。
 鈴之助 詰まらないつまらないとそう重ねてお言いなさるな。言葉には霊が宿ります。詰まらぬとお口になされた分だけ、一分の「詰まらぬ」が百両の「詰まらぬ」になってお身に返って参りますよ。
 白菊姫 そうかい、それじゃ止しにしよう。その代わりに鈴之助、わたしに唄を謡っておくれ。
 鈴之助 うた? これはまた唐突(だしぬけ)な……。
 白菊姫 唐突ったって、お前はお唄がお上手だろう。なにせこの天守にはお前とわたしとふたりきり、わたしの無聊(ぶりょう)をなぐさむために、お前謡っておくれでないか。
 鈴之助 (ふと階下につながる階段のほうへ目をやって)しばらく、姫様。どうやらまた人間どもがわらわら登って参ったようです。謡いは後になさいましょうぞ。
 白菊姫 そうだね、どうやらそうらしい。唄より舞うのが先のようだね。

 その言葉を合図にしたよう、人間の兵士たちが雄たけびを上げて天守にわらわら登ってくる。手に手に刀を引っさげて、姫と守り人に斬りかかる。白菊姫、日本髪にさした三輪牡丹(さんりんぼたん)の木櫛を抜き取り、片手にささぐ。と見る間に黒髪無数の蛇のごとくに伸び、襲いくる兵士たちを次々に絞め殺す。

 鈴之助 (姫の雄姿に思わず見惚(みと)れ)……美しい。
 白菊姫 鈴え! 危ない!

 鈴之助の背後に迫った兵士を一人、すんでのところで姫の黒髪が絞め殺す。鬼のように恐ろしく変じた姫の怒りの形相に、兵士たちたじたじとなり先を争って逃げ帰る。

 鈴之助 ……かたじけない。姫様、お怪我はございませぬか。
 白菊姫 (もとの美しき、麗しき顔つきに立ち返り)怪我はないけど、ねえお前。わたしより先に人間に捕まっちゃあいけないよ。お前は守り人なんだから。
 鈴之助 ……面目ない。恥じ入る次第。
 白菊姫 そんなに恥じ入らなくとも良いよ。他の者がみんな捕らまってしもうた中に、お前ひとりわたしの傍にこうしていてくれるんだもの。それにつけても憎いは人間。人間界からこちらの世界に通じる方法(ほう)を見つけた上に、片っぱしからわたしら妖怪(あやかし)を捕えては見世物にしているんだもの。
 鈴之助 ええ。この城で残っているは姫と私のふたりばかり。あなた様は素晴らしく強大な妖力(ちから)の持ち主、私もそこらの妖怪(あやかし)に引けはとりませぬ。非力な人間ども、おそらくは毒を塗った刀でこちらの四肢をばらばらに斬り落とし、抵抗できぬ状態で人間界に持ち帰ってそのまま見世物にする気でしょう。
 白菊姫 ……ねえ鈴や。天守(しろ)に残った者同士、ここで誓いをしようじゃないか。もし万が一ふたりが捕まりそうになったら、お互いに口を吸って舌を噛み合って心中しよう。捕まって見世物にされるより、ふたりで一緒に死のうじゃないか。
 鈴之助 (瞳に絶望的な希望を宿し、姫の目を見て深くうなずく)

 白菊姫と鈴之助、見つめあいながら互いの手をとって胸に抱く。ざわざわと聞こえてくる、先刻よりなお多い人間たちのざわめく声。
 舞台暗転。遠く聞こえる争いの音、剣戟(けんげき)の音。退廃的な楽の音と共に幕。
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登場人物紹介

*白菊姫《しらぎくひめ》


妖怪の姫。妖怪の城の天守に、守り人の鈴之助《すずのすけ》と棲んでいる。

*鈴之助《すずのすけ》


白菊姫の守り人。姫と共に、妖怪の城の天守に立てこもる。

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