第1話

文字数 2,739文字

11 14「ハッピーフレンド」
 

 
 ハッピーバースデーって、そこまでハッピーか? と考えるくらいに梶島拓也はやさぐれていた。大阪の一人暮らしは物理的に狭く、六万の五畳ワンルームが苛立ちを助長させたのは言うまでもない。
 梶原は高い家賃を安いバイト代でまかなう。バイトのピザ配達自体は嫌いではないが、受取人がはだけた格好の女だったりすると、ドアの向こうにいる男の存在を感じて悔しくなる。これからヤるのかな、ふざけんなよな、と考えずにはいられない。彼女が羨ましいわけじゃない。目上のオスに食料を届ける自分、というのが屈辱で、生物として負けた気がしていた。
 今日。十一月十四日は梶島の誕生日だったが、今朝ラインを開くと家族からしか「おめでとう!!」と送られていなかった。その一通は通知ゼロよりも寂しい。バレンタインデーの母からのチョコのように梶島の心をえぐった。あまりの痛痒に大学の課題を放り出した。明日までのものだったが、そもそも土日で線形代数の問題なんか出す方が悪い。
 
 昼頃、梶島はピザ配達のためにバイクに乗り、マップを見ながら三号線を走っていた。信号機に止められ、制服にひそませたスマホを開くが、ラインに「おめでとう!!」の通知はなかった。すっと心臓が冷えるのを感じて、「おいおいww、ハッピーバースデーのスタンプもなしかよwwww」「今夜うちでパーティーするから暇なら来いよなww」と打ってコピーすると、由美、春樹、慎也、原、吉村、の順番に貼り付けて送信した。信号が青に変わるのを見てペダルをキックした。デブのアパートまで約五分。
 梶島はアパートに着くとバイクを駐車場の脇に停めて、104号室までピザを持って歩いた。休日のほとんど、梶島は104号室に通う。ここの住民である太った男がピザを二枚頼むからだった。「近場ならいくらで頼んでもいいわけじゃねえぞ……」今回は三枚のようで「太って爆発しろ」いつもは足りないのかもしれない。
 インターホンを鳴らした。いつもはドタドタ足音を響かせて「あっ、ありがとうございます」とどもりながらデブは言い、梶島は「キッショ」が喉まで到達するが「ではまたー!」に変換する。これが普段のやりとりだった。
 ドタドタよりかはスタスタと足音が聞こえる。あれ?随分メタボを脱したんだな、と梶島は思った。ダイエットしたら見た目の嫌悪感は拭えるかもしれない。容姿で差別するつもりはないが、ある程度の好感の違いはある。はたして、ドアから出てきた人物はスリムだった。しかしそれは男ではなかった。
「はいはーい!」
 明るさ抜群な声を出して応対したのは、男ではなく女だった。小柄で顔面偏差値がかなり高い。ひらひらした服装に身を包んで、柔らかい笑顔を浮かべている。どうやらメンヘラ臭もない。まさか彼女?
「ピザ配達の方ですよね?」
 ここ104号室だよな?と部屋をちらりと見るが、フィギアの位置まで完璧に一緒だった。ここはあのデブの部屋だ。まさか彼女? いやそんなわけないよな。妹かなんかだよな?
「あっ、どうぞこれ」
 三枚のピザを手渡す。三枚だったのは一人多いからか、と腑に落ちながらも、何でデブにこんな相手がいるんだよ、と納得できない。梶島は呆然と、兄妹全然似てねぇな、と思った。これからヤるのかな、とも思った。
「はい!ありがとうございます!」
 それだけ言われてドアが閉まる。梶島の喉に「デブ兄かわいそ」が達した。「ゆーくん!ピザ来たよ!」と微かに聞こえて遮られた。咄嗟にしねよ、と呟いた。
 
 梶原は店でもらったピザを五枚持ってタイムカードを押した。吉村は大食いでピザ一枚はペロリだ。これだけ持って帰っても食い切れるだろう。由美と原以外は男だし、きっと大丈夫だ。
 地下鉄を天王寺駅で降り、最寄りのケーキ店でチョコレートのホールを買った。店員さんに板チョコにメッセージを書けるか頼んだところ、OKらしかった。自分で自分の誕生日祝ってんじゃねーよwwとでもツッコまれるに違いない。このボケは中々面白いだろう、と梶島は笑った。
『友人が誕生日で。祝ってやろうと思って』
『わー!お優しいですねえ。お名前とおめでとう、でよろしかったですか? それとも何かリクエストがありますか?』
『あー名前におめでとうでお願いします』
『それではお名前伺ってもよろしいですか?』
『梶島拓也です。たくや、おめでとう、でお願いします』
 店員さんは畏まりましたと言って店の奥へ消えていき、十分くらい経って戻ってきた。六時半だった。スマホの振動を感じてラインを開くと、由美から「ごめん!!今日シフト入ってて!!m(_ _)m」と返信が来ていた。梶島は「全然!!シフト頑張れww」と送った。……お待たせいたしました、チョコレートケーキです。
 
 あれから一時間経った。五本のレモンチューハイをコンビニで買った。由美に続いて残りの四人も急用もしくは、元々空いていなかったらしい。レジ袋を持ってコンビニを退店する時、思わず漏れた「まあ一応ね」が死ぬほど情けなかった。一応、って。まだ一応来るかもしれないって?
 
 ハッピーバースデーって、そこまでハッピーか?
 
 アパートまで三号線を歩いた。今頃デブはあの可愛い女子とイチャついてんのかな。友人の遠回しな拒否に打ちのめされて、梶島拓也はやさぐれていた。手に持ったピザ五枚とレモンチューハイ五本の入ったレジ袋と、チョコレートケーキのホールが、それを助長させたのは言うまでもない。
 
 なあ吉村。「母さんが危篤で」ってなんだよ。もう少しマシな嘘をついてくれよ。お前言ってたじゃん。母さんは元気いっぱいで今まで病気なんてしたことないってさ。いや、だからこそ焦ってんのかもしれないけどさ。
 春樹。「彼女とデート」ってなんだよ。お前彼女いたのかよ。教えろよ。ナンパでもしようかな、って話してたよな?俺たち。
 慎也。「俺今、友達と旅行中」って。それ逆説的に俺は友達じゃないってことか?
 原。既読くらい付けてくんね?
 
 スマホが振動した。西山、とあった。たしか中学時代にテニス部で一緒だった。まだライン繋がってたんだな、と驚きながら応答した。
「あ、もしもし? 拓也だよな? 俺十二月の最初に結婚式挙げるんだよね。それでさ、結構定員余ってて。ちょっとピンチなんだよね。あのさ、もしよかったら来てくれない?」
 俺は近所迷惑も考えずに叫んだ。
「今、母さんが危篤で彼女とデートもしてて旅行中でシフトも入ってるしピザ五枚とレモンチューハイ五本飲むので忙しいからっっっっ!!!!!!!あとケーキをホールで食わなきゃいけねぇの!!!!!!たくや、おめでとうって書いてあんの!!!!死ねよおおおお!!!!」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み