第1話

文字数 1,904文字

主文  少年を第一種少年院に送致する。
平成二十一年七月某日、東京都内の公立中学校で事件は起きた。事件当時十四歳の少女が同級生の少年に学校内のトイレで強姦された。逮捕された少年は犯行を否認しつづけていたが、平成二十二年一月某日、東京家庭裁判所は、少年に対する触法保護事件として前述の決定行った。

あたしは紫音。あの頃から何も変わっていない。今後も変わることはないのだろうか。
あたしは自分でいうのもなんだけど、胸が大きく、ムッチリとした色気があると思う。クラスの男子たちは、あたしの体にねっとりとした視線を走らせるが、あたしは全然、嫌ではなく、むしろ、とても快感だった。クラスメートの翔也は、その男たちの中の一人であったが、たまたま隣の席になったことから、交際へと発展した。はじめて自分が受け入れられていると思った。青春ドラマの三文芝居のようで笑っちゃうけど、私は翔也に夢中だった。
放課後、人気のない教室で、胸を触られ、関係を迫られたりしたが、あっさりと受け入れた。むしろ、必要とされている感があって嬉しかった。いつも、翔也からsexを誘ってきた。場所は教室だったり、女子トイレだったり。数え切れないくらいに関係をもった。
あの日、あたしはいつものように、女子トイレに誰もいないことを確認して、翔也をトイレに招き入れた。突然ドアがノックされた。その音にあたしの身体が硬直した。担任の女性教師に声をかけられたのだ。トイレの中は静まり返っていた。あたし達は声を押し殺した。すべての外界の音が遮断され、もう何も聞こえなかった。
「いるのはわかっているの。開けなさい。」
女のヒステリックな叫び声が響いた。あたしは、手が激しく震えるのを感じながら、ドアを開けた。担任教師は、しどけない二人の姿を見ても、表情を変えることはなかった。どんな状況でも驚くまいと胸に装ったかのように。あたしは親にばれたくない一身で、
「翔也くんに無理やりにされた。首とかぁ絞められたり、髪の毛を掴まれたりして。怖くなって、断れなかったんですぅ。」     
と泣きそうな声を出した。実際は泣いてなんかいないけど。翔也はあたしを睨みつけ、「オレ無理やりなんてやってねーしぃ。紫音から誘ってきたし。」
と必死に言い訳した。担任の女性教師は、ひたすら自分の身の保身を考えるだけのガランドウな女だった。自分の生徒を守りたいという上辺薄っぺらの教師面で、校長や親にあたしの言い分をそのままを伝えた。予想外だったのは、父親が激怒し警察に相談したことだった。警察での事情聴収では、嘘を嘘で塗り固めるしかなかった。もはや正直に言うことなどできるはずもない。そう自分にも言い聞かせた。翔也とその弁護士は、あたし達の関係はお互いの合意のものであると訴えたが、受け入れられなかった。少年審判の結果、翔也は群馬県にある赤城少年院に送致された。その後、翔也とは連絡はとっていない。
あたしはと言えば、何事もなく学校生活を謳歌したと言いたいところだが、現実は甘くなかった。事件後、初めての登校日、あたしは、教室の戸を恐る恐る開けるとすぐさま異変を感じた。案の定、クラスメートは屏風のように顔を並べて、あたしをチラリみた。ただそれだけだが、あたしはすべてを悟った。とり返しのつかない事をしてしまったことを。 
事の顛末を知るクラスメートは、あたしを無視し、仲間はずれにした。あたしはいつも孤独だった。でも、やったことに対して、毛ほど申し訳ないとは思わなかった。だって、あたしは被害者なのだから。
その後、あたしは高校に進学するが、置かれていた状況は中学の時と変らなかった。学校はつまらなかった。やっぱり孤独だった。
あたしは、自分が受け入れられ、自分の価値を証明できた過去の自分の残骸をひたすら追い求めた。いつしか、その空虚な心を埋めるために、LINEの通話相手募集掲示板で男を探すことに生きがいを見出していた。LINEで男を探すためにバイトするだけの生活になった。
あたしは、ただ誰かに必要とされていたい。だけだが、こんな男たちに救いを求めようとしている自分にうんざりする時がある。あたしは、なんでこんなに何もかもがうまくいかないのだろうと思う時がある。肯定されることがなくても、否定されないところに身を置きたいだけなのに。ふと見上げると、夜空は墨で塗り固められたかのように暗かった。月はなく、星明りはこころもとない。闇が存在するのは夜だけではないと呟いてみた。闇の中では天井はどこまで追っても見えない。手元で握りしめたスマホの画面だけが明るくゆらめいていた。あたしのすべてを炙り出すかのように。
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