■第一章 出会い(2)

文字数 4,976文字

「この場所で何をするか。それをシンプルに表現するとこうなるだろう。この研究所の基本方針は3つある。

1・本を読む
2・体験する
3・本質を知る

順に一つずつ説明していこう。

1・本を読んで語彙を増やして、正しい表現を身につけること。新しい世界・言葉・概念を自分の中にインストールすること。

2・さまざまなジャンルの作品を鑑賞する、映像を見る、話を聞く。ゲームで遊ぶ。身体を動かして遊ぶ。いろんな場所に行き、いろんな体験をして自分の世界を広げること。行ったことがある、見たことがある、聞いたことがある、触れたことがある、というものをできる限り増やしていくこと。

3・新しいものに触れるたびに、その歴史や背景を同時に学ぶ。物事の捉え方、人間の感情の動き方、評価のされ方について考える。同時に、これまでに得た言葉・知識・感覚・概念と結びつけていくこと。正しく感想を持つこと。
ただしこれは自分ひとりでは難しくて、身近に大人のファシリテーターが必要なのと、さらに同じ体験をする仲間がいることが望ましい。

この3つが重要になる。しかもどれか一つでもダメで、この3つを同時並行で行わなければならない。」

なんだか難しそう・・とにかく本を読んで、体験を重視して、仲間もいた方が良い。その時に人が集まれる場所だということか。ってかファシリテーターってなんだ?

「なんだか難しそうという顔をしているな。でも心配しなくても大丈夫。これを最も効率よく実行できるのがこの場所なんだ」
所長はひとつ間を取って、話し始めた。
「まず1つめ、ここは図書館でもある。あそこにある本を自由に使ってくれ。厳選に厳選を重ねたものだけが置いてある。塾生からのリクエストも、場合によっては受け付けている。
次に2つめ、みんなでいろんな場所に出かけて、僕も一緒に体験する。いろんな映像を見る。録画したテレビや映画、DVD、Youtubeなんかを使ってね。本を紹介し合ったり、感想を言い合ったりする。日々のニュースや時事問題、社会問題についても一緒に考えていく。そしてたくさん遊ぶ。身体を動かす遊び、カードゲーム、ボードゲーム、テレビゲーム。楽しく遊ぶことは勉強することと同じくらい大切だ。そんなふうに学校では体験できないようなことができるはずだ。これらは強制ではないけど、研究所員にはできる限りいろんなことに興味を持って参加して欲しいと思っている。
そして3つめ。これが最も重要なんだが、この研究所には所長である僕がいるということだ。」
塾に先生がいるっていうのは当たり前のことじゃないだろうか、チロウは思った。

■教育現場において最も重要な3つのキーワード

「俺はこれまでいろんな塾で勤めてきた経験がある。学校の授業と同じように、黒板の前で集団に向かって先生が授業をする塾、個別指導といって一人の先生が1~2人を相手にするような塾。学習塾は今やコンビニの数よりたくさんあると言われている。もちろんある程度の需要が認められているから世の中にたくさんあるんだけど、問題も多いと思ったんだ。集団の塾は習熟度に関わらず一定のペースで学習を進めないといけないから、どうしても授業についていけない落ちこぼれができてしまうし、同じ理由で優秀な生徒からしたら退屈な時間が出てきてしまう。それぞれが苦手な単元の授業が聞きたくても、その塾が展開するカリキュラムに沿わなければならない。レベルデザインが非常に難しいんだな。これは概ね、現行の公教育や大学受験の大手予備校にも見られる問題だ。

逆に、生徒一人一人のニーズに応えられるのが魅力の個別指導塾は、どうにも効率が悪い。勉強ってのは最初の解き方さえ教えてもらえば、何も付きっきりで見てもらう必要なんてないはずだ。演習問題を解いているあいだは、むしろ自分の世界に入り込むことが大事だろう。個別指導塾には、学校の授業に大きく落ちこぼれている子でも受け入れてくれる場所という認識があり、少子化と波長を合わせるようにここ十数年で急成長している。子供の数が減った分、一人あたりにかける教育費が増えてきたからだ。それに伴って、講師はどんどん募集しないといけない。個別指導塾で働く講師はほとんどが近所の大学生。大学生でまともな受け答えができれば、だいたい講師として採用される。そうすると質の低い講師がどうしても紛れ込む。もちろん信頼できる塾や、たとえ経験が無くても優秀で誠実な講師はいるだろう。でも基本的には講師を指名できないことが多いし、どんな講師に当たるかその日になるまでわからないということもある。これでは目の前の生徒の特性を事前に把握することも難しい。その科目をきちんと教えられる人なのかどうかも不明だ」

なるほど。集団の塾にも個別指導塾にも、それぞれ問題があるんだな。

「よく言われるのは「魚を釣ってあげるのではなく、魚の釣り方を教えるべきだ」ということ。これを勉強に置き換えると、目の前の問題の答えを教えて終わりではなく、勉強の仕方そのものを教えたり、うまく動機付けをしてあげられるのが良い講師だ。しかし広告を大々的に打ち、全国展開しているような大手塾では、サービスが画一化するのに伴ってきめ細やかな管理は難しくなる。結局は経験のないバイト講師の裁量に任されているのが実際のところだ。

それと同じくらいに問題なのは、塾に通う側の質の低さだと思う。個別指導塾が全国に増えてからは、猫も杓子も塾通いだ。本来は塾になんか通う必要のない人間までが、周りに流されて塾に通うようになっている。ひどいのになると「家にいないで塾にいる」という事実だけで満足している状態もある。親は、子供が自宅にいないという事実だけで満足し、子ども本人はやる気がないのに仕方なく時間を潰している。そうすれば親に怒られないで済むからだ。このように全く生産性のない現場も多い。これじゃあただの託児所か学童保育だ。これは生徒本人、その親、塾の三者ともに問題があるんだが、それに決して安くないお金が動いているんだから困ったもんだ」

これまで塾というものに通ったことがないチロウにとっては、そんな世界があるのか、と不思議な気持ちになった。

「俺はとにかく世の中にある学習塾というものが嫌だったんだ。それは「受けた授業の分だけお金を取る」っていうのがどうしても教育と馴染まないと思ったからだ。なぜかというと、学力が向上するというのは多分に本人の意志や努力や能力によるところが大きくて、拘束された時間が長ければ良いってもんじゃないからだ。授業を受けた分だけ学力が向上するわけじゃない。そこで学んだことを活かして、自学自習する時間こそが本質だ。しかし現状、世の中にあるほとんどの集団塾や個別指導塾、大学受験の予備校は、授業を受けることがほとんどの学習時間になっている。ある個別指導塾は、私立の中高一貫校で落ちこぼれている子をターゲットにして、予習復習もしてこないことを見越して授業時間を長くするという方針でやっている。そこでは最大1:6で生徒を見ており、ほとんど個別に解説することなんてできない。ただ近くで見ているというだけだ。需要と供給が一致しているとは言えるが、これじゃあ本当にただの託児所だ」

「でも、たくさん授業を受ければそれだけ料金がかかるというのは、当たり前のことなんじゃないでしょうか」チロウは率直な意見を口にした。

「確かにそうだな。世の中に存在する多くの塾や予備校、家庭教師、あるいは習い事のスクール、英会話なども、受けた授業の数だけ料金が加算されるというのは普通のことだろう。ビリギャルのさやかちゃんが一念発起して毎日通塾できるというプランにしたとき、お母さんが100万円以上の札束の入った封筒を手渡しするシーンは印象的だった。学習塾というのはやはり授業の分だけお金がかかる。
だからそれに異を唱えていきたいのがこの研究所なんだよ。24時間、365日、どれだけ来ても料金は一切変わらない。皆で研究しているというスタンスだから、俺が生徒たちに一方的に教えているというわけでもない。たとえば江戸末期の萩にあった松下村塾はそんな場所だったらしい。先生も生徒も一緒にみんなで学ぶんだ」

「それに、この世界の残酷な真実として、お金をかけたものが必ずしも質が高いとは限らないということがある」
たくさんお金をかけたものが、良いものとは限らない・・。今まさに、大きく価値転倒の只中にいるのかもしれない。チロウはそんなことを予感した。
「世の中には不思議なことがあって、1コマ3000円の公開授業(セミナーでもいい)を聞きに行くよりも古本屋で買った百円の本の方が学びが多かったということがある。チロウくんも入場料5000円のイベントに行くよりも、無料でYoutube見てたほうが楽しかったということはない?」
「たしかに。あるかもしれません。以前にあるグループのドームコンサートに行ったんですけど、遠すぎて良く見えなくて。音の迫力を感じたのは良かったんですが、手元で映像で見た方が表情とかもわかって良かったんじゃないかと思いました」
「そう。特に大人の世界ではそんなことだらけだよ。もちろん体験には体験の価値はあるわけだけどね。あくまでも体験という点を除けば、むしろ今の時代はあらゆるコンテンツは無料に近づいている。十分に質の高いものが、すでに無料に近い状態でごろごろ転がっている。例えば音楽はだいたいYoutubeで聴けるし、本は図書館に行けば名作と言われるものが読み切れないほどの量があるのは知っているよな。kindleで無料で読めるものも多い。映画であればヒットしたものは1~2年でテレビ放送するだろ。それはエンタメに限らず、どんなジャンルについても起こっていることだ。当然学びにおいてもそうで、学習方法もそうだし、無料で勉強をするツールが十分すぎるほど多くなってきている。それが利用できるかどうかが、これからの時代をどう生きていくかということを左右する」

「大切なのは知的好奇心にいかに火をつけるか、そのきっかけをいかに与えられるかじゃないか。そりゃあ塾を経営する側からしたらたくさん生徒を拘束して、授業を増やして、お金をたくさん取れるに越したことはない。でもそれにどれほどの効果があったかというのはあまり考慮されない。指標として非常に測りにくいからだ。低いレベルにおいてはそれは特に顕著になる。「不安を煽ってたくさんお金を払わせる塾」と、「塾に来ているという事実だけでいい」という消費者が共犯関係を結んでいるんだ。今そういう状況があまりにも多いと俺は思っている。お互いにそれで満足しているのなら良いが、俺はそういうものと関わりたくない。そこには公益性もなければ、精神的向上や知的向上もないからな」

「かといって学習塾というものが全く役に立たないかというと、当然ながらそんなことはない。たしかに本当に勉強ができる人間は、教科書とノート、ちょっとした問題集があれば勝手に学習できるかもしれない。だけど人間はそんな超人ばかりではない。どうしても低きに流れてしまうものだ。そもそも勉強の仕方そのものを知らなかったりする。学校で出された問題集に赤ペンで答えをまるごと書き写したり、教科書の太字を蛍光ペンでなぞることを勉強だと勘違いしている人間もいる。そのときに必要になるのが学習塾なんだけど、その一番のポイントは授業の質やテキストやカリキュラムじゃない。本質はもっと別のところにある」

そうすると先生は立ち上がり、ホワイトボードに近づいてペンを取った。

「世の中には色んなタイプの学習塾がある。集団塾に個別指導塾、予備校、英会話教室、最近流行りの自習型・空間型学習塾・・タイプは違っても、本当によい教育現場には必須の要素というのが、3つに集約することができる」

「教育現場において最も重要な3つのキーワード、それは・・
1、ちょっとした強制力
2、進捗管理とフィードバック
3、大人の視線

「ちょっとした強制力」「進捗管理とフィードバック」「大人の視線」だ。」
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