第1話

文字数 1,995文字

ある日のこと。
諸事情で、人気のない山地に構えた、配送屋件自宅では、
真冬は当然、下町の住民の倍以上は、防寒をして起床する。
特に朝方は、家中の窓が氷漬け状態なのだが‥‥

朝一番に、何者かが呼び鈴を鳴らした。
寝起きは動きが鈍くなるのもあり、受付に行くまで3分はかかっただろう。
渋々受付へ行くと、そこには誰もいなかった。

さすがに帰ったか‥‥と思うも、受付の卓に、大金が入った袋があり、
「大至急、この薬草を、北側の下町にある病院へ運んでくれ。届けた暁には、この袋にある金の半分を渡す」と記された手紙、
そして手描きの地図が、一緒に置かれていた。

ここにある金だけでも、数年は遊んで暮らせそうな金の山で、
当然、今まで引き受けた以来の中でも、
一番『一獲千金』と言える速達の依頼。
私はすぐさま愛馬を叩き起こし、出かける準備へ。

届け先の病院へ向かう地図には、殆ど通ったことのない道程が描かれていたが、
『これも場所覚えの勉強だ』と、とにかく楽観的に捉え、
「ハイソ~、シルバー!!」という決め台詞と共に、配達に出発。


出発から間もなくの道中、大きな岩山に遭遇した。
この足止めは予想外で、
岩山を避けて進むのは、明らかに予定の倍以上時間がかかりそうだった。


不測の事態に悩みつつ、岩山から少し離れ視界を拡げると、
岩山のある部分に、大きな穴がある事を発見。

穴の近くまで行くと、穴のすぐそばに
「この先、近道のトンネルです」と書かれた立札があった。

しかもたかが立札に、金メッキのような異様に豪華な装飾が施されており、
トンネルの入り口と思われる大穴からはいつの間にか、
香ばしい何か食べ物の匂いまで漂ってくるではないか。

我が愛馬は『明らかに罠でしょ』と怪訝な目線で入るのを渋ったが
「この配達を遂げられなければ、明日から飯抜きだぜ?」と若干脅して、
愛馬にはトンネルの中へと走ってもらうことにした。

トンネルの中へ進むと、緩やかながらも、
異常に蛇行した道が続いていた。
実質2分かけて4kmも進んでないくらいの所で、
入り口からの光も僅かになったので、
走るのを止め、携帯用の松明と発火石で灯りをつける。
が、灯りをつけたと同時に、
微かに差していた入り口の光が、完全に消えた。

愛馬には走りを止めてもらい、一歩も動いてないのを確認していたから、
光が消えるほど奥に進んでたわけではない事は明白。

『誰かの罠にかかり、あの大きな入り口を塞いだのか?』とも一瞬よぎったが、
あの大穴を塞ぐには、あまりに早すぎる。
町中の山男を集めて、近くの岩を積んだとしても、
最速で10分はかかるだろう。


トンネルとは思えないほど異常に蛇行した道に、
動いてないのに消えた、入り口の光。
悪い意味で"ありえない"ことが重なり、
天狗になっていた私も、さすがに嫌な予感で冷や汗が出ていた。

だがここで半端に戻るより、もう少し先の様子を見てみたら、
出口のトンネルが見つかるかもしれないと予想‥‥
というより、願うように意を決し、
再び愛馬に、少しずつ走り出してもらった。

すると今度は、進めば進むほど、
出口が見えるどころか、先の道が細く狭くなっていることが、
道中の体感と、遠巻きながら灯りで先を見通した際に感じられた。

これはいよいよ引き返すしかないか‥‥
と、愛馬に逆走をお願いしようとした、その時。


真冬で厚着の防寒をしていた愛馬の覆面の先が、
少し汚れている事に気づく。
先日新調し、今日が初使用なのに、なぜもうこんな汚れてる??
と不思議に思ってると、上から水が垂れてきて、
今度は水が垂れた場所が、汚れ‥‥というより、溶け出した。


察しのいい人は、もうお気づきだろう‥‥


そう。私たちが入ったのは、トンネルなどではなかった。
噂に聞いていたが、にわかには信じがたい、
怪獣レベルの"大蛇の口"の中だったのだ。

私たちがその事に気づいた瞬間、大蛇の体内が凄まじく揺れ始め、
私たちを消化しようとする胃液が、迫ってくるのを感じた。
松明の灯りを消さぬまま、一刻も早く脱出せねば。

このまま先へ進んでも、尻尾で行き止まり‥‥
ならばやはり、入り口だった蛇の口元へ戻るしかない。

大蛇が身体をくねらせ、体内を縮め、私たちを逃さぬことは、
初手の動きで予想できたので、
私は愛馬‥‥いや、
愛竜の覆面を取り、一気に氷の吐息で大蛇の動きを氷漬けにした。

同時に愛竜の翼も開かせ、進む道を氷漬けにしながら、
走ってきた倍の速度で、口元まで一気に飛んでいく。

口元にまで着いたら、即席で"氷の刃"を作り出し、
私は愛竜の飛び出す勢いと共に、刃を大蛇の口先めがけて切り裂いた。


無事、脱出する事はできたが、
私はつくづく痛感した。
"ありえない難題には、ありえない攻略が迫られる"と。

だから、そんな危険な近道をするくらいなら、
まさに"急がば回れ"なんだな‥‥と。
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