(あらすじ)

文字数 2,132文字



> ルネサンス初期の南欧の片田舎の農村。
> ある年、流行り病で村人の多くが死んだ。
> 家族をすべて失い、たった一人生き残ったループは、残された家と畑をまもりながら、寂しく暮らしていた。
>
> 人が減った村に、街道のほうから、一人の女が流れてきた。
> 年かさの村人たちは、酒場で若い男たちをかたはしから誘惑しては金品をねだり、泊まり歩くその女に眉をしかめ、秘かに「魔女」と呼んだが… なにしろ生き残った若い女がとても少なかった時期なので、追い出そうとまではしなかった。
> ループも御多分にもれず放浪の美女エレオノーラに押し倒された挙句しばらく居座られたが、村の貧しさに飽きたのか、やがてまたふらりと女は出て行った。
>
> 再び村に平穏と静寂が戻り、寂しい収穫の秋も過ぎ、そんなことがあったことすら忘れかけていた頃。
> 冬の始めの嵐の晩に、魔女エレオノーラが妊婦となって、村の独身男達の家を尋ね歩いていると噂が立った。
> 不行状な女に「腹の子はあなたの子どもよ♪」などと言われて、信じる男はまぁいない…
>
> 行き倒れかけた彼女が最後に扉を叩いた家で、ところがループは飛びあがって喜んだ。
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> 「本当か!? 俺にまた、家族ができるのか…ッ?」
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> 疑うことすらせず、というよりは、真偽などどうでもよく、身重のエレオノーラを一番良い部屋に住まわせ、かいがいしく世話を焼きはじめるループ。
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> 周囲の村人は驚き呆れたが、十代なかばで賑やかだった大家族を全て失った彼の淋しさを思うとうかつに止めだてもできず、「…後で悲しまなければいいが…」と首を振りながら静観するしかなく。
>
> やがて月満ちて赤ん坊が生まれた。
>
> たいそう愛らしい娘で、赤金の巻き毛に大きな瞳は青く澄んで、黒髪黒目のループにはひとかけらも似ていなかったが、そんなことはどうでもよいらしく、子煩悩な父となってひたすら溺愛したおした。
>
> 瞳の色がアドリア海に似ているからと「アドリアーナ」と名付けられた娘を過保護に可愛がるあまり、とてもではないが愛情深い良い母親とは言えないエレオノーラとのささいな諍いが増えた。
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> 「そんなにアドリのほうが大事なら、その子はあげるわよっ!」
>
> 捨て台詞を残してある日エレは出て行ったが、そのまま近在の男の家を遊び歩きつつ、時折りは娘の様子をこっそり覗き見に来る姿に、ループはやれやれとため息をついて、そのまま放っておいた。
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> 数年が過ぎた。
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> 街道から、はぐれた情婦を探して男がやって来た。彼は女をすぐに見つけた。エレオノーラが、らしくもなくはしゃいだ歓声をあげて男に飛びつく姿を、幾人かの村人が目撃している。
>
> 誰かとそっくりな赤金の巻き毛。青い瞳…
>
> 旅の女がいつの間にか占拠していた村はずれの空き家で夏が終わるまではと一緒に暮らし始めたその男は、北方から来た商人らしい。羽振りは良い。らしい…
>
> どう見ても、その男が、アドリの父だった…
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> (そんなことは構わないが)と、愕然とするループ。
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> 夏が終わればまた旅に出ると言う。彼らは、アドリアーナを連れて去るつもりではないか…
>
> (実の両親のところへ、戻さなければならないのか…)
>
> おてんば盛りの5歳になった育ての娘を見ながら秘かに哭くループ。
>
> ほんの、すこし、目を離した隙だった…
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> 「ぱぱ~! 見て~!!」
>
> その声は、天から降ってきた。
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> 天使のような娘が、いつの間にそんな所までよじ登ってしまったのか、高い樹の枝の上で…
>
> 両手を離して、「ぱぱ」に、手を振った…
>
> 天使のように、天からゆっくりと堕ちてきた…
>
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>
> どさり。
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>
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> 哭いても喚いても、折れてしまった細い首はもとには戻らなかった。
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> 哭きむせぶ女の肩を抱いて寡黙に去って行く旅の男の姿に、ループは、自分が、むしろ、ほっとしている…ことに、気がついた…
>
>
> これで、もう、奪われないで、すむ…
>
>
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>
> ループと女が正式に婚姻しておらず、洗礼も受けていなかった…ため、教会の墓へは入れられないと知って、さらにひそかに喜ぶループ。
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>
> 部屋の窓からすぐ見える庭の一角にアドリの墓をつくって…
>
> 花を植えた。とてもたくさんの、花を…
>
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>
> その後もながく彼は生きたが、ずっと花のお墓を護り続けて、いつでもにこにこしていて、寂しそうには見えなかったと、その死後に村の者たちは語った。

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