第1話

文字数 1,483文字

私の家から学校までの距離は、決して近くはない。
通り過ぎる景色も、日々少しづつ違う。
そしてクラスメイトや、先生も毎日違う顔をしている。
特に変わらないモノが突然変わることもある。

私は昨日からクラスメイトに無視されている気がする。
原因はわかっている。
一昨日、隣のクラスの男子に告白されたのだ。
よりにもよって私の数少ない友人が好きな、その男子に。
こんなにも早く噂が広まった事、昨日と景色が180度回った事。
きっと今日から仮面を付けなければいけない。
なんとなく、そう思った。
言い訳をしなければ。いい方向に話を変えなければ。
そんな本来の私と違う仮面を。

私の家は仮面夫婦というものだと思う。
大きく崩れないように、ギリギリで均等を保っている家族。
思ってない事も、仮面越しなら話せる。そんな家。
だから、今の状況を乗り越えるには、仮面が必要だった。
傷ついた友人に呼びだされて、昼休みに付き合う事にした。

一言目に、「私は断ったんだよ」と言った。
本当の事だし、全くその男子に気がない事も話した。
しかし、酷い、酷いと泣き喚く友人に、どんな仮面を被ればいいのか分からなかった。
微笑む、泣く、怒る、笑う。違う、どれもサイズが合わない。
ただ、これからも友達でいたい事だけを、必死に伝えた。
この時のわたしは、どんな仮面を付けていたんだろう。

私が友達の好きな人を奪ったと、周りは思っている。
だから皆は同じ薄笑いの仮面をつけた。
クラスに溶け込んでいるのは彼女の方だから、私はきっと無視されたのだろう。
嫌な女子に思えたのだろう。私のしらない所で、色々な仮面がうごめく。

会社で働く大人も、こうなのかな。
毎日、仮面をつけて歩いてるのかな。

知らないうちに剥がれない仮面が付いていたら嫌だなと、自己嫌悪に陥った。
きっともう取れなくて、本当の自分がわからなくなってしまうんだと。

わたしは素直で、少し大人しくて、自然が好きなただの16歳。
それだけでいたかったのに。
周りがそうさせてくれないんだ。
きっとこれからの人生ずっと、続くんだ。

気付けばチャイムが鳴った事も忘れて、一人その場に取り残されていた。
何を必死に訴えたかも、なんだか思い出せない。
親にも先生にも相談なんて出来ない。
今から似合う仮面を探さなきゃ。

帰り道の夕日が優しくて、立ち止まってしまった。
今日の嫌な思いを洗い流してくれるように、焼けた空。
鳥が帰っていく空。
この時間だけが、私がただの16歳で居る事を許してくれるかのように感じた。
泣けない私に、泣いていいよと伝えてくれる。
きっと大人になれば、些細な事なんだ。
今だから苦しいんだ。

何度も早く大人になりたいと願った。
母にもそう、言ったことがある。

「嫌でも歳をとるものよ」

その一言が、今はまだわからない。
だってまだこんなにも不安で、切なくて、泣いて、独りぼっちだ。

これが「青春」というものならば、どうしてこんなに苦しくさせるの?
青いものは苦いの?今日の夕日のように、赤なら甘いの?

胸に閉じ込めた思いを吐き出しながら歩く。
いつかわかる日が来るのだろうか。
仮面をつけなきゃいけない理由や、嫌でも大人になる感覚が。

この涙もきっと、必要だから流れているんだ。
それでも私は誰かに甘えないし、憧れない。
いつだって自分を超えた自分しか見ていない。
わたしは、未来の自分に憧れてるんだ。

仮面の数が増えたって、それで上手くいくなら、それが正しいのかも知れない。
大人になるのがそういう事なら、明日からもっと仮面を増やす。
その仮面が想いとリンクして、本当の自分の顔になるまで。

それでも本当の顔を増やすことが、今できたならば、と思うのだ。






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